1 高校


「起きて優子。今日は入学式よ」


 部屋のカーテンを開けながらアリスが言った。枕元まで朝日が伸びてきて眩しい。いじわるなアリスに寝顔をからかわれるのも嫌なので優子は起きることにする。まだ慣れない二段ベッドのはしごをおそるおそる下るとルームメイトのアリスが既に制服に着替えて寝癖爆発寝坊助を待ちうけていた。


「朝ごはんできてるから支度したら食堂に来てね」


 カメラで人の寝癖頭を撮影すると、綺麗な金髪を翻してアリスは部屋を出て行った。朝日に照らされた彼女の白金色の髪と青い瞳は美少女を通り越して天使か女神様みたいで神々しい。見た目通りのお嬢様なアリスがなんで優子と同じ平凡な高校に進学したのかやっぱり疑問だった。

 アリスは優子の幼馴染だ。中学は別々だったが高校進学で再会した。昨日ネタバレされたクラスや寮の部屋がアリスと一緒なのはきっと金持ちの力だろう。金持ちの権力とは恐ろしいが、新生活で近くに友人がいることは頼もしくありがたかった。


 顔を洗い、強敵のくせ毛をなんとか三つ編みで拘束し、制服に着替える。高校の制服はセーラー服で、優子の高校志望理由の八割がこの制服目当てなのは誰にも言ってない秘密。

 新しく始まる高校生活。それなのに鏡に映る自分のいつもと違う部分は制服が変わったことくらい。くせ毛、貧乳、そばかすエトセトラ。上げればキリがないコンプレックスは相変わらず。一番の悩みは髪と目の色。髪は灰色、眼は紫色という根暗な配色。中学の頃に後天的に変色した。なんでも魔法の特性が身体に現れたらしい。魔法の特性はその人の精神に影響されるので、見た目いこーるハートということになる。優子は中身もグレーアンドパープルなのだ。

 変色のついでに低下した視力を補うべく眼鏡をかければ、三つ編み眼鏡の控えめ女生徒(灰髪紫眼)の出来上がり。


 ◇


 寮母のマザーマリアにいってきますしてからアリスと一緒に初登校。通学路はアスファルトの街に残る名物桜並木通り。ほんの少し冷たい朝の空気は新生活への緊張を高まらせる。


 二人の入学する埼玉県立御沼みぬま高校は大宮駅の近くにある共学の普遍的な高校だ。そんなところに金髪天使美少女が登校しているせいか、生徒や通行人はアリスに目を奪われている。ここにいるグレーガールには目もくれない。控えめな優子にとって目立たないことはありがたいが、なんか気にくわなかった。


 大宮駅周辺は都市化が進み半分東京みたいになっている。ここから三十分バスに揺られると出現する田園地帯の中学に通っていた優子にとっては慣れないし、苦手な世界だ。この都市機能にもこの魔法時代ともなれば、その随所随所に魔法の補助を組み込まれている。優子はまだ齢十五だが、頭が古く、デジタルも現代魔法もあんまり好きじゃない。だから『魔機マキナ』なんていう現代魔法の権化は自分も頼りっぱなしのくせに気に食わなかった。


魔機マキナ』とは誰もが魔法を使えるようになる道具である。魔力という魔法の源をエネルギーに変換して起動する機械だ。まさしく科学と魔法のハイブリッド。

 魔機には、指定された動作を行うものと、使用者によって異なる魔法を発生させるものの二種類がある。


 前者は『自動魔機オートマキナ』と呼ばれ、機械を魔法で補助するものだ。家電や乗り物に搭載されており、人々の生活を助けている。


 後者は『魔装マギア』と呼ばれる、本来一般人にはできない魔力の変換を補佐する装置。個人によって使える魔法の適性が異なり、使用者の資質によって発生する魔法は異なる。こちらの魔装は携帯できる装飾品などに加工されている。魔道の選手はこれを用いて魔法を使っている。


 最近では魔法と科学の進歩はさらに進み、数年前に薄いとか小さいとかで騒がれていた携帯電話も時代遅れ。今では映像に触れられる拡張現実と魔法の融合技術が人々に普及している。


