第3話 過去の束縛
「……ん」
宿屋の窓から朝日が差し込む。
私はゆっくりベッドから体を起こし床に足を着こうとした時足首に痛みが走った。
「痛っ!」
見ると足首に薬草を貼った包帯が丁寧に巻かれている。それで私は昨日の最終試験で足を捻挫していたことを思い出した。
(誰が包帯巻いてくれたんだろう?)
私はぼんやりそう思いながらゆっくり靴(ブーツ)を履いた。
食堂に行くとランディ元帥がコーヒーを啜っていた。
「おはようございます、ランディ元帥」
「ん? あぁ、おはよう。よく眠れたようじゃな」
「えぇ。おかげさまで……ところで私はどれくらい寝てました?」
実は昨日私は試験場から宿屋に着くなり気を失ってしまいその後の記憶がない。だから、どれくらい眠っていたのか分からない。
「ん? 昨日十七時ぐらいに宿について今九時じゃからざっと十六時間ぐらいじゃろうか?」
「十六っ……!」
私はランディ元帥の言葉に絶句した。
「そんなに寝てたのか……夜眠れなくなる……」
私が頬に軽く手を当て困った風に呟くと、
「他に言うことがあるだろ」
と後ろから声がし振り返ると腕組みをし呆れた顔をしたカノンが立っていた。
「カノン……起きてたの?」
私の言葉にカノンは、
「ボクを舐めるな」
と言った。
そして、
「ラファエルは緊張感というものが足りない。ボク達は退魔師になったとはいえまだ下っ端だ。更にボク達は退魔師の勲章をまだ授与されていないから正式には退魔師じゃない……第一ラファエルは――」
カノンは小言を言っている最中私はランディ元帥に「退魔師の勲章?」と聞いた。
「あぁ、村でラファエル君に見せたロザリオの事じゃ。最初は玻璃(クリスタル)で最高位が金剛石(ダイヤモンド)じゃよ。退魔師の試験が終わったら協団本部に戻り授与するんじゃが……今回に至ってはすぐに帰還できんのう……」
「え? 何故ですか?」
と私はランディ元帥に問いただすと、
「お前ぇぇぇぇ――――! ボクの話を聞いているのかぁぁぁぁ――――――っ!」
とカノンに胸倉を掴まれて大声で怒鳴られた。
(うん、カノンは元気のようだ……)
私はしみじみと思った。
「――で、話に戻りますけど何故です?」
すると、ランディ元帥は顎に手を当て険しい表情をした。そして、
「少し……調査をせねばなるまいと思って……」
と言った。
「調査……ですか?」
私の言葉にランディ元帥は深く頷いた。顔は真剣そのものだ。
「なら、ボク達にも調査を手伝わせて下さいっ! ボク達も一応退魔師なのですからっ!」
カノンの言葉にランディ元帥は首をゆっくりヨコに振り、
「残念じゃが調査権限があるのは正式な退魔師だけじゃ。さっき、カノン君が小言で言っておったろ……自分達はまだ勲章をもらっていないから正式な退魔師ではない、と……」
確かにカノンはさっきハッキリ言っていた。私達がまだ正式な退魔師ではないと。
カノンは黙り「……少し頭を冷やしてきます……」と言い食堂を出て行った。
「……カノン君は少し血の気が多いのう。まぁ、それがカノン君のいいところでもあるんじゃが……」
ランディ元帥はそう言うとコーヒを啜りやがて私を見て、
「そう言えば足はまだ痛むかね?」
と聞いてきた。
「え? あ……。足は……って、あれ? さっきまで痛かったのにもう痛まない」
