第4話 決闘
昨夜、私はカノンがこの国の元皇女と聞いて一睡も出来なかった。でも驚いたのはカノンがこの国の元皇女だということに衝撃を受けただけじゃなくて私が彼女の大切なものを全部奪ったからだ。
大切な家族。認めてほしかった人達を。
私のせいで全部失った。
そしてこの国の元王。つまり、カノンの父親を殺したのは他の誰でもない私だ。
「私はこれから一体どんな顔をしてカノンに会えば……」
私はそう呟くとベッドに腰かけ顔を手で覆った。
私が何度目かの溜息を吐いたあと、
「ため息ばかりついていてどうした?」
とカノンが言い部屋に入って来た・
「う、うわわっ⁉ カノンどうしたんだい?」
私のセリフにカノンがため息をつき、
「どうしたはこっちのセリフだ……朝食も取らないで部屋にこもってため息ばかりついて……とりあえず朝食食べに行くぞ」
カノンはそういうや否や私の首根っこを掴んでずるずると食堂まで引っ張って行った。
「はぁ」
私は目の前に出されたオムレツを見てため息をついた。
普段の私だったら俗にいう女子みたいなノリで食べているんだろうけど今はただ無心にオムレツを口に運ぶ。
ちゃんと味はついているんだろうが今の私には味がしない。
私はオムレツを半分以上残し水を一杯飲み干すと宿屋の外に出ると展望台へと向かった。
私は茫然と外の景色を眺めながら歩いた。
のどかで雄大な景観だ。
それでも宗教戦争では恐らくこの地域も戦争になったのだろう。そう考えると嘆かわしくなる。
そしてそうしたのは自分だ。
「はぁ……」
私がまたため息をつくと「ラッファッエルッー様!」とマユが抱き着いてきた。
「……あ、あぁマユか……」
私は心ここにあらずで素っ気ない対応をした。最もマユはそんな事お構いなしに、
「今日私オフなんです。ラファエル様も時間があったらその辺を散策しませんか?」
と誘ってきた。
ここまで親しくしておいていつか来る別れがつらいから私は断ろうと思った。
「ねぇ、マユ……。私は退魔師の勉強に来ているからそういうのは今更だけど遠慮しているんだ。すまない……」
「えー」
マユがとても残念そうな顔をしたので私の良心が痛み「雑談くらいなら出来るが……」というとマユは目を輝かせじゃあ私の話を聞いてくださいモードに入った。
このあと、マユは喋った。
母親の事。美味しいデザートの事。都会に対する興味の事とか。
「――で、この村には昔はお祭りがあったんですけど戦火で焼け落ちて今は名ばかりの聖堂しか残ってないから元が付いちゃうんですよ」
今はこの村のお祭りついてマユは話している。
戦前にはこの村はファーレン独自の神様を崇拝しておりその神を讃えて年に一度お祭りをやっていたが戦争に負けその神は邪教とし崇拝を禁止された。
「おかしいよね。信仰する神様は違うけれど同じく神様を崇拝する人間だよ。人間同士ってなんで争うのかな? 私のパパも戦争に行って戦死したの……」
マユが沈んだ顔で言い私は心が痛んだ。
私もかつては敵の崇拝する神を邪教とし自国の神を正義と信じて疑わなかった。だけど、結局は自分の信じる神が自分にとっては正義なのだということを思い知らされた。あの戦争はそれを教訓としている。
「――マユはさ……自分の父親を殺した敵を憎む? それとも父親を死なせた戦争を憎む?」
私の不意の質問にマユは一瞬何を聞かれたのか理解できない感じの顔だったがすぐにいつもの明るい調子に戻り、
「昔……は敵を憎んでた。戦争終結後にやって来た敵兵を見てなんであんた達が生きて私のパパが死ななきゃいけないのって? だけど、二年前シスターがやって来て私達に説教したの……罪を憎んで人を憎まずって言われて。でも、やっぱり……ね」
「そっか……」
私は展望台の柵に寄りかかって景色を見ながらぼんやりと考えた。
もし、そうならカノンは私を許してくれるだろうか?
