5 顧問


 ゲリラ放送後、程なくして白夜有子、灰空優子、狡狼明楽の三名は職員室に呼び出され、担任の傘野馬から注意を受けることとなった。


「諸君、青春を謳歌しているようで何より。しかしやりすぎだ。以後気をつけるように。

 それと、女子魔道部だが、まだ正式な部活ではないからね。正式な部活として認められるには部員五人以上と顧問の先生が必要だから覚えておくように。全国大会は正式な部じゃないと出場できないし、もとより五人集めないことにはチーム戦の試合もできないから焦るのもわかるが、部員集めのやり方は手段を選びたまえ。目立てば人が集まるというわけじゃない。もっと別に君たちの情熱をみんなに伝える方法を模索してみなさい」


 意外にまともなアドバイスをくれる傘野馬先生。イケメンのくせに軽くてスケベなだけじゃなかったか。


「善処します。それよりも先生。魔道のことにお詳しいようにお見受けしました。是非とも女子魔道部の顧問を務めていただけないでしょうか。傘野馬先生は美術教諭ですけど美術部の顧問というわけではないですよね?」


「白夜さんは勧誘活動の執念がすごいな。その通り、ボクは部活の顧問はしていない。でも用事があって放課後は長く学校にいられないんだ。すまないね」


 傘野馬先生は退勤してしまう。きっと大事な用事なのだろう。


「ダメか〜! 早く魔道したいな〜。正式な部活になれば部費も部室も貰えるからやりたい放題なのにな〜」


 明楽が駄々をこねる。優子も彼女の気持ちがわかる。早く魔道の練習をしたくてたまらなかった。


「傘野馬先生の言う通り、他の何かでみんなに魔道の魅力を伝えないと。それならやっぱり試合を見てもらうのが一番だよね。明日の部活動紹介にわたしたちの枠を用意してもらえるように先生たちにお願いしてみるわ」


 やっと、まともな方法にたどり着くアリス。試合を見てもらえれば、競技の魅力を十全に伝えられるだろう。しかしそうなれば優子が全校生徒の視線の集まる壇上で試合をしなくてはいけない。かなり緊張する。


「ねぇ、優子、明楽ちゃん。せっかくだから帰りに魔道の練習していかない? 明楽ちゃんはさっき教えたことを実践でやってみましょう」


「賛成!」


「そうだね」


 ◇


 魔道部(仮)は初めての練習を開始した。部室がないため練習場所は駅から近い公園。


「魔道用魔法の練習の前に明楽ちゃんの属性と特性を聞いてもいいかしら?」


「うん。属性は風と闇。特性は『終焉』だよ」


 しれっと禍々しい特性を暴露する明楽。

 魔道をやっていなくてもこの魔法時代ともなれば誰もが自分で魔法を使う権利がある。学校でも『魔法』の授業があるし、属性や特性は血液型や誕生星座みたいなものだ。


「アリスと優子のも知りたい!」


「わたしは光属性で『再生』よ」


 足りてないぞアリス。本性を隠蔽したな。「わかってるわね」と目で合図してくる。こわい。


「優子も教えてあげなさい」


 意訳、優子は包み隠さず教えなさい。


「……光と闇。創造と破壊」


「カッケー!!」


 とある病の扉をくすぐられたのか目をキラキラさせ大喜びする明楽。優子も中学の頃は自分に秘められし力があるのではと深淵を覗こうとしたことがあったようななかったような。

 なんと悲しい性質だろう。矛盾している。打ち消しあっている。名は体を表す。性質は本質を現す。


「属性と特性はその人の魔法の得意分野に大きく関わっているわ。持っている性質の魔法は得意だし、持ってなかったり、真逆の性質は使いづらい。これは中学の授業で習ったわね」