ベッドから起き上がる時は確かに痛かったのに今は立っていても全然痛まない。私が不思議そうな顔をしているとランディ元帥は笑って言った。
「ほっほっほっ! じゃろ? サセモ草が効いてきたようじゃ」
「サセモ草?」
私はランディ元帥に聞き返した。
するとランディ元帥は、
「あぁ、ラファエル君の国ではあまり馴染みがない薬草じゃったな。サセモ草とはヨモギという薬草じゃ。ここファーレンではポピュラーな薬草で食用にもなる」
と言いコーヒを啜った。
「そうなんですか? でも、えらく丁寧に巻いてありますね。宿屋の人が巻いてくれたんですか?」
私の言葉に元帥は急に不敵な笑みを浮かべてハッキリ言った。
「それを巻いたのじゃカノン君じゃよ」
「え?」
私は自分でも驚くほど間抜けな声を出した。
「今何と?」
再度質問する。
「だからカノン君じゃよ。どうしたのじゃ? 呆けた顔をして」
ランディ元帥はニヤニヤした顔で言う。
私は我が耳を疑った。
あのカノンが人の……しかも嫌っていた私の手当てをするなんて想像が付かない。私が困惑しているとランディ元帥は、
「ラファエル君を相棒と認めた証拠じゃ。カノン君が自分以外の人の手当てをするなんて滅多にないことじゃよ。ちゃんとあとでお礼を言っておくんじゃよ」
ランディ元帥はそう言うとコーヒーをお代わりし私はというと朝食のトーストとベーコンエッグを頼んだ。
私は腹ごしらえが済んだ後すぐに宿屋を出てカノンにお礼を言うために周囲を見渡した。すると、カノンは宿屋のすぐ側の見晴らしがいい高台で景色を眺めていた。
「カノン……こんなとこにいたんだ」
カノンは私を一瞥し「ラファエル……か」と言い景色に目を戻した。
「……カノン。あのさ、あり――」
「ボクは焦っているのかな?」
私がお礼を言いかけるとカノンが呟いた。
「?」
「ボクは早く一人前になりたい……」
「カノン?」
「ボクは早く一人前になって自分の存在意義を周囲に認めさせたい。だからボクは焦っているのかな?」
カノンは景色を呆然と見ながら誰に問うわけでもなく淡々と呟いている。
「……」
私は黙った。
こんな時何といえばいいのか解らない。下手に慰めてもカノンのプライドを傷つけるだけだし、かと言って聞かなかったことにするのも……。
私は迷った。そんな時、
「ラファエル様―!」
と声と共に女性が私にくっついてきた。
マユだった。
「マ……マユ?」
「ラファエル様―、お会いしたかったですっ! ラファエル様のことを思う胸が苦しくって……」
マユは私に抱き着き一方的に話をした。その様子を見ていたカノンは、
「いきなり女連れか……いいご身分だな」
かなり怒気の入った声で言った。
「ちがうんだって、誤解だから。彼女はマユといって――」
「マユといいます! 昨日ラファエル様と運命的な出会いをしました!」
そう言ってマユはぴっとりと私にくっつく。
「そうか……末永く幸せにな」
カノンは遠くを見るような目で言い私は「ちがうって!」と全力で否定した。しかし、マユは私の話を全く聞いておらず、「ヤダ―! いきなり結婚なんてえーっと……そう言えばあなた誰?」
マユは怪訝な顔でカノンを指さしたがカノンは人に指をさされるのが嫌なのかひょいと避けた。
「あぁ、かの……彼はカノンといって私の相棒だ」
「そうですか。相棒……美男子……腐女子には萌えますっ!」
(ふじょし……?)