だけど私はカノンの大切な家族と認めてほしい人を奪った。
この世にはもうどこを探してもいない。
(あ~! ダメだっ! どうにもならないし考えがまとまらない上に告白する勇気がない。折角カノンが私を相棒と認めてくれたのに…… )
私がガシガシと頭をかいていると「ここにいたのか?」と後ろからすごく聞き覚えのある声を聞いた
私は壊れたブリキの玩具(おもちゃ)のように首をギギギと動かし額には冷や汗をかいているのだろう。
「こんなところでのうのうと同じ女連れて会話とはいい度胸してるじゃないか?」
「か……カノンさん……これには理由(わけ)が……」
あまりの恐ろしさに私はカノンにさんをつけた。
何故なら今カノンの顔は般若も泣いて逃げ出すような怒気のこもった顔をしていたからだ。マユはただならぬ雰囲気を察し、
「お……お使いの途中だった……かしら」
と言い逃げ出した。
(オフじゃなかったのか?)
カノンは物凄い顔で一歩一歩ずんずんとゆっくり。しかし着実に近づき努めて低い声で、「なにしていた?」と聞いてきた。
「……せ……世間話……かな」
「わざわざ昨日今日出会った女と……?」
「……」
私は今体中から冷や汗を流している。重苦しい沈黙が流れる。やがて、「は~」とカノンが自分の額に人差し指と中指をつけ、いわゆる考えるポーズをしながら息をついた。
「全くお前は何なんだ? 朝調子が悪いからと思い心配して探してみれば女と話している。これでは心配して探したボクが馬鹿みたいじゃないか……」
「心配……」
私は茫然と呟いた。
「そうだ、心配だ。とっとと宿に……」
そう言いカノンは私の手を引っ張ろうとした時私はパシンっ! と振り払った。
「⁉ ラファエル……」
カノンは一瞬何が起こった解らず私を見つめた。
「よしてくれないか……心配なんて。私はカノン……貴女(あなた)に心配される資格はない!」
私は俯き加減に言った。
「なに、ふざけたことを言ってる? 人を心配するに資格も何も――」
カノンは理由(わけ)が解らず戸惑っている最中に私ハッキリこう言った。
「私は宗教戦争中ライノス国の兵士でカノン……貴女の父君を殺した張本人ですっ!」
「⁉」
カノンが驚いたのか黙った。
「悔しいだろう。相棒の私が貴女の国と親の仇で。そして、貴方が認めてほしい人を奪った。そして私はのうのうと生きている……そして、相棒と言いずっと貴女をだましていた。幸いここは展望台だが今は周囲に誰も人はいない……突き落とすには打ってつけだ」
私は、ただ茫然と立ちカノンに突き落とされるのを待った。しかし、カノンは突き落とさずこの場を去ってしまった。
「死なせてはくれないんだ……」
私は茫然と呟いた。
「――それで、全てを話してしまわれたんですね?」
「……」
私は礼拝堂で隣の席に腰かけるマリーさんの問いに椅子に腰かけ静かに黙って頷き聞いてくれた。
自分は相棒であるカノンの親の仇だということを話にマリーさんの所に行き懺悔し先程の行動を後悔した。。
「それで、カノンは私を心配してくれているのに私は……」
「いたたまれなくなったたんですね……」
「ヤケ起こして暴露してカノンにどんな顔すればいいのか……」
私は深い溜め息を吐き手で顔を覆った。
いつも私はこうだ。
何か行動した後あの時ああすればよかったとかこうすればもっと違っていたのにばかり考えて後悔する。でも、結果はいつも後悔ばかりであの時はああするしかなかったと無理やり自分を納得させるばかりだ。
私は今物凄く惨めな顔をしているんだと思う。
その時、マリーさんが、
「ラファエルさん。あなたが正直に話せばきっとカノンさんにも伝わります」
と言った。
「私はカノンに昔のことを全て話しましたけど……」
私の言葉にマリーさんはゆっくり微笑み、
