4 勧誘
入学式の翌日。委員会決めや身体測定等の面倒事が終わり、待ちわびた放課後が訪れた。帰りのホームルームが終了するとクラスの生徒たちはゾロゾロと部活見学へ赴いていく。
学級委員長として初日の日直を任された優子は特に書くことのない学級日誌に何を書くか試行錯誤していた。真面目なので行を埋めたくなるが頭に浮かぶのは楽しかったですとおもしろかったですだけだった。
「優子! 入部希望者を一人ゲットしたよ!」
先生に対してのコメント欄に「昨日と今日で合わせて五名の女子生徒が昏倒しました。先生の顔面の改善を検討していただけませんか」と要望を記しているとアリスが大喜びしながら現れた。
「うっす、
アリスが連れてきたのは優子と同じ一年三組の生徒だった。狡狼明楽。名前の通り明るく楽しげな少女だ。栗色の髪と短いスカート丈が彼女の活発な性格をよく表している。
「……狡狼さん。はい、確かバナナはおやつ派の方でしたよね」
「そんなに畏まらなくていいって委員長。明楽でいいよ。魔道は初心者だけどよろしくね。ずっとやってみたかったんだ、魔道」
優子のあだ名は委員長で定着していた。魔道の時は眼鏡を外して三つ編みを解いたが、普段は控えめ女学生スタイルにしている。そのせいかクソまじめに見えるため、委員長にならなくてもあだ名が委員長になったかもしれない。今日は名簿と睨めっこをしてクラスメイトの名前と顔を覚えていたほどだ。
「こちらこそよろしく、あ、明楽さん」
キョドる優子を見てアリスがクスクスしている。ムカつく。
明楽はアリスみたいに性悪じゃないようで助かる。優子だけではアリスを御しきれない。
「あと二人部員を確保できればチーム戦ができるわ。というわけで勧誘活動を続けましょう。今なら部活決めに迷っている生徒が沢山いるはず。魔道の魅力を伝えて魔道沼に引きずり込むのよ。優子も勧誘活動お願い。わたしは明楽ちゃんに魔道のこと教えながら迷える仔羊たちを拐かしてくるわ」
ハイテンションな二人組は嵐のように去っていった。人員の配分がおかしい。コミュ強二人を組ませて、人見知りの優子をソロで残すとは。
知らない人と話すのは苦手だが、魔道部のためだ。優子は女子陸上部を観察している傘野馬先生に学級日誌を
校内には様々な音が聞こえる。生徒の笑い声、話し声。吹部が楽器の音程を合わせる音。テニス部のランニング時の謎の掛け声。野球部の打球音。本日晴天なり、青春日和。
新入生はみんなどこかの部活動にお邪魔して見学している。ほっつき歩いているのは優子くらい。たとえ見かけたとしてもグループで動いている人が多くて話をかけづらい。中々声をかけられず、挙動不審に廊下を右往左往。
恥ずかしくなったので、階段に撤退する。部員調達は重要な任務だが、優子には荷が重い。コミュ強組に任せることにしよう。優子は屋上で休憩することにした。
晴空を望む屋上。ベンチがいくつか置いてあり、その一つに足を組んで腰掛けている女子生徒がいる。髪を茶髪に染めていて目つきが鋭く、いかにも不良然とした生徒だ。風格からこの学校の番長かと思ったが、よく見れば優子と同じクラスの生徒だ。名前は確か
どうしようか。休憩しようと思っていたが、ベンチに座りづらい。かといって、ここで踵を返すのも不自然。仕方なく番長の隣のベンチに腰掛ける。
しばしの沈黙、先に口を開いたのは番長からだった。
「おまえ、うちのクラスの委員長だろ?」
「は、はい!」
気弱なおさげの眼鏡っこがスケバンに声をかけられてしまった。ごめんなさい、小銭すら持ってないんです、ジャンプしても音はしませんよ。
「部活見学行かないのか。うちのガッコ全員部活に入んないといけないんだろ?」
「ああ、それならわたしはもう女子魔道部に決めてますから」
「あの金髪が騒いでたやつか」
以外と普通の会話。キャッチボールは成功している。今は優子がボールを持っている。返さなくては。
「えっと、穂叢さんは部活決めたんですか?」
「まだ。どれも退屈そうでさ」
「そ、それなら魔道部はどうですか? 今部員を募集していて、わたしでよければルールとか魔法の使い方を教えるので」
思っていたより会話の通じる人らしいので、勇気を出して初めての勧誘をしてみることにした。
「あんた、なんかできるの? じゃあやって見せてよ」
「え、えと、じゃあ、魔法で剣出します」
ベンチから立ち、穂叢番長の前に出る。
「幻装、起動」
イタい詠唱部分はカタギの人の前だと恥ずいためカット。白い剣を右手に現出させる。ただそれだけ。アリスみたいにド派手なのは優子には無理だ。
「へぇ、委員長、そんなんでも意外とガチな武器使うんだな」
「……どうも。でもこれだけだと、地味ですよね。対戦とか見せられたらよかったんですけど、相方がいなくて」
「それはいいよ、魔道がどんなのかはだいたいわかるから」
「それで、魔道部はどうでしょうか?」
「う〜ん、考えさせて。あんたたち、人数合わせの幽霊部員が欲しいんじゃなくて、まじめに取り組める部員が欲しいでしょ。あたしみたいな奴がやり続けられるかわからないし、今すぐは答え出せないや。すまん」
「いいえ、聞いてくださってありがとございました」
即決とはいかなかったが、勧誘はできた。人見知りの優子にしては上出来だ。
「すいません、会話の弾が尽きたから無言になりますけど、いいですか?」
「は? いいけど、そんなのいちいち聞くなよ」
「いえ、覚悟がお互いにできていると、気まずくならないので」
長年の人見知り生活の果てに見つけた到達点。事前に自身が口下手であり無音を司る者だと告げることで、相手を気まずくさせない奥義。穂叢さんと会話ができた弾みで調子に乗り放ってしまったが、結果はドン引きされるに至っただけ。番長は優子を冷たい眼差しで見ていた。
かえって場を苦しくしてしまったのだろうか、屋上は静寂に包まれる。聞こえてくるのは生徒たちが部活に勤しむ声と音。
『ポンピンパンポーン!』
その時だった。学校を包む、幾重にも重なり奏でられる青春の音色を不協和音が侵犯した。
『皆さんこんにちは! 魔道部の白夜と』
『新入部員の狡狼でーす!』
『『女子魔道部員募集中、よろしくお願いしまーす』』
馬鹿二人がやらかした。恐れていた放送室ジャック。そんなテロ起こさなくても、もう
狡狼明楽。どうやらアリスと同じく危険因子だったらしい。胃が痛くなる。
「なんかおまえら、おもしれーわ」
番長が笑った。
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