私、ヒロイン。役立たずだから捨てた幼馴染が俺TUEEEになって復讐に戻ってきたから即興で吐いた嘘で生き残るわ。

野良猫のらん

第1話 "それ"が帰ってきたら、終わり(前編)

「ねえ、アリシア」


 この世界では珍しい紫檀のような黒髪に、真っ黒な瞳。

 そして華奢な体格に女の子のような横顔。

 彼は動かなければ「繊細な魂の器」と銘打たれた彫刻なのではないかと思ってしまいそうなほど、佇まいそのものが美しかった。


「アリシアは、なんでボクについてきてくれたの?」


 ツカサはまるで普通の自信なさげな少年のように少し俯いて尋ねる。

 もういくつもの村を魔物から救った英雄だというのに。


 『ごく普通のコウコウセイなのに』、彼は口癖のように言う。

 コウコウセイというのがどんなものか私は知らないけれど、ツカサがどんなに凄いか私は知っている。


 彼が不安なのは、私が彼の率いるパーティにいる必然性がないからだろう。

 抜けようと思えば抜けられる。

 その不安定さが彼にそんな顔をさせているのだろう。


 だから私は答えた。


「ツカサが救世主って呼ばれ始めた時、不安と葛藤で泣いてたことがあったでしょう?」


 ツカサはあの時私だけにその不安を吐露した。

 だからツカサのその心情は私だけが知っている。


「あ、あれは、あの、その……!」


 あの時のことが恥ずかしいようで、ツカサはぽっと顔を赤らめる。

 その恥じらった表情が食べてしまいたいくらい可愛い。


「『自分は救世主なんて器じゃない』『もし自分を頼りにしてくれてる人たちを死なせてしまったら?』って悩んでたよねツカサは。

 私、あの時思ったの。ツカサがしている苦悩や葛藤は誰よりも尊くて価値があるものだって。笑顔が綺麗な人はよくいても、あんなにも美しい苦悩を抱える人はそうはいないって。だから……私にはツカサしかいないと思ったの」


 そう言って、にこりと微笑む。


「ボクしかいないって、それって……」


 含まれた意味にツカサが気づいたのか、目を見開く。


「うん。ツカサのそばにいることが、私の唯一の目的」


 私の言葉に、ツカサの頬が林檎のように赤くなる。

 私は彼の身体をぎゅっと抱き締めて……幸せというものの形を知った。


 なのに。


 なのに、なんでこんなことになっているのか。


 剣聖エルネスト。

 パーティの火力担当であり、その剣技は飛ぶ隼を一息で三度斬ることができると言われたほど。

 その剣聖が初撃で剣を折られ、次の瞬間には首を刎ねられた。


 聖守護者ラファエル。

 絶対の防護魔術の使い手でありながら、自身も異端狩りとして名を馳せた攻守万能の男。

 ラファエルの防護は意にも介されず、胸をあっさり剣で貫かれて柱に磔にされた。


 そして勇者ツカサ。

 異世界からきた救世主であり、このパーティの要であり……私の愛しい人。

 彼にだけ装備できる剣と鎧を装備した彼はこの世の全てのものを斬ることができ、またどんな攻撃も彼には効かない――――その筈だったのに、ツカサは素手で首を折られて死んだ。


 女の子みたいなツカサの首が、あり得ない方向に捻じ曲がって生気のない瞳で私を見つめている。


「――――ッ!!!」


 悲鳴が音にならなかったのは、彼らを瞬殺した張本人が私の目の前にいて、私を見ているからだ。


「やあ、久しぶりだねアリシア」


 血の滴る銀髪。

 記憶にある姿よりも高くなった上背。


 二コリと微笑むその男のことを今の今まで忘れていた。

 どうして忘れていられたのだろう。


 その男は、私が冒険を始める時に共に村を発って支えになってくれた人。

 私の、幼馴染なのだから。


 *


 仕方がない。

 だって、すっかり死んだものと思っていたのだから。


 その男……シリルは幼馴染だった。

 シリルが私に想いを寄せているらしいことは常日頃から感じ取れた。私が村を出て冒険者を目指すとなった時、ついてきたいと彼が申し出たのも無理からぬことだろう。

 魔術に自信はあったものの一人旅は不安だった私は彼の申し出を喜んで受け入れた。シリルは村では一番の剣使いであったし。


 しかし村を出て世界の広さを知るにつれて、二人の間の実力差が明らかになることになった。

 村一番の剣使いと言っても、シリルは精々中の下程度の実力だった。

 村人にしては強い、鍛えればいい戦士になれるかも。その程度。


 対して私は……


「な、今無詠唱で魔術を発動したのかっ!?」

「え、詠唱って?」


 私の魔術の腕が異常であることが次第に理解できた。


 あれよあれよという間に担がれ、私はいつの間にか『理の紡ぎ手』なんて大層な二つ名を与えられることになってしまった。

 戸惑う私に、ちょっと強い戦士程度でしかないシリルはそれでも仲間としてついてきてくれた。


 そんなシリルと袂を分かつことになったのは、私が王宮に招集されたのがきっかけだった。


「稀代の魔術師『理の紡ぎ手』よ、魔王を討つために勇者のパーティに入ってはくれまいか」

「へ……?」


 王様直々の依頼だった。

 なんでも『経験値増加』のチートスキル? とやらを持った勇者を召喚したはいいものの、今はまだ弱いので護衛として各地から最強のパーティメンバーを集めたのだという。

 その一人として私が選ばれたのだ。


 この申し出を受ければもちろん足手まといのシリルと一緒にいることはできない。

 はっきりとシリルが「足手まとい」呼ばわりされた訳じゃないけれど、そんなようなことをオブラートに包んで言われた。


 隣のシリルが不安そうに私を見る。

 彼のそんな表情を見て、私は心に決めた。


「その話、お受けします」

「おお……!」

「アリシアっ!?」


 身を乗り出す王を手で制する。


「ただし」

「?」

「それには条件があります」

「おお、なんでも言ってみよ」


 私は深呼吸すると、一息に言った。


「勇者のパーティに入るならシリルも一緒です。シリルはこれまで私を支えて来てくれました。『強さ』というのはステータスとか、レベルとか、スキルとかで決まるものではありません。

 シリルがいなければ私はここまで来れませんでした。シリルは立派な私の仲間です」


 私のこの言葉に王は心を打たれ、シリルもパーティに同行していいことになったのだ。

 そしてこれこそが、決定的な間違いだったことを後に知る。

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