「飾る必要はないんです。ありのままの自分を受け入れてもらえばいいんです」
と言った。
(……ありのまま)
その時香炉からの臭いに鼻孔をかすかにくすぐられた。
「今日のは前のと違うんですね? なんていう薬草なんですか?」
私の問いにマリーさんは驚き「あら? お分かりに?」と言い私は小さく頷く。
するとマリーさんはクスリと笑い、
「その通りです……今回は違う薬草に配合も違うんです……」
と答えた。
「どんな効能なんですか?」
私の質問にマリーさんは弱弱しい笑みで「まだ効能は……試作段階ですので……」と言った。
その時幼子がマリーさんの服の袖を引っ張り、
「ねー、まりーせんせい! はやくおさんぽいこー!」
とせがんできた。
「はいはい」
と言いマリーさんは幼子の頭を撫でてやると、
「大切なのはありのままですよ」と笑顔で言った。
私が教会を後にしたのは夕刻過ぎだった。私はマリーさんの言葉を頭の中で反復して宿屋に戻った。宿屋に戻ると直後にランディ元帥に「少し酒盛りに付き合わんか?」と言われ酒盛りに付き合い付き合わされることになった。
「うむ、やはりここの赤ワインは美味しいのう!」
ランディ元帥はコップに注がれたワインを嗜みながらそう言った。
「ノンアルコールですけどね……」
私の言葉にランディ元帥は「気分じゃ! 気分!」と上機嫌に言った。私は、少量のホイップクリームが添えてあるたっぷり蜂蜜がかかったパン・ケーキを不格好に切り分けゆっくり口に運びながら、
「――で、本来の目的は何でしょうか? まさか、酒盛り相手が欲しいだけではありませんよね?」
と不格好に切り分けたパン・ケーキをテーブルにボロボロこぼしながらランディ元帥に聞いた。
「……」
ランディ元帥は黙り、
「ラファエル君。とりあえず、キミはナプキンをした方がいい。話はそれからじゃ……」と言った。
私はランディ元帥にナプキン着用を進められたのでナプキンを着用しランディ元帥の話を聞いた。
「――つまり、今回の試験の一連は人為的なものだということですね?」
私の問いにランディ元帥は真顔で頷いた。
「うむ……私の調べる限り自然現象でAランク並みの魔物になるはずはない。そもそも魔鉱石が異常を起こすことが異常なんじゃ……」
ランディ元帥の話では、魔力を安定させるために祀られた魔鉱石は本来強固な結界が張ってある。その結界を壊し術式を組み替えるのは並大抵な事ではない。そもそも本来魔獣にはSからDランクあってDが最弱だけど今回の魔物はAランク。これは少なくとも魔術の手ほどき受けたものか違法召喚を使い堕天使クラスの者にやらせた可能性が高く凡人では無いということが明らかという内容だった。
私は自分で切り分けた不格好なパン・ケーキの最後の一口を口に入れる。
何の為にそんなことをするのか分からなかった。そんなことをすれば他者はもちろん自分にとっても百害あって一利なし。何故ならこの地の魔力が不安定になれば魔力の需要と供給がアンバランスになるからだ。
私が考えこんでいるとランディ元帥が、
「そういえば今日の昼頃カノン君がわしを訪ねてきてキミのことを聞いて行きおったぞい……最もわしの口からは全部は言えんから、自分で尋ねて――」と言っている最中食堂のドアが勢いよく開いて周囲はシンとなった。
食堂のドアを勢いよく開けたのはカノンだ。
カノンは客が見ているのも関係なしにつかつかと一直線に私に向かって行き私の目の前に来ると私の足もとの床に手袋を投げつけ、
「決闘だ!」
と大声で言った。
「なっ……⁉」
場は騒然となった。
「場所は今から一時間後。森の奥の北の広場! 観客(ギャラりー)は連れて来るな! 逃げるなよ!」
カノンは凍てつく瞳でそういうと食堂を出て行った。
カノンが出て行った後も食堂は暫くシン……としていたがやがて客の一人が「決闘だー!」とはやし立てた。
