2 魔道部
結論から言うと、アリスのゲリラ演武は行われなかった。流石に職員たちも入学式を乗っ取られたまま呆然としているわけにはいかず、頭のイカれた新入生代表を取り押さえて連行していった。
現在アリスは一年三組の教室にある優子の後ろの座席でクラスの生徒たちに囲まれてオシャベリしている。凄まじいコミュ強。
成績トップで入部した新入生代表で、金持ちなので、先生たちは甘々だ。あんなことしたら普通は停学か退学だ。鎖で繋いでおかないと次は放送室ジャックあたりをしでかすぞ。
「はーい、席について〜」
先生が入室してきて、アリスを中心に盛り上がっていた生徒たちも着席する。
「ボクは担任の
現れたのは男か女かわからない超絶美人。声色で男性だとわかった。格好は白いスーツにピンクのジャケットを羽織るというキテレツ爆発スタイル。髪型は肩口あたりまで伸ばした金髪だった。挨拶のついでにウィンクしたばっかりに女子生徒が何人か悲鳴をあげて昏倒した。
このクラスやばい。優子の率直な感想。
イケメン担任に即日マドンナ女神アリス。少女漫画なら許される容姿レベルの臨海突破だ。
「まずはみんなに自己紹介してもらおうかな。出席番号順でお願いします」
おきまりの自己紹介。優子は苦手だ。出席番号順だと苗字が灰空の優子は白夜有子の前ということになる。アレの後ろならテンションについていけず死んでいたが、前なら目立たないしセーフだ。
そんなこんなで思案しているうちに優子の順番が回って来た。
「灰空優子です。部活は考え中です。よろしくお願いします」
勝った。平凡で印象に残らない無難な自己紹介。中学の頃の事故紹介の二の舞を演じずに済んだ。アリスから演武の対戦相手に指名されて注目を集めてしまったが、これでリセット間違いなし。
「次は問題児の白夜さん。変なことしないでね」
「はーい」
傘野馬先生から注意を受けてから自己紹介の必要を感じないアリスに順番が移る。それだけで教室に笑いが巻き起こる。
「ご存知、白夜有子です。あだ名はアリスです。気軽に呼んでください。それと本題なんですけど、女子魔道部員もれなく募集中です! 初心者歓迎、経験者ツラ貸せや! まだ部員がわたしと灰空さんの二人しかいなくて寂しいからドシドシご応募ください、お待ちしております!」
完全告知。しかも強制入部させられている被害者一名。アリスのせいで優子の名前は校内に知れ渡ってしまうだろう。今日は厄日だ。
「自己紹介が終わったところで、学級委員長を決めたいと思います。やりたい人いますか?」
てっきりアリスがやるかと思いきや手を上げない。学級委員長といえばクラスの人気者の頭が悪くなければその人がやるというイメージがあった。
もとから委員長をやりたい人は少ないし、成績トップのアリスを差し置いてできる人もなし。教室は静まり返ってしまう。
「じゃあ、推薦とかある人いる? この人なら任せたいとか」
そう言われれば誰もが心の中でアリスを推すが、今日初めてあったばかりの彼女を推薦できるほど無責任な者はいなかった。
その時、天井に突き刺さるが如き挙手が教室に出現した。アリスの自信に満ちた挙手であった。
「おお、白夜さん、やる気になってくれたか」
「はい。学級委員長をやります。灰空優子さんが」
いた。ここにいた。勝手に他人を推薦する無責任な者が。
「この教室の静寂を破るにはこうするしかありませんでした。わたしは面倒な学級委員長をやりたくありませんし」
何一つ包み隠されずに告げられる真実。教室の空気と自分の手間のために幼馴染を生贄にしやがった。人気者のアリスの推薦に逆らえるわけがない。優子ピンチ。
「大丈夫、優子は真面目でまじめでマジメなので学級委員長にピッタリです。優子が委員長やるならわたしが副委員長やってあげるから、お願いやって。優子はもっと前に出た方がいいわよ」