「優子、一緒に入学記念の写真撮りましょう!」


 高校の正門に着くとアリスが写真を撮ろうとせがんできた。写真は苦手だ。仕方なく証明写真バリの真面目顔で待機。隣には笑顔の超絶美少女。


「はい、チーズ!」


 自撮り棒も三脚もないから魔法でカメラを浮かせて撮影する掛け声の古い天使アリス。

 アリスの使っているフィルムカメラのローライ35はこの時代ではアーティファクトだ。魔法で補助してまでわざわざ撮るなら新しい魔機搭載のカメラを使えばいいのにと呆れるけど、優子も古いほうがなにかと温かくて好きだったりする。

 

「アリスって写真好きだよね」


「ええ。だって写真ならその大事な瞬間をずっととっておけるでしょ。それって魔法みたいで素敵じゃない?」


 永遠にとっておきたいくらいの笑顔でアリスは言った。


 ◇


 校門を抜けると部活動の勧誘で上級生たちが新入生に声をかけていた。新入生には右往左往目移りし放題の者もいれば、これ一つの固い決意を抱いてこの高校に入学したものもいるだろう。優子はといえばどちらでもない。


「優子はなんの部活に入るか決めてる?」


「まだだけど」


 優子は特に部活に興味がない。のではなく、中学最後の試合での出来事がトラウマで部活というものに苦手意識を持っていた。


「そういうアリスは?」


 自分の意思では部活は決められそうにない優子は有子と同じ部活にしようと思っていた。


「ひ〜みつっ!」


 そうですかい。魔道部以外ならなんでもいいので、今はアリスの秘密を暴かないでおこう。優子と同じく小学生の頃から魔道をやっていたアリスだが、この学校に来たということは魔道を続けるつもりはないのだろう。なにせ、この学校には女子魔道部がないのだから。それが優子が学校を決めた理由の一つでもあった。経験者は部から勧誘の声をかけられるだろう、そうすると断れない女の優子は捕まってしまう。中学の頃、魔道部に入ったのは顔見知りの先輩や杏奈に誘われて断れなかったからだ。

 

 部活動勧誘の群れを抜けてクラス発表が行われる昇降口まで向かう。遠くなる生徒たちの喧騒がなんだか羨ましく感じた。熱中できるものが今の優子にはなかった。このままでは魔道部を避けられたとしても、結局中学の頃と変わらず三年間の方向性を自分の意思で決められない。とてももったいないことだとわかっているけど、好きになればなるほど、その物事が終わった時に寂しくなるから、優子はもう何も欲しがらないことにした。


 ◇


 優子は体育館に羅列するパイプ椅子の一つに控えめに座って入学式の開会の時を待っていた。リーク通り優子とアリスは同じクラスだったものの、入学式の会場にアリスの姿はない。クラス発表の時までは側にいたのにいつのまにか消えていた。入学式という四面楚歌。周りに知人がいないのは不安で仕方ない。人見知りと人間不信を極めている優子はアリスがいなかったら高校は三日保たずにやめていたかもしれない。


 程なくしてつまらない入学式が始まった。開式の辞、国歌斉唱、入学許可、校長式辞、校歌斉唱などの退屈なプログラムを次々に流れていくが、アリスは座席には現れない。もしかすると緊張で具合が悪くなったのかと心配になるが、考えてみればアリスは優子と違ってメンタルがアダマントだから大丈夫だろう。


『次に新入生代表の挨拶です。新入生代表、白夜有子びゃくや ゆうこさん』


「はい」


 司会の言葉に聞き覚えのある名前の少女が聞き慣れたよく通る声で返答する。生徒や職員たちが一斉に壇上を見つめた。

 絹糸のような金髪に、青い宝石みたいな眼。透き通る白い肌。自信に満ちた姿勢に凛とした表情。禁忌的な造形美の少女が壇上に上がり、体育館の空気はガラリと変わる。ただ登壇しただけで、体育館にいた人の心は彼女に支配された。

 白夜有子。いつも『アリス』とあだ名で呼んでいるから本名を忘れかけていた。まさか有子アリスが新入生代表だったとは。優子と同じ『ゆうこ』なのが紛らわしいからアリスというあだ名で呼んでいる。彼女の容姿はどう見ても『ゆうこ』より『アリス』だ。