マユが一人ではしゃいでいるとカノンが、
「なんだ……この変な女は?」
と私に聞いてきた。
「マユといってこの村に住む娘なんだ。ちょっと変わってるけどいい子だよ……」
「もうラファエル様ったらいきなりプロポーズっ!」
「うん……かなり変な女だな」
カノンは納得したように頷きながらマユを見た。そして、
「とりあえずボクはお邪魔虫のようだな。移動させてもらうよ」
と言いこの場を離れようとするとマユが、
「今日も教会に行くんですがカノンさんもどうですか?」
と聞いてきた。
「……いや、ボクは――」
「カノン行ってみないかい? あの時狼に襲われていたマリーさんという人がシスターをやってて、悩み事とか相談にのってくれるんだ。よかったらカノンも相談してみないかい?」
と私はカノンの言葉を遮りマユに付いて教会に向かった。
教会に着くとマリーさんは驚きながらもハーブティーを出しもてなしてくれた。
「驚きました。まさか、二日連続で来てくれるとは……で、こちらの白髪の方が例のカノンさんですね?」
マリーさんはカノンを見て言った。
「おい例ってなんだ?」
「あ、あはは……」
カノンの問いに私は苦笑いで答えた。
「でも、もう解決しました……ありがとうございます」
私の言葉にマリーさんは笑顔を浮かべ「それはよかったです」と言った。
私達のやり取りにカノンはちんぷんかんぷんで困惑している。
その時、小さな男の子が「ねー、おにいちゃんあそぼうよー!」と言いカノンの服の袖を引っ張っている。
カノンは面食らった様子で「ぼ……ボクと⁉」と聞き返し、
「カノン、子供に好かれてるねー」と私の言葉にた氏が笑顔で言うとこの間約束した男の子が、「にいちゃんもあそぶぞー!」と言い私の腕を引っ張った。
「――と、いうわけで英雄によりこの国は救われました……と。おや……?」
私は子供達に絵本の読み聞かせをしていたが子供達はすやすやと眠り夢の中に入ってしまっており熟睡していた。
私はクスリと笑い「みんな寝ちゃったか……」と呟くと側で子供の相手に疲れへばり机に突っ伏していたカノンが「お前……疲れないの……?」と私に聞いてきた。
私は「何が?」と聞いた。
「子供達の世話だ。こっちはもうマユ同様へとへとだ」
見るとマユも机に突っ伏し疲れたのか居眠りしている。
「こういうの慣れてるから。懐かしさを感じてるんだ……」
私の言葉にカノンが、
「お前大家族の長男かなんかか?」
と聞いてきた。
私は少し迷い、
「少し違うかな……。私は孤児院育ちで自分の本当の両親の顔を知らないんだ。その、孤児院で自分達よりも年下の子供達の面倒をよく見ていたから慣れてるんだ……」
と正直に答えた。
私は孤児院時代を懐かしんだ。
貧しかったが優しい先生にシスター。優しかった自分より年上のお兄さんやお姉さん。自分を慕ってくれている年下の子。勉強したり遊んだり本を読んだりして割と自由気ままだった。しかし、私達と同年代の子は戦争に徴兵され大半が戦死した。そして、戦争中に仲良くなったラモンも……。
私は唇を噛んだ。
私が黙っていると重苦しい雰囲気が流れた為カノンが、
「なんか聞いてはまずいことだったようだな。失礼した」
とカノンの口から非礼を詫びる言葉が出た。
「……珍しいね……カノンが謝るなんて……」
「失礼だな。ボクだって失礼なことをしたら謝るよ」
とカノンが私の言葉に対して軽く怒った。そして少し間を置き「……お前親のこと憎いか?」と聞いてきた。
「え?」
「お前のことを孤児院に預けた親が憎いか?」
私は少し黙り「憎かった……かな……」と答えた。だが、私は少し黙ったあと「……小さい頃は……」と続けた。
「最初はなんで自分を孤児院に預けたんだろうって疑問に思っていた。そう考えるうちに自分はいらない子で生きていちゃいけない人間なんじゃないかって思ってきて心を閉ざしていたんだ。だけど、シスターがどんなものにも理由がある。貴方はいらない子なんかじゃない。生きていてはいけない命なんて一つもない……って」
カノンは黙って聞いていた。
「だか今は全然ってわけでもないけど殆ど憎んでいないんだ」
私は笑顔で言った。
するとカノンが「いいな……」と呟いた。
「?」
私はカノンの言葉の意味が解らず聞き返そうとした時後ろに香炉を持っていたマリーさんが立っており、
