第2話 退魔師の試練

ガタゴトガタゴト。

 馬車が山道で激しく揺れる。

 私とカノンは荷台に座り、ランディ元帥は御者の隣に座っている。

「ゆ……揺れますね。かなり……」

 私の言葉にランディ元帥は、

「景色を見てればそんなこと気にせんもんじゃよ……見てみなさい、この雄大な景色を……」

 と、言い子供っぽく景色に見入っている。

 青々とした山脈が連なっており確かに雄大な景色だが……、

「うぅ……気持ち悪い」

 カノンは座り込みぐったりし口元を押さえている。

「カノン、外の景色見れば気分も優れるかもよ」

 私の言葉にカノンは私を睨み付けて、

「この状況でそれを言うか?」

 と言い私は「……ごめん……」と言った。

「とりあえず今はボクに話しかけるな。イライラするから……うぅ」

 カノンはそう言い私に背を向けた。

 その様子をランディ元帥は見て「全く最近の若い者は……」ため息交じりに呟いた。

 そう話している間にも馬車は六時間揺れに揺れ村に着くころには陽はすっかり落ち私とランディ元帥は平気だったがカノンはすっかりダウンしていた。


「うぅ……まだ気持ち悪い……」

 カノンはふらつきながらも馬車から降りてぼやいた。

「平気? 肩を貸そうか?」

 私の提案にカノンは半分睨みながら「イイ……」と答えた。

「宿に着いたら少し休もう。試験内容はそれからじゃな……」

ランディ元帥の言葉にカノンは無言だった。

宿に着くと部屋割りが決められた。

私とカノンは右側の五部屋ある真ん中の二人部屋。ランディ元帥は三つある左の真ん中の一人部屋。カノンはふらつきながらも部屋に行こうとしているがしんどそうだ。

 私は見ていられずカノンを横に抱きかかえて部屋まで送ろうとするがカノンは顔を真っ赤して「降ろせー」と暴れるが私は無視して部屋まで抱きかかえ部屋に着くとベッドに降ろした。

「……余計な事をするな」

「でも、あの様子じゃ部屋まで行く前に倒れると思うよ……。人に頼るときは頼らなきゃ……」

 私が苦笑いで答えるとカノンは黙り下を向いた。

「じゃあ、とりあえず私はフロントに行って酔い止めの薬あるかどうか聞いてくるよ!」

 カノンはまだ気持ち悪いのかベッドにヨコになったまま頷いた。

 私は部屋を出てカノンを抱きかかえた時を思い出した。

(体軽かったし柔らかかったな……)

そう呑気に思い出しながらフロントに向かった


「酔い止めの薬切れてたけど……水でも平気かな?」

 先程私はフロントに行くと酔い止めの薬は切れてると言われ水だけどもと思い水を持って私の部屋でもあるカノンの部屋へ水を持って行き部屋のドアを勝手に開けた。

 するとカノンは体調が少し良くなったのか着替え中だった。

 しかし、問題はそこじゃない。

 胸に膨らみがあった。

しかも左右に。ケガとかではない膨らみで。

明らかに女性のそれである。

 私は固まった。

 カノンも固まりやがてカノンは見る見るうちに顔を真っ赤にし、

「なにみているんだ―――――――――――――――――――――――――っっっ!」

と大声で叫び上げられ私はカノンが投げた枕を顔面に受け止め追い出された。


「あっはっはっはっはっ! それでさっきカノン君の叫び声が聞こえたのか!」

 ランディ元帥が食堂の椅子に腰かけながら愉快そうに大笑いし私はテーブルにつっぷしている。

「笑ってないでなんで教えてくれなかったんですか?」

 私の不満げの言葉に、

「え? でも私カノン君が男だなんて一言も言ってないよ」

 あっけらかんとして答えた。

 確かに思い返せばランディ元帥はカノンを一言も男だなんて言っていない。つまり、私が勝手に勘違いしただけだ。

「まぁ、男装もしてたから気付か無いのは分かるが……まさか、どっきりドキドキハプニングになるとは思わなんだ」

「どっきりドキドキハプニングって……」

 私はランディ元帥の言葉に怒りたくなった。

「しかし不味いことしてしまったかのう? 明日から試験なのに……」

 ランディ元帥の言葉で私はすっかり忘れていた。ここには試験で来ていることを。

(色々あって忘れていた……)

 私は恥ずかしさで顔を赤くした。

「ん! ラファエル君。もしかして忘れてた?」

 ランディ元帥が黒い笑顔をして覗き込んできたので私は慌てて「そ、そんなことはありましぇんっ!」と盛大に噛んで受け答えしてしまい更に私は顔を赤くした。

「全くおめでたい奴だ……」

 見るとカノンが食堂の入り口の柱にもたれ腕組みをして立っていた。

「おや、カノン君。調子はもういいのかね?」

「えぇ。先程の衝撃で乗り物酔いが吹き飛びました」

 私はカノンの顔を直視出来ず下を向き「……さっきはごめん……」と謝った。

すると、カノンは「次はないからな……」と怒気を孕んだ声で言った。

「じゃあ揃ったところで試験内容を話すが……ラファエル君平気?」

「はい……平気です」

 私の力の無いに返答にカノンが、

「人の話は聞く時は前を向けっ!」

と怒った。

 

