燃えろ魔道部!

雲湖淵虚無蔵

プロローグ 『魔道』


 人類が魔法と邂逅して幾星霜。人類の手で魔法は解明され、今では人々の生活を豊かにする、無くてはならない技術となった。

 そんな魔法時代、人々の間では魔法を使ったスポーツ競技『魔道まどう』が流行していた。

 魔道は魔法を用いて戦う格闘技である。ルールはシンプルで、魔法の攻撃を用いて先に相手の魔法の装甲を破壊した方が勝利というもの。魔法の力を宿した剣や銃をはじめとする様々な武装を使って戦える自由度の高い競技だ。

 この魔道において、特に盛り上がりを見せているのが、仲間と協力して戦うチーム戦。中高の全国大会のルールでもチーム戦は採用され、若者たちの間でも魔道熱は高まっていた。


 ◇


 廃校舎の階段を駆け上がると屋上へ出た。翳っていた視界が銀色に包まれる。

 優子は空手の左手で日差しを塞ぎ、辺りを見回す。どうやら先客がいたようで目が合ってしまった。こうなればやることは一つ。優子は右手に握った白い剣を屋上にいた少女に向けて構えた。


 初夏の昼下がり、廃校舎の屋上に金属音が鳴り響く。火花を散らしてぶつかり合うそれは紛れもなく真剣。刃には青空が映り込み、振るわれるたびに風を切る。その本物の武器を振るうのは華奢な少女二人だった。

 優子と少女はファンタジーものに登場するキャラクターのような騎士装束を身に纏い、手にした剣を華奢な身体で軽々と振り回している。そんな芸当はゲームや漫画の世界でないとできないだろう。もしもそこが魔法の存在しない不自由な世界だったとするならば。


 しかし、ここには、この世界には、正真正銘の『魔法』があった。


炎剣ウル・カナズ!!」


 赤い甲冑に身を包んだ少女が左手で虚空に文字を紡ぎながら、右手で剣を掲げて呪文を唱えた。指でなぞった虚空にはルーン文字というアルファベットに似た光る文字が浮かび上がり、呪文に呼応するように紅の炎が少女の剣から生じた。

 マッチやライターを使った訳でもない。『魔法』の力で発火させたのだ。

 炎は屋上のコンクリートにクシャクシャのセロファンみたいな陽炎を作り出し、この刹那の間だけ真夏を到来させる。

 赤い少女は燃え上がる豪炎の剣を対峙する白い騎士武装を身に纏うもう一人の少女──優子に向けて振り下ろす。それは敵対する者への明確な攻撃だ。


「──白盾しろたて、起動」


 優子は静かに空手の左手を向かい来る炎の剣にかざすと言い慣れた文句を口にした。声はほんの少し震えている。

 大気をひりつかせる炎の剣を優子の左手に出現したマンホール大の円盾が受け止めた。本来、小さな盾一つでは燃え盛る炎の攻撃を防御することは物理的に不可能。だが魔法ならば話は違う。見かけの質量など、魔法は容易く覆す。

 炎剣を受け止めた盾の周囲には白色の斥力が発生していた。それは白百合を思わせる六枚の花弁状の光の障壁で、炎の熱も剣の斬撃もその純白のベールに阻まれて威力を失っている。


 魔法──それは奇跡の成就。そう仰々しく奇跡と呼ばれていたのも今は昔。現在では魔法は人々の生活に浸透し、科学と並ぶ技術となり、こうして少女たちが『魔道』というスポーツ競技で使用することができるまでに進歩していた。


 魔道のルールはシンプルで、敵プレイヤーの身を守る魔法の装甲を先に破壊した方が勝つというもの。攻撃手段は言わずもがな魔法で、防御方法も魔法である。

 本物の武器が使用され、フィールドは炎やら雷やらが飛び交う戦場と化すが、魔道れっきとしたスポーツ競技であり、魔法の加護により、物理的、魔法的、如何なる方法でも選手本人にダメージはない。競技の勝敗を決める魔法装甲の内側には選手を守る安全用結界があり、そのおかげで怪我をすることのない、安全を保証された格闘技なのだ。