 つまり優子は自分の中で喧嘩しまくってるわけだ。ポンコツ不良品もいいところだ。神様、表裏一体とは言うけど、同居させちゃダメです。


「早速お手並み拝見といきますか。明楽ちゃん、いい感じの属性魔法やってみてくれる?」


 明楽はブレスレット型の魔装を装着すると「気合だ気合だ」と念じ始め、


なんかすごい突風スーパートルネード!!」


 ネーミングセンス/ゼロ。かざされた明楽の手の先から風が巻き起こる。魔道用結界を展開しているため被害はないが、かなりの風圧だ。優子は咄嗟にめくれたスカートを直す。


「白か」


「白ね」


 見るな。


「いい魔法よ明楽ちゃん。これなら即戦力ね」


「風属性の魔法は結構特訓してたんだ」


 鼻血垂らしながら手を取り合う二人。馬鹿な奴らだ。


「幻装はどんな武器にするの?」


「う〜ん。自分の中で武器はこれだって浮かぶものはあるけど魔法と相性悪そうで。悩み中」


「ちなみにそれはどんな武器なの?」


「え、銃だけど?」


 確かに魔法っぽくない武器だが、何より明楽らしくないと優子は感じた。闇や終焉なんかも、彼女には似合わない。


 ◇


 それから小一時間ほど明楽の魔法を特訓をした。風属性魔法を攻撃として使えるように威力を上げたり、幻装を実体化などの練習をした。明楽の魔法の筋は良く、銃の幻装なら実体化あと一歩までいった。


 あたりも暗くなったため、練習を切り上げ、帰ろうとした頃だった。見覚えのある人物が繁華街の方へと向かって歩いていくのが公園から見えた。白いスーツ着た金髪の美人ですごく目立つ。あれは傘野馬先生だ。


「用事があるって言ってたけど、それに向かうところなのかな? すごくルンルンしてるけど」


「追いかけてみようよ!」


「いいね!」


 興味津々おバカさんが二名。仕方なく優子も二人と一緒に先生を尾行する。気分はスパイか探偵。

 尾行するうちに、あたりはネオンの眩しい通りへと変わっていき、いかがわしそうな夜の店が並ぶ地域に来ていた。女子高生がこんなところにいるのはよくない。


「魔法で姿を隠そう。閃影、光隠ひかりがくれ


 優子はアリスと明楽を人気のない路地に引っ込ませると印を結んだ。忽ち、三人の姿が透明になった。隠形と呼ばれる忍術の一つで、姿を敵から隠すものだ。原理としては光学迷彩だ。カメレオンとおなじ。


「はえー! これって忍術でしょ? かっこいい!」


「風と闇の属性なら忍術系魔法いっぱいあるよ。今度教えてあげる」


 やったーとはしゃぐ明楽を抑えて、通りに戻る。

 傘野馬先生は通りをしばらく進むと路地に入っていった。続いて路地に入って確認してみれば、そこにはレトロな喫茶店があり、現在はバータイムの営業が行われている。傘野馬先生はそこでお酒を飲んでいた。


「なんだ〜、ただ飲んでただけか」


「脅迫に使えるネタは無さそうね」


 残念がるアリスと明楽。二人は傘野馬先生の弱みを握って顧問をやるように脅迫するつもりだったのだろうか。恐ろしい子。


「こうなったら最後の手段よ」


 アリスは優子の方を見ると満面の笑みを浮かべた。


 ◇


 二人を店の外に残して、優子は一人喫茶店へと突入した。既に身体を透明にする魔法も解除している。


「おや、可愛らしいお客さんね。傘野馬、この子アンタのとこの生徒じゃない?」


 オカマのマスターが出迎えてくれる。


「あれ、灰空さんじゃないか。どうしてここに」


 カウンターには傘野馬が座っていた。


「……その、傘野馬先生に顧問をやって欲しくて、脅迫に使えそうなネタを探して尾行してました」


「それ、答えちゃうんだ」


 とりあえずかけたまえと席を勧められたのでカウンターに腰掛ける。


「マスター、オレンジジュース。ボクのおごりだ。飲んだら、帰るんだよ。送るから」


「はい、お手数おかけしてすみません」


「ボクも顧問をやりたいのは山々なんだけど、どうしても女の子と遊びたくて、学校におそくまでいられないんだ。女の子が大好きでね、今日もこの後は何軒か梯子するつもりなのさ」


 しれっと暴露してくる。これからキャバクラ三昧らしい。キャバクラに行くくらいなら脅せるようなネタにはならない。

 教師も人間。休息もプライベートも必要だ。部活動の顧問をやっても給金は出ないというし、面倒な女子高生の相手をするには割りに合わなさすぎる。傘野馬はこの時代に即した教師として上手くやっているのかもしれない。ただ女の子大好き発言はアウトオブアウトだと思う。


「ごちそうさまでした」


 帰り道、送ってもらう。先生はいい人だ。これっポチも警戒していない。女子高生と教師が二人きりで夜の繁華街を歩いているのを見られたら色々と問題になるのに、ただ優子の身を案じて送ってくれている。優子は罪悪感に苛まれながら、ローライ35のシャッター音を聞いた。


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