試験内容はこうだ。

この地には魔力を安定させる為に三つの魔鉱石といわれる魔力をコントロールする特別の魔力を帯びた石が祀られている。しかし、どういうわけか最近力が不安定で村民や冒険者達に被害を出している。それも三つともすべて。

私達の試験はその三つの力を安定させ元に戻すことだ。

「退魔師は過酷だ。場合によっては最終試験で命を落とすものもいる。だが、これで命を落とせばそこまでの人間だったということじゃ……ラファエル君。カノン君。それでも受けるか? もし受けたくなければ魔力を封印し即刻この場を立ち去ってもらう」

 今までのランディ元帥と打って変わって真剣で冷たい口調に私は気を引き締め「はいっ!」と言いカノンの「了解しました」と私達の意志が固いことを悟るとランディ元帥は途端表情を崩し始めた。

「いやぁ、安心した。これで断られたらどうしようかと思ったよ……」

 ランディ元帥はため息をついて腰かけていた椅子にずり落ちた。

「拒否するわけがありません。私はその為に来たんですから!」

「ボクもこれには同意見だ。ボクもその為にここに来た!」

 私の言葉にカノンが賛同し、

「第一、こんな山奥の山村に来たら断ることもできないじゃないですか」

 とカノンが言葉を続けた。

 確かに今私達がいる村はかなりの山奥だ。徒歩だと回り道をしなければいけないしどういう道順で帰ればいいか解らない。挙句に魔獣も熊も出る。ここで魔力を封印し帰るというにのは死刑確定だ。

 つまり私達は絶対逃げられない状況に追い込まれたというわけだ。

「ここが墓場になるかならいかはボク達の実力次第ということか……」

 カノンは両手を組み私を睨み付けた。

「お前、ボクの足を引っ張るなよ。足手まといと解ったらほっとくからな……」

 私は小さく頷いた。

 そんなやり取りを見ていた元帥は口を静かに開いた。

「カノン君。ラファエル君。今のままではキミ達は退魔師になれない。この試練は人にとって一番大切なものを問われる試験でもあるのだから。それに気付けなければ仮に任務に成功しても退魔師にさせるわけにはいかない……」

「……⁉」

 カノンは黙り私はランディ元帥に聞いた。

「その大切なものとは……」

「それを教えるわけにはいかない。言って覚えるものではあるまいし。それは、自分達で見つけるんじゃ……。その為の試験なのだから……」

 ランディ元帥は真剣な面持ちで言うと部屋に戻り私達は無言でそれを見送ると自分達も部屋に戻った。


私は部屋に戻ると備え付けてあった椅子に腰かけ刀の手入れをすると刀は手入れが行き届き新品同様の冷たい輝きを放つ。

「人間にとって一番大切のもの……か」

 私は茫然と呟いた。

「今のままではダメだ? 一体ボクになにが足りないというんだ? 全く解らない……」

 カノンはベッドに腰掛けイライラしながら自問自答している。 

「カノン、イラついてたら出る答えも出ないよ。今日はもう寝よう?」

「全くお前は……とはいえ確かにイライラしながらでは出る答えも出ないか。それは正論だ。ボクは乗り物で疲れた。もう、寝よう……」

 そう言い床に就いた。

 寝る直前カノンが、

「何か変な事しようとしたら殺すからな」

と言い眠りに入った。

(やっぱり根に持ってる……)

 私は苦い顔をしベッドにヨコになった。


 私は暗い闇の中にいた。

「ここは……?」

辺りを見回す。

すると助けて! という声が聞こえた。

私は声のする方へ体を向けると一人の青年が女性に刀を振り下ろそうとしている。

「やめろっ! やめてくれぇーっ!」

それでも青年は無慈悲に持っていた刀を振り降ろし女性を惨殺した。

私が呆然と立ち尽くしていると青年が私の方へ顔を向けた。その青年は軍人時代の過去の私だった。顔は返り血を浴びている。

 過去のラファエル(私)は退魔師見習いの今の私に問う。

「キミはどうしたいの?」

 過去の私は真っ直ぐに今の私を見た。

 私は答える。

「退魔師になって人を助けたい。それが今の私の願いだ」

 私の問いに過去の私は冷静に言った。

「キミは退魔師になって人を助けると言っている。でも実際はただの逃げだ……。何もやることも目標もないから最もらしい理由をつけて自分の罪から逃げているだけだ……」

「……そんなことは」

「逃げられないんだよ、キミは。キミは人から奪うことしか出来ない。与えることなんて出来ない」

「……」

 私は言葉に詰まり黙る。

 私の様子を見ていた過去の私は「結果が楽しみだよ」とほくそ笑みながら言い暗闇へと消えていった。


「いつまで寝てるんだーっ! 起きろーっ!」

「⁉」

 私が目を開けるとカノンがイライラMAX状態で仁王立ちしていた。

「いつまで寝てるんだ? さっさと起きろっ!」

(あ……これなんか凄い既視感(デジャビュ)……)