途端に食堂は祭り騒ぎとなりどちらが勝つやらどっちに何を賭けるやらの話題でもちきりになった。
「ランディ元帥……」
私の問いにランディ元帥は、
「カノン君にはカノンの君なりの考えがあるのだろう? もっともどうするかはラファエル君次第じゃが……」
と返答され私がどうするか悩んでいると食堂にいた客が、
「兄ちゃん。俺兄ちゃんに銀貨十枚かけてんだ」と言って来た。別の客は「オレは白髪の兄ちゃんに銅貨十枚!」とお祭り騒ぎだった。
この場にいる全員が決闘の見物客になりたがっていたが私は来るなと言わんばかりの瞳をし周囲を黙らせた。
食堂を出ると、
「ラファエル様―!」と声とともに体当たりをモロに食らった。マユだった。
「マ……マユっ!」
「さっき食堂で聞かせてもらいました! 決闘なんていけませんっ!」
「すごい情報が早いね」
「私、この食堂で週二日ウェイトレスしてるんで……って、そんなことより決闘なんていけません。争いで血を流すほど無益なことはありません――だから……」
「正当な理由があったら……」
マユが言い掛けていると私はマユの言葉を遮った。
「え⁉」
私はマユの瞳をじっと見て自分のことを話した。
「私は元・ライノス国の兵士だ」と。
最初何を言われたか解らずマユはきょとんとしていたがすぐに表情を崩し「や……やですねー! そんな冗談」
「冗談じゃない……私は正真正銘元ライノス国の兵士でカノンの父親を殺し、もしかしてマユ。キミの父親も殺したかもしれない。そんな奴が目の前にいたらキミだったらどうする?」
「……冗談じゃないんですね……」
私は無言で深く頷きやがて「失礼する」と言いマユを置いてこの場を後に後にした。
鬱蒼と茂る森の道を進み開けた場所に出た。そこにはカノンが腕組みをして待っていた。
「カノンっ!」
「観客(ギャラリー)は連れてこなかったようだな」
カノンはそう言い斧槍(ハルバード)を構えた。
「カノン待ってくれっ! 私はっ……」
「問答無用っ!」
そう言いカノンは襲い掛かってきた。
ギンっ!
私に刀がカノンの斧槍(ハルバード)の槍先を弾く。私は防戦一本で弾くだけだ。
「どうしたんだっ! 守るだけか?」
カノンはそう言いながら斧槍(ハルバード)を力強く振るう。
私は彼女と戦えない。
彼女は怒っているからだ。
今、彼女の目に映っている私は敵だ。
それも親の仇の。
ズザッ!
私は考えながら行動していた為バランスを崩し転倒した。その隙にカノンの槍先が私の喉元に突き当たる。
「ボクはラファエル(キミ)と戦ってみたかったのにその程度だったのかい? 残念だよ……」
カノンは私に怒りを孕んだ声で言った。
「ラファエル(キミ)がこの程度の人間だったのは思いの外(ほか)がっかりだ。この程度じゃラファエル。キミは退魔師としては生き残れない」
カノンが失望した表情で言い斧槍(ハルバード)を収めた。
「もういい……今のラファエル(キミ)とは勝負する必要がない。買いかぶり過ぎていたようだ」
そう言い手をわなわな震わせていた。
その時、私はカノンが何に対して怒っているのか分かった。カノンが怒っているのは――
「カノン……もう一回勝負だ」
「今迷いがあるラファエル(キミ)がボクに……? なら言う。今のラファエル(キミ)はボクに勝てない」
「キミが真剣なら私も全身全霊を賭けて勝負に挑ませてもらう。先刻は失礼した」
私とカノンは対峙し構えた。
カノンが私に対して怒っているのは私が全力で戦わないからだ。
私はカノンを真っ直ぐ見据えカノンも私を真っ直ぐ見据える。
そして私達は相手から目を逸らさない。
私の剣術は我流とは言え相手を精密に仕留める。対してカノンは緻密な計算をし尽くした上で相手を緻密に追い詰める。
そして――
キンっ!
