第2話 "それ"が帰ってきたら、終わり(後編)
パーティの中でシリルは露骨に足手まといだった。
弱い勇者を他三人で守りながらレベル上げをするという予定が、勇者とシリルの二人を守りながら魔物と戦わなければいけなかった。
その上勇者はあっという間にシリルの強さを追い抜かし、すぐにシリルだけが守られる存在となった。
シリルを魔物から守りながらの行軍は遅々として進まなかった。
シリルさえいなければ……誰もが口にはしないがそう思っていた。
あるいはそれを真っ向から口にできるガラの悪い人間がいれば話は違ったのかもしれない。
だが曲がりにも皆王宮に招集された人間だ。人格についてもお墨付きだ。
皆優しく、優しいが故に残酷な真実を突きつけられなかった。
そんな状況になったのも、私がシリルを連れていくと言ったからだ。私のせいだ。
私がシリルを何とかしなければ。ずっとそんな風に考えていた気がする。
そんな中、悲劇は起こった。
「どうして、こんな所に
効率の悪いレベル上げしかできないことに気が急いて、少し背伸びした狩場に足を踏み入れ、それに遭遇してしまった。
地上で最悪の存在、
私たちは全速力で逃げた。
その最中、ステータスの低いシリルが速度が足りず少しずつ遅れていく。
私は振り向いて彼に『速度強化』の魔術をかけようとした。
その時、
「駄目だッ、そんなことしてたらアリシアが奴に追い付かれてしまう!」
ツカサが私の手を引いた。
もう一度振り向こうとしたその瞬間、
私はこの時自分がどう思考したのか、思い出そうとしても自信がない。
ツカサの言葉が最もだと思ったのだろうか。
或いは魔術をシリルにかけながら逃げ切る自信があったのに、
それとも…………ここでシリルが離脱してしまえば足手まといがいなくなると思ったのか?
とにかく、その時私たちは助けられる筈のシリルを置いて逃げてしまったのだ。
*
「ねえ、アリシア」
目の前の現実で死んだ筈の幼馴染が喋っている。
彼の肌は見覚えのない漆黒に染まっている。
彼は綺麗な白い肌をしていた筈なのに、彼に何があったというのだろう。
ただ、異様な黒肌は血に塗れた銀髪と相まって、幻想的なほどの美しさを醸し出していた。
「何であの時置いていったんだ? なあ、なんでだ?」
一歩、一歩。
幼馴染だった男が近寄ってくる。
ついさっきツカサを縊り殺したその真っ黒い手を伸ばしてくる。
いくら彼を見捨てて置いていったからって故意ではなかった。
なのに言葉を交わす間もなくシリルは最強だった筈の男たちを瞬殺した。
シリルは狂ってしまっているんだ。命乞いなど効く筈もない。
私、死ぬの?
こんなところで死ぬの?
嫌、嫌だ! 絶ッッッ対に嫌!
ツカサたちを瞬殺したこの手から逃れるには――――これしかない!
「シリル、助けに来てくれたのね!」
「……え?」
私は彼の腕の中に、自らダイブしたのだ。
「私、シリルなら生きてるってずっと信じてた! ずっとシリルを探しに行きたいと思っていたのに、ツカサたちがさせなかったの!」
黒肌になってしまったシリルは目を見開いて私の顔を見つめている。
私はその顔に手を伸ばし、両手でそっと頬を包み込んだ。
涙の潤んだ瞳で彼と目を合わせる。
「シリルはね、ツカサたちに騙されたのよ」
「だま、された?」
「ええ。シリルのことが邪魔になったツカサたちは、シリルを殺す算段をつけてた。偶然聞いてしまった私はシリルにそのことを教えたかったけど、そうしたら『故郷の村を燃やす』って脅されて……」
もちろんそんな事実などない。
私の頭はいま、凄まじい速度で即興の嘘を組み立てている。
「そしてあの森で偶然を装って
私は涙で声を掠れさせ、嗚咽を漏らす。
そして彼の身体にしがみつくように身体を預けた。
「だから、シリルが助けに来てくれて……ツカサたちを殺してくれて、良かった。死んでも仕方ない悪人たちだったから」
「…………アリシア」
シリルが私の肩を掴む。
ビクリと身体が本能で竦んでしまう。
努力も虚しく私の嘘は見抜かれたのか?
シリルはその顔を憤怒に滾らせているのだろうか。
怖い。怖い、けれどきちんと彼の顔を見据えなければ。
見上げた彼の顔は、
「……良かった。アリシアに裏切られてなくて!」
涙を浮かべて笑っていた。
上手くいったのだ。彼を騙しおおせた。
私は生き残ったのだ。
ツカサの苦悩は誰よりも尊くて価値がある――――。
かつての私はそう言ったっけか。
でも私は一度大切な存在だった筈のシリルを見捨てたんだもの。
「尊くて価値がある」程度のもの、生きるためならばいくらだって捨てられる。
そんな自分に気が付いた瞬間だった。
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