「全く今日から試験だっていうのになんなんだお前は? もう少し緊張感というものを……って何してる?」

 カノンが小言を言っている最中私は寝間着を脱ぎ始めた。

「……何って着替えてるんだけど……」

 私の言葉にカノンは怒り「なんでボクが説教してる最中着替え始めるんだ?」と私に聞いた。

「だってカノンが早くしろっていうから……というよりカノンがここにいると私着替えづらいんだけど……もしかして私の裸見るつもり? 」

 私の言葉にカノンは顔を真っ赤にして、

「着替えたら食堂に集合だからなっ! なるべく早く支度しろっ!」

 そういうとドアを勢いよくバタンッ! と閉めた。

「なんで怒ってるんだろう?」

 私は疑問に思いながらも着替え始めた。


 私が着替え終わり食堂に着くとランディ元帥は座ってコーヒーを啜っており相席には不機嫌全開の表情のカノンがテーブルに頬杖を付きながらハムサラダを口に運んでいた。

「カノン……すごい顔だけどそのハムサラダそんなに不味いの?」

 私の問いにカノンが椅子からガタッ! と立ち上がり私の胸倉を掴み幕してるように言った。

「お前ぇぇぇぇぇぇぇぇ―っ! ふざけるのも大概にしろーっ! お前の支度が遅いからこっちは待ってやったんだっ! それを開口一番がハムサラダ不味いの? の一言だとっ! 少しは遅くなって済まないとか言えないのかあああああああああああああああっ⁉」

 カノンは私の胸倉を掴んだまま勢いよくグラグラ揺らしてきた。

(あぁ、カノンの声が耳にすごくつんざく……)

 私は揺らされながらぼんやりとそう思った。

 と、それを見ていたランディ元帥は、

「でもカノン君。集合時間まで三十分もあるよ……」

と落ち着いた声でコーヒーを啜りながら言うとカノンは反論した。

「何事も最初が肝心なんですっ! ましてや三十分。これだけあれば十分な作戦を立てたり地形を調べたり色々なことに準備が割けるますっ! 第一――」

 カノンは私を指さし「お前のその髪は何だっ!」と大声で怒鳴った。

 私は理由(わけ)が分からず頭に疑問符を浮かべた。

 私の態度に業を煮やしカノンは私を洗面台に引っ張って行き私は鏡を見ると髪は寝ぐせ全開の頭になっていた。

「わー、すごい寝ぐせだねー」

「お前は朝髪を梳(と)かさないのか?」

 とカノンが聞いてきたので、

「えっ⁉ カノンが急(せ)かすから」

私の言葉にカノンは頭を押さえハァァと溜め息をした後櫛(くし)を差し出しながら「身支度はしろ……とりあえず梳かせ」と言って来たので梳かそうとしたが上手くいかない。

「んー、やっぱりハリネズミのままだ。よし、諦め――」

 私がさじを投げて諦めた時カノンが「貸せっ!」と言い私から櫛を取り上げた。

そして、「屈め……」と言って来たので私は素直に少し屈んだ。

するとカノンが私の頭を梳かし始めた。

「えっ⁉ カノンこれって……」

 私が驚いて動揺しているとカノンは呆れ声で、

「じっとしていろ。あと目を瞑れ。癖直しスプレー掛けるから」

 と言い私は、

「あ、うん……」

 と素直に頷いた。

 カノンは手際が良く私の腰までの髪をものの五分できれいに整えてしまった。

「わー、サラッサラッ! カノン手際良いね」

 私は自分の髪をいじりながら言うと、

「それぐらいできて当然だ」

 と言った。

 私はカノンが面倒見がいいという意外な一面を知り少し驚いた。


 食堂に戻るとランディ元帥は私を見て、

「おー、ラファエル君。キレイになったのー!」

 と感心したように言った。

「カノンがやってくれました」

 と言うとランディ元帥は納得したように「あぁ」と頷いた。

「じゃ、一通り身支度も済んだので本題に入らせてもらおうかの……」

 ランディ元帥は張り詰めた顔でそう言うと地図を広げた。

「今わしらがいるのはリストン村。つまり、この赤丸で囲まれたここじゃ」

 と言いランディ元帥はリットン村と書かれ赤丸で囲まれた部分を指さした。

「そして、この青丸で囲った三つの場所が魔鉱石が祀られている場所じゃ」

 ランディ元帥は青丸で囲った部分を順に指さした。

「ティス神殿。アイトン山。そして、モーゼス渓谷……ですか」

 私の問いにランディ元帥は頷いた。

「道中魔物も出るが魔物自体は大したことはない。とは、いえ舐めていると痛い目を見るから慎重にな」

 私とカノンは「はいっ!」と勢い良く返事しランディ元帥は私達の返事に満足したのか御満悦な顔になった。

「じゃあ、まずティス神殿じゃ……そこに行こう。二人共準備を怠るでないぞ」

 ランディ元帥はそう言い自分も準備をする為なのか部屋に戻り私達も部屋に戻り準備しているとカノンが「ボクの足を引っ張るなよ」と言ってきたので私は苦笑いで相槌を打った。