私達は一戦を交えた。そして、カノンの斧槍(ハルバード)が手から落ちカノンは地に崩れ落ちた。
「勝負ありだよ……カノン」
カノンは黙り俯きやがて「ははは!」と笑い出した。
「カノン?」
私は突然のカノンの笑いに戸惑った。
「ははは……やっぱりボクは負けたか! 当たり前だ。確固たる信念を持ったラファエル(キミ)と背伸びをしたがっているボクとじゃ覚悟が違う」
「……カノン」
「元帥から聞いたぞ。お前が退魔師になった理由。人を助けたいんだってな」
カノンは申し訳なさそうに私に言った。
カノンは私が自分の父親を殺した人間と知り最初はショックを受けたらしい。だけど、今までの私を見てそれには何か理由があるんじゃないかと思いランディ元帥に聞き考えた
そして、自分だったらどうかを考えた。やはり自分も迷うのではないか。今まで教え信じて来たものを壊すには。だが、ラファエル(私)は前に向かっている。そこで、本当にラファエル(私)は前に向かっているか試した。
「まぁ、ボクはキミと真剣勝負が出来て満足だけど」
「だけど、カノンは家族に認めてほしかったんじゃ……」
カノンは一瞬戸惑いまたあっはははっ! と笑い、
「確かに家族には認めてほしかったけど今一番に認めてほしいのはお前だ。なんたって相棒なんだかな! 第一ボクはファーレン(この国)に対していい思い出はない。前に言ったろ。この国にはいい思い出がないって。それに、今はお前が一番大事なんだ。 第一ボクはキミを恨んでいない」
「カノン……」
カノンはゆっくり起き上がると「それじゃ宿に帰るぞ」と言った。
その時森の奥から人の気配がした。
「⁉」
私とカノンは人の気配がした森の方を見る。
するとそこにはナイフを持ったマユが現れた。
だが、マユの様子がおかしい目が虚ろで生気が宿っていない。
そして持っていたナイフを私の方に振り上げた。
「マユ! どうしたんだ⁉」
私の問いに魔アユはうわごとの様に「殺す」と繰り返していた。
「――っ、コイツ何かに操られてるぞ!」
それは私も感づいていたの、
「ごめん、マユ!」
と言い私はマユを押さえるとマユのみぞおちにパンチをくらわし気絶させた。
私はマユを担ぎ宿に向か追おうとした時、
どこからかハッカのような匂いが漂ってきた。
(なんだ⁉ このハッカのような匂いは……)
私がそんなことを考えていると急に足元に力が入らずがくっと膝が落ちた。そして――
「本当は憎いんじゃありません?」と女性の声がした
声の方を見るとマリーさんがいた。
「マ……リ―さん」
「ラファエルさんは貴女の父親を殺した男。そして父親を殺しながらのうのうと生き延びている。そして、実力も彼の方が上貴女は何をしても彼に敵わない。でも。私の所に来れば貴女は力を得られる誰からも必要とされる力を……」
マリーさんは妖しい笑みを浮かべながら言った。
「何言って⁉」
カノンがマリーさんに質問しようとした時甘い匂いがした。
するとカノンが口元を覆い「これ香りを吸うなっ! これはシュラーフ草の――」とカノンが何か言って来たが最後まで聞こえず私の意識は急激に遠のいた。
私は暗い海の中にいた。
周囲には誰もおらず見渡す限りの黒だった。
「カノン! カノーン!」
私はカノンを探して周囲に呼びかけるが返答はない。
私は立ち尽くし下を向いた。
その時「やっぱりキミは誰も救えない」と声がした。
私は顔を上げ声の方を見るそこには軍人時代の私がいた。
「キミには誰も救えない。これで解っただろ。いくらキミが善行を積んでも斬り殺した人は戻ってこない。キミは奪うことしか出来ない」
私が下を向くと「そんなことはない」と自分の反対方向から声がした。
私が反対方向を見ると蒼い海の光の中、焦げ茶色の髪にウルフカットをした青年がいた。
「ラ……モン」