「ラファエルさんも苦労していたのですね……」
とハーブティーを持って来ながら言った。
「昔の話です。それに孤児院の皆いい人ばかりでしたから寂しくはありませんでしたよ……。それより、机に置いてあるその香炉……いい香りがするんですけど……」
私が机の上に置いてある香炉を指さすとマリーさんは香炉に目を落とし「これはリト草と言いリラックス効果があるハーブの煙を出しています」と言った。
「リト草……」
私の言葉にマリーさんは微笑み、
「これも安眠効果があってぐっすり眠れるんですよ」
と言った。
「だから子供達が気持ちよさそうに寝ているのか……」
私はそう思いマリーさんから出されたハーブティーを菜見ながら思った。
すると、カノンが口元を押さえており、
「ボクはこの匂いが苦手だ。眠くなる……そろそろお暇(いと)させてもらう」と言い外に出ようとした時マリーさんの方を向き、
「お前……どこかでボクと会ったことないか?」
と聞いてきた。
しかし対するマリーさんは、
「さぁ、存じませんが……」
と答えた。
そして、私はマユを起こしカノンと一緒に教会を後にした。
村に着きマユと別れた私達は宿に向かい私は部屋に戻ろうとする時カノンに首根っこ捕まれ「ちょっと昼ご飯に付き合え」と言われた。
私とカノンは食堂のテーブルの相席に着き料理を注文した。私はリンゴのレアチーズケーキとコーヒー。カノンはカツサンドと紅茶をウェイトレスに頼んだが注文を受けたウェイトレスと料理を運んできたウェイトレスが違った為私の方にカツサンド。カノンの方にリンゴのレアチーズケーキがやって来て私達が料理を交換するとウェイトレスが一瞬驚いた表情をした。
リンゴのレアチーズケーキにはリンゴがふんだんに使われているのでリンゴ本来のほんのりした甘さにレアチーズのコクのあるしっかりした甘さ。そして添えられていたホイップクリームの相性が抜群だった。
「うん、このしっとり触感にふんわりした柔らかさ。そしてしつこ過ぎない甘さ。美味しいい!」
私が料理の批評をしているとカツサンドを食べていたカノンは、
「お前料理のコメンテーターとかに向いてるんじゃないのか? 批評とかして……ってか、よくそんな甘いもの食べれるな? ボクだったら無理だ」
とリンゴのレアチーズケーキを見ながら忌々しそうに言った。
「私のコメンテーターとか無理だよ。戦い以外不器用だから。というよりカノンは甘いもの嫌いなの?」
私の問いにカノンは顔を赤らめ「……ボクにだって苦手なものはある……」と言いカツサンドの最後の一口を口に入れた。
食後に私の頼んだコーヒーとカノンの頼んだ紅茶がやって来て私はブラック。カノンは紅茶に角砂糖を一つ入れた。
「――で、今回私を食事に連れ出した理由は?」
私は頬杖を付きながらカノンに聞いた。それに対しカノンは「理由がなければ誘っちゃダメなのか?」と聞いてきた。
「え……いや……その……」
私はどもりカノンがそんな私を見て、
「キミ、人からよく遊ばれてたろ……?」
と聞いてきた。
村でのエリス嬢との事を思い出し今度は私が顔を真っ赤にして黙った。
「……図星か……」
カノンはくっくっくっと笑い出した。
私は恥ずかしくなり話題を変えようと頭の知恵を振り絞り色々あって忘れていたが今更気になったことを聞いた。
「そういえば、カノンはなんで男装しているんだい?」
それを聞いた瞬間カノンはピタッと笑いを止めた。そして、無言になる。
(あれ、黙っちゃった……もしかして地雷? というより、聞いちゃいけないこと……みたいな雰囲気だよね)
私はそう思い「話したくなかったら――」
「そうだな。自分を殺したいから……」
カノンは私の言葉を遮って言った。
「え?」
私はカノンの言葉の意味が解らず聞き返す。するとカノンは、
「ボクはボクを殺したいんだ。女であるボクを……」と忌々しそうに言った。
「家族は実の家族と暮らすのが幸せとは誰が言ったことやら。実の家族と暮らすことで中には不幸になることもある。裕福とか貧しいとかじゃなくて……ボクはこのファーレンのの名のある家に生まれた。当然親は男の子を希望していたけど生まれたのは女のボクだった……」
カノンは吐き捨てるように淡々と言った。