 険しい山道の中私達は魔獣に出くわして交戦し最後はカノンの一撃で魔獣が倒れた。

「これで十体目……か」

 カノンは魔獣を冷たい目で見下ろして言った。

「カノン……強いですね……」

 私はカノンのあまりの強さに誰に尋ねるわけでもなく呟いた。

 実質カノンは強い。

 自分の足を引っ張るなという言動は満更自信過剰というわけではないことが分かった。

 私が感心しそう思っているカノンが私を睨みつけて言った。

「お前、余計なことをするな」

 私は苦笑いを浮かべた。

 私は先程度カノンの後ろにいる魔獣を倒した。それが、カノンの怒りに触れたらしい。

(扱いが難しい……)

 私が苦笑いを浮かべているとランディ元帥がブツブツなにか言いながら紙に記入している。

恐らく退魔師の適性のチェックシートだろう。 

 カノンがそれを見てピリピリしているのは見てわかる。

(空気がピリピリしている……) 

 私はそう思いながらも試験ということを念頭に置き気が張るのも当然かと思った。

 ランディ元帥がチェックシートらしき紙を懐にしまい次に進もうとした時、若い女性の悲鳴が聞こえた。

「⁉」

 私達三人は一斉に顔を見合わせ声の方へ走った。すると、そこには女性が一体の狼に襲われていた。

 私はコートを脱ぎ利き腕と反対の左腕にかけ口笛を吹き狼の注意を私に向けた。

 狼は狙い通り私に注意を引き付けられ私目掛けて突進してきた。その時、私は小さい頃教わった狼の撃退方法を試し腕にかけてたコートを被せた。そして、狼が腕に食らいつくと同時に腕を引き狼がコートだけを食らい一瞬困惑してるうちにその一瞬の隙を突き口を手で押さえ地面に力いっぱい押し付けた。

 程無く狼は戦意喪失したのか情けない鳴き声を出したので私は狼を開放し野に放すと狼は一目散に逃げて行った。

 私が狼が完全に逃げて行ったのを確認していると女性が「ありがとうございました!」と言った。

「お前さんこんなところで何をしておるのかね?」

 ランディ元帥の問いに女性は、

「ハーブを摘みに来ていたのです。香炉に使う」

 と答えた。

「香炉?」

 カノンの問いに女性は「はい、ここのハーブはいい香りがするんで子供達もリラックス出来るんです」と答えた後「あぁ、自己紹介がまだでしたね」と言い、

「私(わたくし)の名はマリー。マリー・マリアンヌと言い近くの教会でシスターをしています」

 マリーさんが自己紹介をしたので私達も釣られて自己紹介をした。

「私の名はラファエル。ラファエル・クロウリーです」

「カノン。カノン・アーデルハイトだ」

「わしの名はランディ。ランディ・バースじゃ」

「ラファエルさんにカノンさんにランディさんですか。皆さん素敵な名前ですね。特にラファエルさんなんて天使の名前で縁起がいいですね」とマリーさんはうっとりするように言った。

 しかし、私はこの名前が嫌いだった。

 理由は天使の名前で小さい頃バカにされそれがコンプレックスだった。

 私が嫌なことを思い出して黙っているとマリーさんが私の顔を不審そうに覗き込んだ。

「ラファエルさん……どうかしました?」

 私は慌てて我に返り「リラックス効果ですか。私も嗅いでみたいですね」と取り繕った。その時、カノンが私の言葉でギンッ! と鋭い眼光で睨んだので私は冷や汗を流し「機会があったらまた今度……」と言った。

 すると、マリーさんは微笑み「いつでもどうぞ」と言い私達は行く方向とは反対の道を歩いて行った。


「全くハーブを摘みに来て狼に襲われるとは……」

 カノンは不機嫌全開の声で言った。

「しかし、ここは確かに他では咲かない希少なハーブが咲くぞい。例えば、シュラーフ草(そう)といいどんな巨大の動物も少し香りをかいいだだけで眠りに入るハーブ等――」

「そんなに強力なんですか?」

 私の問いにランディ元帥は笑って言った。

「睡眠導入剤につかわれるもんじゃよ。本当にいい香りがするぞい!」

 私達はそう言いながら山道を登り神殿に辿り着いた。


「随分立派な神殿ですね……」

 私達は神殿を見ながら奥の方へ進んだ。途中ランディ元帥が足を止め言った。

「私は補佐しかしない」と。

そして、更に奥に進むと最奥部から異様な魔力を感知した。

 すると、禍々しい魔力を放った石が台座の上で白く鋭い光り放ち周囲を真っ白にした。

私達は目を閉じた。

そして光が収まったのを感じ目を開けると魔鉱石は頭に大きな角に巨大な一つ目を持ちその一つ目を触手なような草花の蔓で支えている悍ましき魔獣へと変貌した。

 私達は緊迫した。

(敵はどのような攻撃を仕掛けてくるのか? また、どんな攻撃が効くのか?)