 ユニフォームの白い騎士装束に身を包んだ優子は現在中学最後の大会に臨んでいた。先日の一回戦を見事に勝ち抜いた優子のチームは二回戦に駒を進めてこうして戦っている。

 チーム戦は先に相手チーム全員を倒す、もしくは試合終了時間に残っている選手の多いチームが勝利する。今大会のチーム戦の人数は五人。まだ試合は始まったばかりで、両チームのメンバーは全員未だ健在。五対五で互角の戦いを繰り広げていた。

 今回の戦いの舞台は廃校になった校舎。入り組んだ校舎内で両チームのメンバーは分断されて、連携を取れずに各々遭遇した敵と睨み合っていた。

 仲間と合流するべく屋上に登った優子だったが、そこには相手チームの選手が先客としており、そのまま一騎討ちが始まり、今に至る。


 盾に攻撃を防がれた赤い少女は剣を振り切り隙だらけだ。優子はすかさず盾の防御魔法を解き、右手に握る白い剣へと思考と精神を繋ぎかえる。


白剣びゃっけん、解放」


 左手から右手へと電気が伝うような感覚。優子は自身の体内を流動する魔力を実感する。

 紡がれた呪文に呼応し右手の剣が発光。白光を纏った剣が唸りを上げて、甲冑の脇へと振り込まれる。

 雷撃に似た閃光の剣は超高速で流動する熱光線で構築されている。魔法の加護のない人間に直撃すれば人体を木っ端微塵に粉砕するほどの威力であることは明白だ。

 相手選手は防御回避共に不可能だと諦め目を瞑った。この優子の一撃で彼女の甲冑と魔法装甲は破壊され敗北するだろう。


 その攻撃の刹那、一つの不安がよぎった。万に一つもありえない可能性だが、もしかすると魔法装甲が破壊された後に選手を怪我から守る安全結界も同時に破壊してしまうかもしれない。


「──うぐっ……あれ?」


 剣撃の衝撃に身構えた相手選手。しかし、彼女に攻撃が当たることはなく、疑問の声を漏らしている。優子の剣は彼女に当たる寸前に停止していた。


「……できない」


 つぶやいて優子は膝から崩れ落ちる。攻撃の瞬間、不安から連想した嫌なヴィジョンが頭の中を侵犯した。思い浮かんだのは優子が相手選手に怪我させる光景だった。そのせいで剣を振るう腕が動かなくなった。

 相手選手は動かなくなった優子を不思議に思いつつも、一人では勝てないことを悟ったのか即座に屋上を離脱していった。


「人を斬るなんて、できない」

 

 震えた右手は先程まで力強く振るっていた剣を落とす。人を傷つけるかもしれないという不安が取り憑いてしまって離れてくれない。


 魔道で攻撃を躊躇ったのはこれが初めてではない。けれど、こうして身体が震えて動かなくなることは優子にとって初めての経験だった。優子は昔から控えめな性格で、競争や暴力が苦手だ。その性格を抑え続けて魔道を続けてきた。その代償として今この瞬間に反動が現れたのだろう。しかし、なぜ中学最後の大会という大事な場面で出てしまったのだ。


『助けて優子、敵に囲まれた!』


 通信魔法で仲間の声が聞こえた。どうやら優子が逃した選手が仲間の戦っている敵選手と合流して戦闘に介入したようだ。


 震える身体を懸命に力を入れて立ち上がり、仲間の元へと駆け出した。情けなさと焦りで心拍数が跳ね上がる。耳には絶えず仲間たちの必死な声が聞こえ続けている。その声は段々と少なく、小さくなっていった。


 仲間からの通信があった校舎の二階廊下にたどり着く。そこにあったのは三人の敵を一人で相手するチームメイトの杏奈あんなの姿と、魔法装甲を破壊されて戦闘不能となりフィールド外に転送されている最中の他の仲間の姿だった。


