顔のないジェーン・ドゥ11
田舎の畦道を猛スピードで走っても誰にも咎められはしない。何人たりとも私を止めることはできない。
もしかしたら、私は自殺するつもりだったのかもしれない。崖でもあればそのまま突っ切っていたかもしれない。
生憎、崖などなかった。ただひたすらに平らな道が続いていた。
このまま真っ直ぐ進み続けたらどうなるだろうか。あわよくば死ねるだろうか。それとも、何かにぶつかって中途半端に生き延びてしまうだろうか。それとも、先にガソリンを尽きてしまうだろうか。
どうせ死ぬなら一瞬がいい。死んだことさえわからないような死に方がいい。苦痛の中で死ぬのはきっと耐えられないだろう。
私はアクセルを踏み続けた。答えに辿り着けることを信じて。
目を瞑る。
次に瞼を開いたらどこか別の世界にいないだろうか。一切のしがらみもない世界に行きたい。この世界にはしがらみが多すぎる。
瞼を開く。
刹那、私はブレーキを思い切り踏んだ。
間に合わない。
車内にまで衝撃が走る。タイヤが地面を抉りながら徐々にスピードを落としていく。
ようやく自動車が停まり、私は青ざめた。
女を轢いた。
私は自動車から降り、地面にだらりとへばりついた女の元へと近付いた。
女にはまだ息があった。虫の息だったが、まだ生きていた。
女を殺しかけているというのに、私は異常なまでに冷静だった。いや、これを放心というのかもしれない。
うつ伏せになった女を仰向けにし、私は息を飲んだ。
女には顔がなかった。この事故のせいで顔が抉れてぐちゃぐちゃになっていた。黒髪は大量の血液でべとべとになり、白いワンピースは深紅に美しく染まっていた。
女にはグロテスクな美があった。
これからどうするべきか。幸か不幸か、まだ私にはいくつか選択肢が残されている。
女を見捨ててここから逃げるもよし。女を病院に連れていってから逃げるもよし。女を楽にしてやって警察に出頭するもよし。女と心中するもよし。
選ばなければならない。この名も知らぬ女――ジェーン・ドゥの運命は私が握っている。
もたもたしている時間はない。もう一時間もしないうちに女は死ぬだろう。そうなれば選択肢はなくなってしまう。
私は女を見下ろし、「おはよう」と言った。
特にこれといった意味はない。返ってくるはずのない挨拶。それでも、心なしか女が頷いたような気がした。
私は女を抱き起こして引きずりながら自動車の助手席に座らせた。座らせたというよりは、壁に細長い蒟蒻を立てかけるような感覚だった。
もう逃げるつもりはない。何があっても私と向き合おう。散々逃げ続けてきただろう。
もし女が――ジェーン・ドゥが死んだら。それはその時考えることにしよう。手を尽くして死ぬのならそれは仕方のないことだ。どんなに強く願っても過去は変えられない。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
この女を死なせてはならないような気がした。彼女の死は私の死でもあるような気がした。
やはり私は死にたくないのだ、と思った。
私は自殺もできない駄目な人間だ。まともに生きることもままならない駄目な人間だ。
名も知らぬ女――ジェーン・ドゥを乗せて、私は力強くアクセルを踏んだ。
性懲りもなく猛スピードを出して、どこに向かうわけでもジェーン・ドゥと共に旅立った。
顔のないジェーン・ドゥ 姐三 @ane_san
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