私が思案しているとカノンが敵へと突っ込んで行った。

「カノンッ⁉」

「考えている暇があったら攻撃しろっ!」

そう言うと触手の攻撃を難なくかわし大きな一つ目に斧槍(ハルバード)を突き立てた。魔獣は大きな音を立て倒れた。

「大したことがないな」

 カノンが余裕気に言いこれで終わりかと思ったカノンが一瞬油断し後ろを向いた時魔獣は起き上がり触手でカノンの首を締め上げた。

「ぐぁっ!」

 カノンの顔が苦しみに満ち溢れ私は急いで触手を斬ろうとした。しかし触手は固くすぐには斬れなかった。魔獣は怒り狂ったように暴れ私達に襲い掛かった。

 触手が私達に伸びる寸前ランディ元帥が私達にバリアを張り触手を粉砕させたが触手は砕れた部分がすぐに再生してしまう。

 カノンの顔はますます苦痛に満ちていく。

 その時魔獣が触手の一本をカノンの首筋に刺した。すると、カノン顔が気を失ったのかぐったりとしするすると降ろされた。

「カノンッ!」

 私は魔獣の隙をついてカノンに駆け寄った。その時、斧槍(ハルバード)の穂先が頬をかすめた。

「えっ⁉」

 カノンからは表情がない。むしろ虚ろな目で私に攻撃を繰り出していく。

「カノンッ! どうしたんだっ! 私だ! ラファエルだっ!」

 それでもカノンは虚ろの目で攻撃を止めない。

 その間も魔獣の攻撃は迫ってくる。

 私は悟った。

 あの時魔獣が挿した触手には精神系の毒の効果があって刺した相手を操る効果があることを。つまり今のカノンには私を敵と認識している。そして、このままカノンが攻撃を繰り出せば私は防御に徹するだけで攻撃が手薄になり敵の攻撃で死ぬかカノンの攻撃で死ぬかのどちらかだ。

 つまり共倒れだ。

 私は考える。

目を攻撃しただけでは倒せない。むしろ魔獣を刺激させ悪化させるだけだ。魔獣をおとなしくさせ粉々に粉砕させた方が有効だ。ならば――

「ランディ元帥っ! すみませんがバリアの強度を一時的に上げて下さいっ!」

「いいが! 勝算はあるのかっ⁉」

「私の考えが正しければ確実に勝てますっ!」

「解った。ラファエル君の考えに賭けてみようっ!」

私はランディ元帥に頼みバリアの強度を上げてもらい氷の呪文詠唱を始める。ランディ元帥は尚も私にバリアを張っている為呪文詠唱には専念できた。

 そして、私が呪文詠唱を終えると建物内が強烈な寒気に包まれ魔獣を凍らし始めた。

 魔獣はみるみる氷付けになった。そして触手も凍り動きを止めた。

「どんな植物でもマイナス0度の中ではガラスよりももろくなる」

 私はそう言い魔獣の目を刀で斬った。すると魔獣の目は粉々に粉砕され魔獣が倒れるとと同時にカノンが床に倒れ込み魔獣が消滅した。そして異様な魔力を放たなくなった魔鉱石が転がった。

「よくやったのう。じゃあ、私は魔鉱石を通常に戻すからするからラファエル君はカノン君を介抱してやってくれんか?」

 ランディ元帥は魔鉱石を通常に戻す術式を始め、私はカノンを起こした。

「カノン! カノン!」

「ん……」

 カノンが目を覚まし私は安堵した。

「良かった」

私はカノンに手を伸ばそうとした時カノンが勢いよく私の手を払いのけた。

 私は意味が解らず困惑した。カノンを見ると彼女はすごい悔しそうな顔をしている。

「カノン……」

 私が呟くと同時にカノンは立ち上がって言った。

「自分のことは自分でやる」

 と言い、

「……不覚だ……」

カノンの背中がそう言っているように私には見えた。


 翌日。試験の二日目となったこの日カノンはやけに荒れているように私には映った。

 鬼気迫る勢いで魔獣を倒していき魔獣化した魔鉱石をもカノンはお得意の炎の魔術で一撃で仕留めてしまった。

 魔鉱石からは禍々しい魔力がなくなりランディ元帥がすぐさま正常になる様に術式を張り私達は割と早く山を下山した

「カノン……。あそこは私が攻撃してキミが補助に回るべきじゃなかったのかい!」

 村の宿屋に戻った私は魔獣との戦いで腕にかすり傷を負いフロントでもらった包帯で自分で手当てしていたカノンに少し強めに言った。

 あそことは魔獣化した魔鉱石との戦いで魔獣が攻撃した時本来なら敵に一番近い私が攻撃した方が適任なはずなのに魔獣から少し離れたカノンが突進して攻撃したのだ。

「うるさいっ! 結果は上手くいった! その証拠にかすり傷程度で済んだ」

 この言葉に私は少しカチンとした。

「上手くいったって……失敗してたら大怪我してたかもしれないんだぞ。最悪致命傷にもなりかねないことだって――」

「はい。そこまで!」

 私が言い掛けている時ランディ元帥がストップをかけた。

「ランディ元帥⁉」

「キミ達元気があるのは結構だが少し心を休めよう。疲れている年寄りには少し頭に響く……」

「……」

「……」

 私とカノンは黙った。

そしてランディ元帥は言葉を続ける。

「キミ達の実力は、はっきり言ってトップクラスだ。だが、逆にそれが仇となっている。そして、キミ達には決定的に足りないものがある。これに、気付かないようでは試験には合格させるわけにはいかない」

