7 部活動紹介


 体育館に全校生徒が集結していた。その視線は壇上に注がれている。今からあそこに登壇すると思うだけで優子の心臓はエクスプロージョン寸前にビートした。覚悟を決めるしかない、これも部員を増やすためだ。

 現在御沼高校の部活動紹介が体育館で行われている。女子魔道部(仮)は大取りの枠を有り難く頂戴して発表に臨んでいる。


「皆様お待ちかね、女子魔道部の紹介をさせていただきます!」


 昨日入部(仮)した明楽が原稿もカンペもなしに司会を始めた。凄まじい度胸、コミュ強、鉄メンタル。単にバカなのかもしれないと訝しみつつも、優子には無いものだからそれが羨ましい。


「我ら女子魔道部は対戦形式の演武をやります! 演武と言っても本気で試合します。赤コーナー、灰空優子選手! 青コーナー、白夜有子選手!」


 名前を呼ばれて壇上に登る優子とアリス。優子への歓声に比べてアリスへの歓声は五倍くらいあった気がする。ブーイングはなかったものの優子はヒールというわけだ。この演武、シナリオがあるわけじゃない。女子魔道部の情熱を知ってもらうために本気で戦うアドリブ全開演武なのだ。


 携帯魔道結界装置が展開され、両者幻装を纏う。優子は手加減なしの灰色幻装。アリスはこの間ゲリラ部活紹介した時とは真逆に漆黒のドレス風の鎧と十字架を模した剣を装備していた。


「いいの? みんなにアリスの本性がバレちゃうよ」


「あら、一面と言って欲しいわね。それにダークな女って魅力的なのよ」


 アリスの属性は光だけではない。アリスは優子と同じく闇属性も持ち合わせているのだ。


「「よろしくお願いします!」」


 魔道はれっきとした武道。礼に始まり礼に終わる。


「バトルスタート!」


 どこから拾ってきたのかわからないゴングを明楽が鳴らし試合開始。早速アリスが正面から斬り込んでくる。優子はアリスの戦力を見定めながら得意の防御でペースを作り始める。

 三年ほど優子とアリスは戦っていない。小学校の頃のアリスは杖を幻装として補助魔法で仲間を強化する戦闘方法をとっていた。中学の間に近接の戦闘スタイルも習得したようで、その剣捌きは油断すれば魔法装甲を持っていかれるほどだ。


「───閃影剣撃、白雷シラミカヅチ


 防戦からのカウンター攻撃。雷を宿した剣での横なぎと放電。斬撃の近接攻撃と雷での中距離攻撃を同時に行う。しかしアリスはそれを踊るような華麗な立ち回りで捌き斬った。

 読まれている。アリスは優子の動きを的確に先読みしている。


「どう? あなたの知らない間にわたしも結構強くなったんだから! 優子の癖も研究済みよ」


 アリスは妨害魔法にも長けていて、しかも優子の嫌がることを知り尽くしている。相性は優子の不利だ。

 打ち合ってアリスのペースに持ち込まれるのを防ぐために、優子は一度距離を取った。


「───夜蛇の魔眼、起動。あなたは夜に恋をするキスキルリラ


 それすら読まれていた。このタイミングを待っていたように、アリスは詠唱を口ずさむ。アリスの青色の眼が禍々しい赤色に輝いた。血溜まりにも赤い果実にも見える、いやあれは蛇の眼だ。背筋に寒気が走り優子の身体は動かなくなる。

『魔眼』。魔法の力を宿した目である。アリスの目は見たものを石にする魔力が秘められている。優子はなんとか魔力で抵抗するものの身体は硬直して言うことを聞かない。あの魔眼が優子を見ている限り効果は続くため、このままでは完全に石になってしまう。


「優子、昔からこの魔眼が苦手だったよね。みんなが見てなかったら動けない優子を好き放題しちゃうんだけどなぁ」


 優子は蛇が大の苦手なのだ。そんな魔法使わなくても、蛇の使い魔を召喚してくれれば卒倒します。

 トドメを刺しに距離を詰めるアリス。動けない優子はなす術もない。魔法も回避も防御も不可能だ。誰もが当たり前のようにアリスの勝利を確信している。

 しかし、そんな当たり前をぶち壊すのが『魔法』だ。


「───閃影、鏡光かがみびかり


 閃光がステージを包み込む。アリスは堪らず眼を瞑るがもう遅い。アリスは先ほどの優子と同じように動けなくなり、逆に優子は身体の自由を取り戻した。

 鏡光かがみびかり。これは鏡を作り出し、光を放出し閃光での目眩しを主とする光魔法であるが今回はその鏡を別の用途に利用した。鏡にアリスの魔眼を映し出し、アリス自身にその魔眼を見させることが目的だった。