ラモンは優しい笑顔を浮かべていた。
私はラモンに近寄り、
「ラモン……ごめん。あの時……戦争の時……本来なら私が死んでいるはずだったのに……ラモンにはやりたいことがあったのに」
と謝った。
するとラモンは首を横に振り、
「オレはあの時どっちにしろ死んでいた。病気で余命いくばくもなかったんだ」
と言い、
「だから、ラファエル。お前に託したんだ」
とも言うとラモンの身体は重力に反し空へ上がり花弁となって消えた。
「ラモン! ラモーン!」
私は蒼海の中叫び続けた。
「痛っ!」
私は首筋に鋭い痛みが走り目を覚ました。
目を開けると心配そうなランディ元帥がいた。
「ランディ元帥……」
「おぉ、目を覚ましたか。ツボを押して正解じゃった」
「う……うん」とすぐ隣にいたマユも声を漏らして起き上がった。
「おっ! 嬢ちゃんも目を覚ましたか」
マユは周囲を見て目をぱちくりし「どうして私此処に?」と言い私を見ると「あっ! ラファエル様⁉」と声を上げた。
「ラファエル様決闘なんてやっぱり良くないですっ! 確かにラファエル様はライノス国の兵士だったかもしれませんっ! でもそれは昔。今は違う。私はラファエル様を見てライノス国の人間にもいい人がいることを知れました! ラファエル様を見てれば解ります」と言った。
「……決闘ならもう終わってるけど」
私の言葉にマユは「え?」と言葉を漏らした。
「わしが来たらラファエル君と嬢ちゃんが倒れてて……」
ラファエル元帥の言葉にマユはポカンとし周囲を見渡しやがて「あれ? あれれ? そういえばどうして私此処にいるの? 確かシスターに会ってお香のいいのが出来たから嗅いでみてって言われて……臭いを嗅いでそれから――う~ん、思い出せない」
そのことで私はカノンのことを思い出しランディ元帥に話した。
「う~ん、そのお香は痺れ薬の効果のあるハーブとシュラーフ草だろう……」
ランディ元帥の言葉にマユは、
「シスターは良く薬学の調合をしてるからそれくらいは簡単ですが……」
と答えた。
「でも、なんでカノンを……?」
私の質問と同時に空気中の風が変わった。
「⁉ 風が変わった」
ランディ元帥がそう言うと「まさか……」と言い「嬢ちゃん。この辺で神気が集まる神聖な場所はどこじゃ?」と血相を変えて聞いてきた。
「え? 神聖な場所と言ったら昔お祭りに使ってた元聖堂くらいしか……」
「そこじゃ! カノン君はそこに連れて行かれたんじゃっ!」
「どういうことです?」
私はランディ元帥の質問の意味が解らず私は困惑した。
「恐らく今回のこの試験の騒動はそのシスターが原因じゃろう」
「えっ⁉」
私は驚き声を上げた。
「そのシスターは違法召喚を使い何かしようとしている……それが何かは分からぬが。だがそれには贄が必要でカノン君を連れて行った、ということじゃろう」
すると黙って聞いていたマユは怒りだして、
「ちょっと待ってくださいっ! どうしてシスターを悪者扱いするんですか。あの人は村の皆の相談にのったり孤児の子を育てているんです。あんな素晴らしい人がどうしてっ!」
「なら、どうしてシスターはキミにハーブを嗅がせたんだ?」
「え? それは……」
「私が思うにそれは人の神経に作用する違法系のハーブのお香だ。そんなものを何故一般の村民に嗅がせるのかね?」
「それは……」
マユが言葉に詰まり下を俯く。
しかし今はそれどころじゃない。カノンを探さないと。
「とりあえずカノンを探しましょう。マユ案内頼む!」
「解りましたっ!」
「わしは村に結界を張っておく!」
「お願いしますっ! ランディ元帥」
そう言い私はマユと一緒に聖堂に向かう為ランディ元帥と別れた。
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