 ランディ元帥は深くため息を吐き窓を見ながら、

「今日の試験は早く終わったからまだ日も高い。ゆっくり村の見物でもしてきたらどうじゃ? 心を落ち着かせれば足りないものも分かるかもしれん」

 ランディ元帥はそう言い食堂に引っ込みカノンは自室へと向かい残された私はとりあえず村を散策するために宿屋を出た。


「足りないもの……かぁ」

 私は先程のランディ元帥の言葉を思い返しながら村を歩く。

『キミ達には決定的に足りないものがある』

 私はその言葉を考えるが何が足りないのかが解らない。実力はトップクラスと言っていたから戦力では無い。だとすると何が足りないのか。

「う~ん」

「きゃっ!」

 私が悩んでいると前から女性がぶつかってきた。

「あ⁉ すいませんっ! ちょっとぼーっとしてて……」

「――ったく、ちょっとじゃないわよ! どこに目をつけ――」

 女性は私の顔を見た時声を止めた。

「あの……」

 私は女性に声をかけ顔を覗き込む。

 すると女性の顔はヤカンのように真っ赤になった。

「いっ……いえ! 私の方こそ失礼しました」

 漸く女性が我に返ったのがお詫びをすると女性の後ろから紙袋を持った中年のいかついおばさんがやって来た。

「すいませんっ! 旅の方っ! うちの娘が迷惑かけたようで……怪我はありませんでしたか?」

「あっ、いえ……私の方は。それより娘さんの方は?」

「あっ、平気よ平気! 伊達にご飯をさんぱ――」

「わー! 言わないでっ! 旅の方気にしないで下さい。うちの母デリカシーないんでっ!」

 母親が何か言い掛けると女性が大声を張り上げて次の言葉を妨害した。

私はこの親子を見て微笑ましくなった。もし、私が孤児院で育ってなかったらこの親子のような会話がもしかしたら親と出来たのだろうか。

 私がくすりと笑うと娘さんが私の顔見て、

「……お兄さん、俗に云うイケメンね! 私のタイプだわ!」

 と言い母親から紙袋をひったくり、

「お母さん! 教会へのリンゴを届けるのこの人と行く。お母さんは休んでて!」

「ちょっとそんな勝手の事! 旅の方に迷惑だよっ!」

「いや……私は迷惑ではありませんが……」

「ほーら、お兄さんも迷惑じゃないって! じゃ、行きましょう! あ、あと私マユって言います! お兄さんは?」

「ラファエル。ラファエル・クロウリーっていいます」

「そうですか、よろしくお願いします! ラファエル様!」

(様……?)

 私はマユの言葉に疑問符を浮かべた。


「じゃあ、ラファエル様って退魔師になる為の試験に来たんですか⁉」

 私はマユと森の中を歩きながらマユさんに事情を説明した。

「いいなぁ……退魔師なんてカッコいい。私なんてただの村娘……先が見えてます」

 マユさんがため息交じりにうんざりした顔で言った。

「お母さんはうるさいし、故郷は田舎。なんで私こんなとこに生まれたんだろ?」

 私はマユさんの悩みが贅沢だと思った。

 心配してくれる親がいる。帰るべき故郷がある。私にはそれがない。

「心配してくる親がいるのはいいと思う。帰るべき故郷があるのも素晴らしいと思う。私にはそれがもうないから……」

「ラファエル様……」

 私はハッとして作り笑いを浮かべた。

「す……すまない。つい説教じみたことを言ってしまい……」

 マユさんはすまなさそうに顔を赤くした。

「わ……私もごめんなさい愚痴っぽくなっちゃって……」

 私とマユさんの間に気まずい沈黙が流れる。

 するとマユさんが思い出したように私にリンゴ一個差し出した。

「?」

 私は疑問符を浮かべリンゴを見た。

「食べていいですよ! リンゴ!」

「でも、これは届け物じゃ……」

 するとマユさんはいたずらっぽく笑って言った。

「いいんですよ! これはお母さんの善意で勝手にやっていることだし一個くらいいいんですよ。私も良くつまみ食いしてるし!」

 そう言いマユさんもリンゴを紙袋から一個取り出した。

「自慢じゃないけどうちのリンゴは美味(おい)しいんですから!」

 そう言いマユはリンゴに齧(かじ)りついた。つられて私も齧りついた。

「お……美味しい」

 私は正直な感想を言った。

 このほど良い甘さにみずみずしさ。そして歯ごたえ。こんな美味しいリンゴを私は食べたことがない。

 私の感想にマユさんは気を良くしたのか得意げな顔で胸を張っている。

「でしょ! うちのリンゴはこの村の宿屋の料理にも提供してるし教会の子にも喜ばれてるんですよー!」

 そう言えば私はマユのペースに乗せられてすっかり忘れていたことを聞いた。

「そう言えば教会とは?」

 するとマユさんはバツが悪そうに「あ……!」と小さく舌を出して、

「教会っていうのは昔戦争で親を失った孤児をシスターが一人で育てているの。それで、私達が善意で食料とか衣類を寄付してるの。それで、そのシスターっていうのが素晴らしい方で見返りを求めないでいつも人の為に説教をしてて悩みも聞いてくれて正にシスターの鏡のような人なんです」