「よく親に言われたよ。どうしてお前なんかいらないとか産むんじゃなかったとか、母親には肩を強く掴まれて揺さぶられどうしてここに産まれてきたの? ってよく聞かれたよ……だから、肩を触られるには未だに抵抗がある」
カノンはそう言うと右手で左肩を押さえた。
(じゃあ、試験の時……)
私は最終試験の朝のことを思い出した。
私がカノンと口論しカノンの肩を掴んだ時カノンは「触るなっ!」と言い私の手を払いのけた。その時の瞳には確かにはっきりとした怯えが入り混じっていた。
「両親の精神的虐待は続いた。顔を合わせれば嫌味を言うしいつも罵倒する。それでも、後継ぎが生まれなかったらの保険の為ボクを生かしておいた。だけど――ボクが七歳の頃待望の男の子……弟が生まれたんだ。家族は総出で喜んだ。そして、ボクは用済みとなり祖父と面識のあるランディ元帥の元に預けられることになった。正確には押し付けた……だけどね」
(育ての親代わりってこういうことだったのか……)
私はそう思いながら静かにコーヒーに口をつけた。
「だから生まれ故国なのにボクはこの国に愛着がないし、いい思い出もこれぽっちもない」
カノンは話の途中ですでに紅茶の中で溶けているであろう角砂糖を混ぜる為かき混ぜた。
「ランディ元帥の元に預けられてからも両親のトラウマに悩まれ続けた。それで、思ったんだ。もし、ボクが本当に男だったら……そしたら両親もボクを愛してくれたのかなって……。それで退魔師になれば自分を見直してくれるのかなって。それがボクが男装してる理由だ。だけどそのうち戦争が起こって家族は敵に殺され家は没落した、と」
カノンは話し終えると喉が渇いたのか紅茶を飲もうとティーカップを待った。
「どうしてその話を私に……?」
私がカノンに聞くと「フェアじゃないからだ」と答えた。
「フェア?」
「ボクはラファエルの子供時代を聞いたがボクは何も話してないからな……これでフェアだ。
そういうとカノンは紅茶を飲んだ。
「――だがぶっちゃけ聞いて欲しいだけだ……ラファエルはこの話を聞いてどう思う? ボクが惨めか?」
その時私は少し黙り「……認めてほしかったんだね……」と言った。
私の言葉にカノンのティーカップを持った手が止まる。そして、
「珍しいな。そんなこと言うの……」
と驚いた表情をした。
「多くの人間はこんな話を聞けば惨めと思い同情する。そしていつかいいことが起こるよとか適当なことを言う。だけど認めてほしいか……」
カノンはククッと笑いティーカップをカップ皿に静かに置き、
「――かもね。ボクは認めてほしかったのかもしれない。だから、早く一人前になってお前らが否定したボクは生きているって言いたいのかもね。その点ラファエルはいいな。自分を認めてくれてる人間がいるし……」
私はシスターの教えを思い出しながら残りのコーヒーに口をつけた。コーヒーは少し冷めており苦くてすっぱかった。
(少しばかり薬味の味がする……)
その時私は薬味で思い出した。
「……あ、あのさ……カノンなんだよね? 朝包帯巻いてくれたの?」
私の問いにカノンは「そうだが」と答えた。
「ありがとう。おかげですっかり良くなったよ! カノンって意外と優しいんだね」
私の満面の笑みで言った。
すると、カノンは顔を赤くし、
「勘違いするなっ! 怪我した人間をほっとくと寝覚めが悪いからだっ!」
と早口で言った。
(カノンはもしかして照れ屋なのかな……)
私はそう思いながらコーヒーを飲んだ。コーヒーはちょうど人が飲める程度の温度になり味もほんのり苦かった。
私は食堂でカノンと別れた後宿屋に備え付けられている図書室へ行った。田舎とはいえそこそこの本が蔵書されてあった。物語の本にこの国の歴史。中には遠い異国の偉人伝まで。
図書室には私一人しかしいない為とても静かだった。
私は一冊の本を手に取り本棚の間に立った。
教会で子供達に読みきかせた絵本風にしたファーレンの歴史の本だ。私は、絵本の内容を思い出して読んだ。
悪い王様が悪意を堕天死に付け込まれて国中を破壊と混沌の渦に巻き込み遂には国を滅ぼそうとした時一人の退魔師が現れ自分の命と引き換えに堕天死に憑りつかれた王様を倒し国を救うという話だ
私も小さい頃この話を読んだことがある。その頃の私は無知な子供だった。正義の味方は生まれてからずっと正義なのだと思っていた。
しかし私はどうだ?