 眼を瞑ったことで優子への呪縛は解け、今度は逆にアリスが自分の魔眼を見てしまったことで動けなくなった。


 魔眼を一瞬しか見ていないこと、アリス本人の魔眼であるため耐性があることを踏まえると動けないのはたった一瞬だ。それでも充分。優子はアリスに渾身の一撃をお見舞いする。本気の証だ。アリスの魔法装甲は砕ける。


「試合終了! 勝者、赤コーナー、灰空優子選手!!」


 体育館は歓声と拍手に包まれた。両者の本気が伝わったのだろう。真剣勝負の後はどちらを応援していたかも関係なく声援を送ってくれる。


「「ありがとうございました」」


 二人は三年ぶりの勝負を終えて握手する。また一つお互いのことが知れた気がする。魔道は対話なのだ。


「優子、あなた魔眼で動けなかったよね。なんで魔法を撃てたのよ」


「その前の白雷に乗じて鏡光の時限術式を展開しておいたんだ」


 時限術式はその名の通り、時限式で起動する魔法を術式という形で固定させる技術である。使い方によっては魔法は時間さえ飛び越えられる。


「時限術式ねぇ。優子が小細工を散らしてくるとは、誤算だったわ」


「アリスの本気への返答だよ。アリスは外道が好きでしょ?」


「調子いいんだから。覚えてなさいよ、次はコテンパンにしてあげるから」


 アリスが優子を知り尽くしているように、優子もアリスのことを知り尽くしている。魔眼を使ってくるのはわかっていた。アリスが剣を身につけ、先読みを駆使したように、優子も日々進化している。昨日までの優子を知っていても、今この瞬間の優子は別物だ。


 かくして女子魔道部(仮)の部活動紹介は終了。生徒たちに魔道の魅力を存分に伝えられた筈だ。


 ◇


 部活動紹介の後、女子魔道部(仮)の三人は職員室にいた。


「傘野馬先生、お話があります」


「ああ、君たちか。とてもよかったよ、さっきの部活動紹介。それで、なんだい話しって」


「先生、こちらの写真をご覧ください」


 アリスは懐から一枚の写真を取り出して教卓に置いた。


「───これは」


 愛を育む宿屋のある通りを歩いている優子と傘野馬のツーショット写真だ。


「先生、生徒に手を出しちゃダメじゃないですか」


 豚を見るような眼で傘野馬を蔑むアリス。これが先ほど全校生徒を魅了する戦いを披露した者なのか。


「なにを言っているんだ白夜さん。これは灰空さんが繁華街で迷子になっていたから寮の近くまで送り届けてあげているだけだ。そうだよね、灰空さん?」


 ごめんなさい、先生。わたしは悪い子です。魔道部のために傘野馬先生のキャバクラタイムを削ります。

 

「……いいえ、わたしは、先生と……ししししました」


「灰空さん、無茶しすぎだ!」


「先生、もう私たちが何を言いたいかお分かりですよね?」


「わかんないよ! ありもしない罪をでっち上げて、清廉潔白な聖職者を貶めて何をするつもりなんだ!」


 女の子大好き発言しちゃう教師は清廉潔白でも聖職者でもないと思うが、彼が法に触れたりする悪人ではないのは確かだ。


「ずばり、女子魔道部の顧問を引き受けていただきたいのです。そうすればこの写真はシュレッダー行きにすると約束します」


 悪魔。鬼。今のアリスは女神や天使というイメージとは真逆だ。とてもじゃないが良い子には見せられない。


「なんだ、そんなことか。それなら回りくどいことしなくても引き受けてあげたのに」


「「「え?」」」


「君たちの本気はさっきの部活動紹介でよくわかった。だったら、それをサポートするのは教師として当然さ。たとえお姉さんたちと遊ぶ時間を削ったとしてもね」


「じゃあ、先生」


「いいとも。女子魔道部の顧問になろうじゃないか」


「やった! ありがとうございます、傘野馬先生!」


 手のひら返して大喜びするアリスと明楽。傘野馬はどこまでいっても女たらしということか。


「……先生、詮索したり、嘘ついたりして、申し訳ありません」


 嬉しいのと同時に、申し訳なくなって優子は謝罪する。


「いやいや、いいんだよ。君が悪巧みを企んだわけじゃないだろう。それにその写真さえ消してもらえれば、なんともないさ」


「あら、先生。この写真と関係なしに顧問を引き受けていただけるのですよね? だったらこの写真は別の交渉材料として使わせていただきます」


「うぇぇっ!! ちょっと、白夜さん、頼むよ!」


 これが本物の外道か。優子は呆れながらも感心する。傘野馬先生、南無三。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る