「そうなんだ……」

 私はシスターに期待した。

悩みを聞いてほしかったからだ。

 やがて、開けた場所に出ると教会らしき建物が見えた。

「ふぅ、ようやくついた。じゃ、早速リンゴを運びましょうか!」

 マユさんがそう言い一歩踏み出した瞬間マユが下に沈んだ。見ると下半身はすっぽり穴にはまっている。

 私が戸惑っていると側の茂みから一人の少年が姿を現しガッツポーズをした。

「よっしゃー、えものがかかったー! みんなつづけー!」

「おー!」

 少年の一声に次々と茂みから子供達が現れ私とマユを取り囲み羽交い絞めにした。

「マユ姉! トロイぜ! そんなんだから彼氏できないんだぜ!」

 少年の一人がいたずらっぽく笑いマユを見おろした。するとマユが穴からすっぽり出て怒鳴った。

「うっ、うっさいわね! トロイは関係ないでしょっ!」

 マユさんと子供達のやり取りを見て私は状況を理解した。つまり、これは子供達なりの歓迎だ。

(孤児院でもあったなぁ……こんな光景……)

 私がしみじみ思っていると子供達の後ろから女性の声が掛けられた。

「はい! 皆さん何をやっているの? お客さんが困っているから離しなさい!」

 女性の一声に子供達は「はーい!」と元気よく返事をした。

 女性はシスターで私達は深く丁寧に頭を下げた。

「この度は子供達が大変失礼いたしました」

 そして、シスターは顔を上げた。

すると、そのシスターは、

「マリーさん⁉」

 だった。


「なるほど、退魔師の方でしたのですね。これで、このようなところに」

「見習いで。今試験中だけど……」 

 私はシスターの部屋にあった風の魔導書を読みながら苦笑いで答えた。

(風の魔術は大気を操るだけあって難しそうだな……いや、だが基本とコツさえ掴めば……)

 私が風の魔術所を熱心に読みふけっていると下から「あの~」と遠慮がちな少女の声が聞こえて来た。私が下を向き少女の方を見ると翡翠のペンダントを首から下げた少女がハーブティーの乗ったお盆を持ちもじもじしていた。

「おきゃく……さま……おちゃを……どうぞ……」

 もじもじしながら少女は私にハーブティーをくれた。

「ありがとう、リリー」

 マリーさんがリリーという少女の頭を撫でるとリリーは嬉しそうに頬を赤らめている。本当に嬉しいのが伝わる。

 私は微笑ましい気持ちなった。

 そして、リリーは部屋から出て行った。

「何もお構いできませんがゆっくりして行ってください。私は相談とかを受け付けてますので悩みがあったら相談にのります」

 私は少し黙り「あの……」と口を開いた。

そして、私はマリーさんにカノンのことを相談した。

「――そうですか……。あの白髪の方。カノン……さんという方がそんな態度を……」

「私はどうすればいいのか解らず困っています。かの……いえ、彼にどんな態度で接すればいいか……」

 マリーさんは少し考え込みやがて、

「言いたいことを言ってみては……」

と言った。

「え?」

 マリーさんの言葉に私は困惑した。

 そんなことをしたら大喧嘩になる。

そしたらもっと最悪だ。

 私がこんなことを考えているとマリーさんは見透かしたようにくすりと笑いこう言った。

「言いたいことを言って本音を言ったらお互いすっきりして信頼するのではないでしょうか? 言いたいことを言わずに我慢していてはお互い自分のことを信じていないと思われてしまいます。 信頼が欲しいなら相手を信じることです」

 と言われた。

「カノンを……信じること……」

 私が考えているとドアがノックされへろへろのマユが入って来た。

「しすたぁ……私もう子供達の世話無理です」

 マユさんの足元にはまだ小さな幼子が纏わりついている。

「マユ姉! もっと遊んでっ!」

「おままごとっ!」

「英雄ごっこ」

 子供達は口々に叫んでいる。

「皆さん。マユさんはもう疲れています。無理させては駄目ですよ」

 マリーさんが子供達に諭すように言うと子供達は私を見た。

「じゃあ、お兄ちゃん遊ぼうよ」

「そうだ、あそぼ―!」

 と言って来た。

 私は孤児院時代の経験がある為子供達の世話は得意だったがもう日が暮れ始めており「遊ぶのはまた今度」と言うと子供達はむくれたがマリーが宥めた。

そして、少年が絶対だぞと言い指切りをした。そして、私達は村に帰りマユさんと別れた。

別れ際にマユさんに「そう言えば私にさん付けしなくていいんですよ。さん付け禁止ですからっ!」と注意された。

(じゃあ私に様付けしている自分はどうなんだ……?)と思った。

 そしてマリーさんに言われたことを思い返し宿屋に着き相部屋のカノンと会ったがカノンは素っ気ない態度で食堂へ行ってしまった。

(お互いを信じること……か)

私はぼんやり思いながらも本当に出来るのだろうかと考えながら部屋に入りベッドにヨコになり私は眠りに落ちた。


「――っう」

 私はベッドでのたうち回っているランディ元帥を見下ろす。

「ランディ元帥平気ですか?」

 私の言葉にランディ元帥は突っ伏したまま答えた。

「これが……平気……に見える……かい?」

 ハッキリ言って見えないので私は首をヨコに振る。

「全くぎっくり腰とは……歳には勝てん。昔は私もヤンチャしてたのに……」

「え? 今なんと?」

 私の言葉にランディ元帥はさも話したそうにして、

「あぁ、わし昔はヤンチャしてたのじゃよ。聞きたいかのわしの武勇伝……」

 と真顔で顔をずいっと近づけて来たので私は顔を横に向け少しのけぞった。

「そんなことよりどうするんですかっ⁉ 今日の最終試験はっ⁉」

 カノンが不機嫌全開の顔で聞いてきた。

 私は少しカノンにムッとした。

 ランディ元帥はぎっくり腰で動けないのに試験のことを優先するとは。少しは人を労われないのか?