「杏奈!」


 今行く。まだなんとかなる。形成は三対ニと不利だが、全国でもトップクラスの実力を持つ杏奈となら優子が攻撃できなかったとしても、防御に専念してサポートすれば勝ち目はある。防御魔法だけが今の優子の存在意義だ。もともとこの防御力を買われてレギュラーに採用されたのだ。優子の仕事は仲間を守ることなんだ。それなのに──


「ばか、遅いよ優子」


 間に合わなかった。

 敵チーム三人の攻撃が杏奈の魔法装甲を貫いている。県最強の攻撃手として有名な杏奈とて三人相手では敵わなかった。

 魔法装甲を破壊された杏奈は仰向けで倒れて光の粒となって霧散した。無論それは演出で杏奈は死んだわけでも怪我をしたわけでない。退場しただけだ。ただ、廃墟の学校で黒髪の彼女が消え逝くその光景が儚いくせに、母親の幼いころの写真みたいにひどく頭にこびりついた。


 優子がもっと早く付いていれば、いやそもそも敵を倒していなければこんなことにはならなかった。試合がまだ続いているのにも関わらず自責の念で押しつぶされそうになる。


 攻撃のできないままの優子に三人を相手をして勝つ見込みはない。負けを認めて降参すれば無駄な労力を使わずに済むだろう。けれど中学最後の試合でこれ以上醜態を晒すわけにもいかないし、何よりここで退場してチームメイトに合わせる顔がなかったから、優子はまだ戦い続けることにして、待ち受ける三人の敵へと向かって走り出した。

 剣を握るその手は未だに震え続けているのに、守るものの無くなった盾使いの足はいつもより軽かった。


 ◇


 壊れたオモチャの笛みたいに不細工なブザーが鳴り、試合が終わった。相手の残った選手の数は三人。こちらは優子のみ。結果は三対一で敗北。

優子は三人相手に二十分の間一人で戦ったものの攻撃に転じることは出来ず防戦一方のままでタイムアップとなったのだ。

 相手チームの激しい猛攻に廃墟の学校の窓ガラスは無残に割れ、散り乱れているが後始末の心配はいらない。この試合フィールド自体魔法で作られた空間なので、次の試合が行われる頃には綺麗に元どおりになっている。それならなぜわざわざ廃校舎なんて再現して試合をやらせるのだろうか。新しいものは壊すのは気がひけるとか、その程度の理由なのかもしれない。

 

 試合が終わると退場していた選手も再びフィールドに転送されて、全員揃って試合終了の挨拶をする。礼に始まり礼に終わる。魔道も武道の一つなのだ。

 後は転送魔法でフィールドから退去し、チームごとに控え室に移動する。足元に出現した魔法陣が頭のてっぺんまでフラフープみたいに通り抜けると、一瞬にして転送される。

 優子はこの試合後の時間が嫌いだ。生き残ったくせに試合に負けた時は特に。

 チームメイトに合わせる顔も交わせる言葉もない。チームメイトの中には下を向いて何も話さない人もいるし、泣いている人もいる。優子をお疲れと労ってくれる人もいる。誰一人として優子を責める人はいない。みんないい人たちだ。それが逆に辛い。チームで戦う競技である以上、一人のミスはみんなのミスだ。それはみんな分かっているだろう。しかし優子のせいで試合の流れが傾き負けたことは自明の理。いっそ、責めてくれた方が楽なのかもしれない。


「優子のせいで負けた。わたしは絶対に勝ちたかった」


 薄暗いロッカールームに杏奈の声が響いた。他のチームメイトは騎士装束のユニフォームからブレザーの制服に着替えているが、杏奈だけはユニフォームのまま立ち尽くしている。

 杏奈の言葉は優子を楽にすることはなかった。言葉の刃は魔法では守れない。その言葉は優子の心に剣傷ように深々と刻まれた。

 おそらくその傷は一生優子を苦しめるだろう。誰かを傷つけないように生きてきた優子が、たった一度しかない仲間たちの大切な青春を終わらせてしまったのだから。

 

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