『温かな春の訪れとともに、私たちは御沼高校の入学式を迎えることができました。本日はこのような立派な入学式を行なっていただきありがとうございました──』


 どこの学校でも宣誓される決まり文句なのに彼女が読むだけで、天使からの神託のように有難いお言葉に聴こえる。人々の視線は釘付けになって離れない。かくいう優子も目を持っていかれた。


 宣誓が終わると体育館は拍手で包まれた。アリスは礼をして壇上を去ろうと──しなかった。アリスは会場の拍手を手の合図で収めると固定されたマイクを外した手に持ったではないか。

 体育館にヒソヒソと声が聞こえ始める。

 何をするつもりだ。もといやらかすつもりなんだ。自分が注目を浴びているわけでもないのに優子の心臓はフルスロットルだ。アリスは新入生代表に選ばれるような秀外恵中のお嬢様だが、昔からたまにやらかすのだ。


『皆さん聞いてください。私はこれからこの御沼高校に女子魔道部を設立します。そのために部員を募ります。すでにご存知だとは思いますが、新入生をはじめとする生徒の皆さんに魔道の素晴らしさをお伝えします。今、この場で!』


 やらかした。優子はこんな展開思いつきもしなかった。生徒も職員も唖然として動かない。


『まずは魔道で欠かせない幻装ファンタギアをお見せします。───禁断の果実よ、拓け』


 有子は首にかけた十字架型の魔装に口付けをして、祝詞を唱えた。するとアリス本人の身の丈よりも大きな杖が彼女の右手に出現したではないか。

 あれは魔道で用いる『幻装ファンタギア』だ。魔装で魔力を変換して自分の心の具現となる武装を創り出す魔法である。


 現在、魔道の知名度は高いがプレイヤーとして競技を行うには敷居は少し高い。理由は誰もが簡単に戦闘用魔法を使えるわけではないからだ。魔機で補助できると言えども、まともに競技ができるレベルになるにはそれなりの努力と才能が必要だ。魔道競技用の魔法など普段の生活で役に立たないのに、必死に練習するのがこの時代のスタイルではない。昔からあるスポーツや誰でも気軽にできるコンピューターゲームと違い、この魔法と科学の時代においては新興かつ敷居の高い競技は敬遠されがちなのだ。興味ならみんなあるが、見るのとやるのは違うということ。

 しかも、元々女子魔道部のないこの学校では募るにしても入部希望者は少ないだろう。最悪いないかもしれない。


 そんな魔道の抱える問題をアリスはどう解決するのか。


『続きまして、幻装の鎧を錬成します』


 光の粉を従える杖を一振り。それで忽ちアリスはセーラー服から白いドレス状の甲冑へと変身した。体育館の壇上も魔法で色とりどりの花で装飾され演劇が始まってしまったようだ。演目の題名は魔法の国のアリス姫で決まり。

 実力を見せつけてきた。自動魔機を用いてならだれでもできる変身魔法だが、自分自身で魔力を変換、調整して無駄の多いドレスの形状に瞬間的に定着させ、ついでに舞台上も装飾する芸当などフェアリーゴッドマザーとかのプロの魔法使いレベルだ。男子魔道部ですらお口あんぐりで置いてきぼり。静寂に包まれていた体育館には先ほどの新入生代表挨拶を凌ぐ拍手と歓声が飛び交う。


 しかし、ファンが増えたとしても部員は集まらない。憧れることと、隣に並び立って戦うことは全く別のものだと優子は知っている。杏奈の強さに憧れていたことがあるからだ。


『最後に対戦形式の演武を披露します。演武と言っても、魔道で怪我をすることはないので本番さながらの戦いをお見せできると思います』


 演武ということはもうすでに一人以上の部員を獲得しているのか。アリスのカリスマなら入学初日に部員を獲得していてもおかしくない。


灰空優子はいそら ゆうこさん、壇上までお願いします!』


 アリスと全校生徒の視線が優子の方へと向けられる。壇上のアリスと目が合う。彼女は笑みを浮かべる。「まずは一人目ゲット!」と彼女の顔には書いてある気がした。

 優子にとっての最悪の事態は幼馴染の手によって齎らされた。

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