戦争中の沢山の人を殺して今は正義の味方のフリ。
そして、私は自分こそがファーレンの国を亡ばした元凶の一つの元敵兵だということをカノンに黙っている。
私がカノンの故郷を奪い生きていたらカノンを認めていてくれたかもしれない家族を奪ってしまった可能性がある。
「はぁ……」
私は溜め息をついた。その時横から「どうしたのじゃ? ため息なんかついて……」と声がした。
私が横を向くと本を両手にどっさり持っていたランディ元帥がいた。
「ランディ元帥……ってどうしたんですか⁉ その本の山はっ⁉」
私の質問にランディ元帥は調べものに必要な本を借りに来たんじゃよ。まさか私がここでたこ焼きでも買うと……」
「図書室でたこ焼きを買うなんて微塵も思ってないですし売っていません。そうではなく調べもの?」
「あぁ……まだ調査中じゃがな……と、ラファエル君半分持ってくれ」
ランディ元帥はそう言い半分以上私に強引に持たせ部屋まで付き添わされた。
「いや~、ラファエル君のおかげで助かったよ。おかげで、わしは楽できたからな……あ、ラファエル君その本はベッドに置いといて。その方が分かりやすいから」
ランディ元帥の部屋はみるみる散らかっていくが私も片づけが得意ではないからスルーした。
「よし、全部部屋に収納できた! ラファエル君すまんのう。手伝わせてもらって……」
(強制的に手伝わされたんですけどね……)
私が弱弱しい笑みを浮かべ本を置いているとランディ元帥が、
「そうじゃ、ちょっとばかし面白い物を見せよう!」
そう言うとランディ元帥は身に着けていたロケットペンダントを外し中身を私に見せた。そこには拗ねた表情をした女の子と今より若干若いランディ元帥が写っていた。
「これはカノン君が私のうちに来たばっかりの頃であの頃はかわいかったのう……」
「えっ⁉ この女の子カノンっ! 確かに面影はあるけど」
腰まで伸ばした白髪にルビー色の赤い瞳。
間違えようもないはずもない
ランディ元帥は昔を懐かしむ様に言った。
「そうじゃよ。あぁ、ラファエル君は知らんか。カノン君は――」
「ランディ元帥はカノンにとっては親であり師なんですね……聞きましたよ。カノンから……」
「なんじゃ……本人から聞いたのかい」
ランディ元帥は拍子抜けするような顔をした。
しかし、次の瞬間ランディ元帥が驚くことを口走った。
「じゃあ。カノン君がファーレン国の元皇女ってことも知っておるな?」
「はぁ、皇女……って、えっ⁉ 皇女っ⁉」
私は驚いた。
カノンが皇女?
どういうことだ?
パニックを起こしている私にランディ元帥は何か言っているが私の耳には何も入ってこない。ただ、頭の中で皇女という単語が響いていた。
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