6 ストリート魔道



 公園に戻ってきた女子魔道部(仮)の三人はドーム型の遊具の中でコソコソ話していた。


「よく撮れてるわ、バッチリよ。記事のタイトルは『教師と生徒、禁断の愛』に決定!」


 アリスが魔法で現像した写真、そこに写っているのは傘野馬と優子だった。夜の繁華街を二人で歩く姿は恋人のようだ。

 もちろん優子と傘野馬先生はそんな関係じゃない。アリスは傘野馬先生を女子魔道部の顧問にするためにこの写真で脅迫するつもりなのだ。


「アリスって鬼畜だね」


 そう言う明楽も傘野馬の弱みを握ろうと共謀していた。優子は胃が痛くなる。とんだジャジャ馬たちだ。明日は傘野馬先生を脅迫しないといけないし、ステージで部活紹介もしなくちゃいけない。これから大変なイベントまみれだ。でも、すべては魔道をやるためと思って優子は頑張る。


 ───やめてください!


 三人が公園を後にしようとした時、近くの運動場から女性の叫び声が聞こえた。危機が目の前まで迫っていることを感じさせる必死な声だ。優子は咄嗟に走り出した。その後をアリスと明楽が追いかける。


 フェンスに囲まれた、バスケットゴールのある運動場の端に刺繍入りの特攻服を着た若い女性が数人集まってい、誰かを囲んでいる。囲まれているのは御沼高校の女子生徒のようで、彼女は震え、怯えているようだ。優子はその女子生徒の顔に見覚えがあった。会話をしたことがないが、優子と同じ一年三組の原須椿姫はらす つばきで間違いない。


 絶対に良くないことが起きている。優子は困っている人を放っておくと後悔して転がるタイプなので駆けつけようとする。しかし、その集団に向かう優子とは別の人影を見て足が止まった。


「何やってんの、あんたら?」


 鋭い目つきと茶髪をした御沼高校の女子生徒──穂叢千夏がレディースの群れに堂々と歩いて接近する。


「なんだぁ、てめぇ?」


 赤い特攻服の一番派手な方が千夏にガンを飛ばす。しかし千夏はそんなこと気にせずレディースに囲まれている椿姫に話しかけた。


「おい、おまえ、大丈夫か?」


「た、助けてください、お金を出せって言われて」


 気の弱い椿姫の必死な声。それに千夏は、


「おう、ちょっと待っとけ」


 そう返答すると特攻服たちに向き直った。


「確かこういう時は、決闘するのが流行りなんだろ。どいつでもいいからかかってこいよ」


「てめぇ、いい度胸じゃねぇか。いいぜ、やってやる。ストリート魔道で決着をつけようぜ」


 ストリート魔道だと? なんだそれは。優子は疑問の濁流に呑まれる。その疑問の答えはすぐに出た。

 運動場の中央に携帯魔道結界装置が設置され、それを中心に赤い特攻服の少女と千夏が向き合った。


「はじめ!」


 困惑する優子を置き去りにして、レフェリー役の不良の合図で、ストリート魔道による決闘は極めて自然な流れで始まった。

 武器なしのシンプルな殴り合い。王道の喧嘩。


「あれは、不良たちの間で伝わる神聖な戦い。『ストリート魔道』よ」


 追いついてきたアリスがいきなり解説をはじめた。なんでこのお嬢様は不良文化に詳しいのだろう。

 ストリート魔道。イカした名称だが、やっていることは武器はなしで魔法は身体強化のみの一対一の魔道だ。不良たちの諍いの解決方法にしては血が流れなくて平和的なのは評価できるが、側から見ればヤンキーの喧嘩には変わりない。この魔法時代において、戦闘魔法の強さはヒエラルキーにも影響する。不良の世界では魔法の強さが力の強さなのだろう。しかしこのストリート魔道、魔道を喧嘩の道具にしているようであまり気持ちの良いものには思えなかった。


 駆けつけようとしていた優子だが、他人の戦いに口出し手出しは良くないと弁えて、大人しく観戦に徹することにした。


 二人とも殴り合いに慣れているのか、恐れを感じさせない攻防を繰り広げる。しばらく格闘が続いた後、千夏の正拳突きが赤服の鳩尾にクリーンヒットし魔法装甲が砕ける。勝負ありのようだ。

 喧嘩は泥臭いものだと思っていた優子だが、千夏の真っ直ぐで清々しい拳が気に入った。それに魔道の心得が千夏にあったことが意外だ。


 決闘は千夏の勝ちで終わったのだが、魔道結界は消失しない。それどころか、先ほどまで傍観していた周りの不良たちが千夏を囲みはじめたではないか。


「卑怯な。どうやら、神聖な決闘なんてものはもう廃れて消えてしまったみたいね」


 冷静に告げるアリス。その口調はどこか嫌悪を孕んでいた。

 始まったのは一対五の集団リンチとも取れる一方的な攻撃行為だった。魔道結界の中では痛みも怪我もないが、結界が消失するまで彼女は攻撃を受け続けることになるだろう。卑怯極まりない行為に優子はハラワタが煮え繰り返り、駆け出す足を止められなかった。