後ろの座席から肩をゆさゆさしてくるアリス。公開プロポーズとかってあるけどアレって悪質だよなって優子は思った。断ったら悪だもん。特に告ってくるやつに味方が多いほど。
「……わかりましたやります」
ポッキリと折れた。こうして教室の平穏を取り戻した
◇
帰りのホームルームが終わり、波瀾万丈の一日にも一区切りつく。入学式の日なので授業もなく早めに終了したものの優子はぐったり疲労し机に突っ伏していた。今日はアリスに振り回されてばかりだ。
「今日は災難だったわね」
「アリスのせいでね」
「知ってる〜」
自覚があるのに手を緩めないあたりアリスはサディストだ。
高校初めての放課後。昼下がりの教室で二人きりの会話。話題は勿論、
「それで、魔道部に入る気になってくれた?」
「考え中だって言ったでしょ」
魔道部は嫌だ。でもアリスと同じ部活がいい。永遠に答えの出ないパラドックス堂々巡り。
「こっちから質問。アリスは魔道がやりたいのに、なんで御沼高校に入学したの? 魔道部ないんだよ」
「あります。今日からあるんです。……昔約束したじゃない。もう、忘れちゃったの?」
アリスがいきなりしおらしくなった。昔の約束については心当たりがない。
「中学が別々になった時に、高校では一緒に魔道やろうって約束したでしょ?」
そんなこともあった。まさかその約束が生きていたとは。
「じゃあアリスはそのためにわざわざわたしと同じ高校に入学したの?」
「そうよ」
なんでもない風に答えてのけるアリス。
「そうよじゃないよ。そんなことで自分の進路を決めちゃダメだよ!」
制服と魔道部がないという進路も何もない理由で高校を選んだ優子が言っていいはずないセリフ。でもそれとこれは別。アリスのように有望な人がそんな約束のために将来を捨てるなんてダメだ。また優子のせいで誰かの青春を終わらせてしまう。
「そんなことっていうのは聞きづてならないわね。言っておくけど、わたし優子と魔道やることに人生かけてるから」
本気の本気。今日のアリスの発言の中で群を抜いてその熱が伝わる言葉だった。目つきが違う。アリスは本当に人生の全てをこの青春にベットしているんだ。その証拠が優子と同じ高校に入学したことと今朝の演説。
アリスの気迫と情熱、「優子と魔道をやることに人生をかけてる」と言う発言のせいで優子は泣きかけた。それでも魔道をやるのはやっぱり怖い。本気のアリスに応えられない自分が情けない。
「やっぱり、つっかえてるもの取るしかないわね。優子この後暇でしょ、付き合って」
「へ?」
「優子みたいな人が前に進むにはね、誰かが背中を押してあげなくちゃいけないの。だから、わたしが何度でも押してあげる。あなたが進むまで」
◇
アリスに連れて行かれたのは先月優子が卒業した中学校だった。都会の大宮駅の近くにある御沼高校と違い、田畑の広がる田舎にある。
「う〜ん。ド田舎。周りが森。昭和的青春の香り! わたしもこの学び舎に通いたかった」
上機嫌なアリス。彼女は青春大好きレディだ。青春謳歌のためならなんでもすることがわかった。
優子を引きずりながら、彼女は我が物顔で中学校の校庭へとズカズカ入っていった。新年度の部活はまだ始まっていないのか、生徒の姿は見受けられない。その代わりに、校庭の中央には中学校のものではない制服を着た少女が仁王立ちして二人を待ち構えていた。
彼女に向かってアリスが声をかける。
「杏奈〜、久しぶり!」
「久しぶり、アリス。それに優子」
そこにいたのは、黒陽杏奈。優子の心に絶対に拭えない傷をつけ、優子自身も彼女の青春を終わらせた因縁の相手だった。
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