 鉄パイプの幻装を振り回している群れに猛ダッシュで追突する優子。不良の陣形の一角を崩し、倒れている千夏の元に駆け寄る。


「穂叢さん、大丈夫ですか?」


「なんでこんなとこにいんだ委員長。もう遅いから帰れ」


「嫌です。困ってる人を置いてはいけません」


「正義の味方ごっこか、馬鹿。こんなの結界なしの喧嘩に比べれば怪我しない分マシだ。少しダサいとこ見せるだけさ」


 優子はそれが気に食わなかった。気持ちのいい拳を持つ千夏が不当な理由で敗北するのが堪らなく悔しいのだ。彼女が負けるのは戦場フィールドであるべきだ。


「あなたに従うつもりはありません。わたしは戦いたいから勝手に戦うんです」


 眼鏡のおさげ女子は不良五人の中心に立つと白剣を抜いた。魔道結界が優子を戦いの参加者と認識して瞬時に魔法装甲が身体を保護する。


「なんだぁ、御沼の奴らは随分と仲良しこよしだな。それなら、お友達と一緒にボコしてやんよ!」


 多方から同時に振り下ろされる五本の鉄パイプ。その四本を優子は白剣と白盾を以て捌くが最後の一本を取りこぼす。優子に襲いくる鉄パイプ、それを一刀が両断した。


「カッコつけるなら、ヘマすんなよ」


 刀の持ち主は千夏。刃こぼれも歪みもない美しい刀だ。幻装はその人の心の具現だ。優子は千夏の刀を見て少しはにかむ。


「委員長。おまえ、あたしに刀抜かせるためにわざと攻撃を受けたな」


「あなたの幻装がどうしても見たかったんです。それと、あなたと一緒に戦いたい」


「ちっ。しょうがねぇなぁ。言っとくけど、あたしは息を合わせる気はないぜ」


「じゃあ、どっちが多く倒せるか勝負しましょう。相手は五人だから先に三人倒した方の勝ちです。これならお互い好き勝手できる」


「おもしれぇ、乗った。やってやるよ」


「ふっざけんじゃねぇ! 何勝手なこと言ってんだ、五人に勝てるわけねぇだろ!」


 激怒した不良が攻撃を再開する。しかしその攻撃が届くことわなく、手に持つ鉄パイプごと魔法装甲が切断されていた。


「まずは一人目だ」


 千夏は次の対象ターゲットに笑顔で狙いをつける。その眼光は獲物を狩る猛獣のように鋭い。


「くそ、調子に乗りやがって!」


 不良たちの攻撃が二人の剣士を捕らえることは決してない。残った不良四人と、優子と千夏の二人の間には、人数では覆せない実力差があることが露呈する。

 

「これで二人目だ!」


 千夏の刀が二人目に振るわれる。それが魔法装甲を破壊する直前、横から優子の剣が打ち込まれた。


「これでわたしも一人倒しました」


「てめぇ、やるじゃねぇか」


 四人で二人が倒せなかったのに、三人に減った今不良グループに勝ち目はない。彼女らは、自分たちが狩人で優子たちを獲物だと錯覚していたのだ。


「「二人目」」


 残った三人のうち二人が、優子と千夏の攻撃で一瞬にしてやられる。得点は二対二。お互いにリーチ。最後の一人を倒した方が勝つ。


「こいつら、めちゃくちゃツエー!」


 最後の一人は自分めがけて突っ込んでくる夜叉めいた二人の迫力に腰を抜かし動けなくなる。剣と刀が同時に最後の不良を成敗し戦いは呆気なく終わった。


「チクショー! 覚えてろよ!」


 レディースはバイクに乗って去っていった。ストリート魔道のルールを破ったりするわりに意外と潔い人たちだった。やはりこの時代、不良たちの強さの基準は魔法らしい。


「おい、そこのおまえ、大丈夫か? カツアゲされてたんだろ?」


「は、はい。お金は無事です。あ、ありがとうございました」


 千夏に助けられた原須椿姫はお礼を言うと急ぎ足で帰っていった。千夏は「気ぃつけろよ」と彼女の背に声をかけた。


「最後のは同時か。なんか、スッキリしねぇな」

 

「穂叢さん、強いんですね」


「そう言うおまえも、優等生にしては腕が立つな」


「穂叢さん、あんなに強いなら一人でもやっつけられたのに、どうして最初は五人に好き放題されてたんですか?」


「五人相手は武器を使わなくちゃ無理だ。ストリート魔道は素手がルール。相手がルールを破ろうが、あたしはルールを守りたかった。それだけだ。まぁ、委員長が乱入してきたんで、その縛りもなくなっちまったけどな」


「……すみません」


「気にすんな。縛りなんてのは、くだらない自己満足さ。それよか、委員長こそ今の戦い、本気じゃねぇだろ」


「バレましたか」


「食えねぇやつだ。優等生は被り物か。それについては秘密にしておいてやる。もう遅いから帰れ。さっきは助かった、サンキュな」


 千夏も去っていった。気持ちのいい性格をした人だった。

 喧嘩を影から見守っていたアリスと明楽が優子に駆け寄ってくる。


「優子めっちゃ強いじゃん! 燃えた!」


 カラス的少年漫画がお好きなのかテンションマックスの明楽。拳をブンブンしてシャドーボクシングしている。


「なんか嬉しそうね、優子」


「うん。あの人、魔道部に欲しくなった」


 共闘してわかった。穂叢千夏はいいやつだ。優子は彼女と一緒に魔道をやりたくなってしまった。

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