「カノンっ! キミねぇっ!」

 私はカノンの肩に手を置いた。すると、置いた手をバシッと払いのけられて「触るなっ!」と何かに怯えた表情で私が掴んだところを押さえて息を荒々しくして言った。

私達二人は無言になり部屋に重苦しい沈黙が流れる。

 私はカノンに失望した。

こんなに冷たい人間だとは思わなかったからだ。

私がカノン冷たい目で睨むとカノンが掴みがかってきた。

「なんだ⁉ その目は⁉」

 カノンは私を見上げると静かに言い、

「言いたいことがあるならハッキリ言えっ!」

 と犬のようにキャンキャンと吠えてきた。

 その時ランディ元帥が、

「あのわしがいることを忘れんで貰いたいのだが……」

と言って来た。



「くそっ! うざったい雑魚(ざこ)が多い……」

カノンはお得意の斧槍(ハルバード)で敵をなぎ倒し私もお得意の刀で敵を斬り倒している。

私達は今二人で最終試験のモーゼス渓谷を進んでいる。

理由はぎっくり腰で動けないランディ元帥がありえない提案をしてきたからだ。

「今回の試験に私は同行しない……ラファエル君とカノン君の二人だけで試験に挑むのじゃ」

「⁉」

私達は驚き絶句した。

「そんなそれじゃどうやって採点や合否を……?」

カノンの問いにランディ元帥は、

「自信があるからそんな大口を叩けるのじゃろう? なら、二人で出来るということを証明しなさい。それが出来たら試験は合格じゃ」

と言い私達は二人で渓谷に来たのだが……。

「……」

「……」

 私とカノンは一言も声をかけない。

 相手が目の前を通っても完全に無視。私達はてんでバラバラ。個々で敵を倒している。

(バラバラだ……)

 私はそう思いながらもカノンが苛立ち声をかけられない。その時、

(⁉)

 後ろで気配がした。

 近寄って確かめようと思ったがカノンがずんずんと一人で突き進んでいくため私は気のせいと思い放っておきカノンを追いかけた。


「ここが最奥部か……思ったよりも高低差はないな……」

 私が独り言をつぶやくとカノンが「さっさと封印するぞ」と言って来た。

 私は無言で頷いた。

 そして、魔鉱石が台座の上で怪しい光を放っておりカノンが一歩踏み出すと魔鉱石が白く眩い光を放ち魔獣化した。私達は目を閉じた。そして、光が収まり目を開き飛び込んできたのは、

 十メートルはあろうという巨体。硬い鱗に覆われた身体。青白く美しいとも思う身体。

口からは氷の粒を吐き出している。

「氷竜(アイスドラゴン)……」

 私の呟きを無視しカノンが呪文詠唱を始めた。

「カノンっ⁉」

「相手が氷ならこっちは炎だっ! 炎(ほのお)の舞(まい)っ!」

 カノンがそういうとたちまち炎が現れ炎が踊り狂うように舞い氷竜を焼き尽くした。そして氷竜は動かなくなった。

「……なんだこれで終わりか? 拍子抜けだな……」

 カノンが一瞬隙を作り後ろを向いた。その時氷竜はピクリと動きやがて動き始めた。

「カノンッ! 危ないっ!」

 私は咄嗟にカノンを突き飛ばした。その時に私は足を挫いた。

「っ!」

「おいっ! 平気かっ!」

「大丈夫……じゃないかも……」

 私達は氷竜を見上げた。

 氷竜は怒り狂い暴れ始めた。

「とりあえず近くの岩場に隠れるぞっ! 肩貸すから捕まれ!」

 カノンはそう言い私に肩を貸した。私はカノンの肩に寄りかかり私達二人は何とか身を隠せそうな岩場を見つけ身を隠した。

 そしてカノンは氷竜を見ながら呟いた。

「どういうことだ? ボクの炎の呪文は直撃したのに……」

 その言葉に私は答えた。

「炎が内部まで届かなかったんだ……竜系統の魔物は硬い鱗に覆われているから」

 私はそう言い氷竜を見た。確かに氷竜は淡く美しい水色の硬い鱗に覆われている。

「カノンが先走らなければこんなことになんなかったんじゃ……」

 私は思わず呟いた。するとカノンが反論した。

「ボクが全部悪いっていうのか⁉ じゃあ、お前は何だ⁉ 見ているだけだったじゃないか!」

 カノンの言葉にさすがの私もカチンと来て反論する。

「なんなんだキミはいつも偉そうにっ! いつも勝手に決めて先走って。最終的には迷惑をかける。キミには協調性がなさすぎるっ!」

「なっ⁉」

「人のことも思いやれないんじゃ退魔師以前に人間として失格なんじゃないかっ!」

「……」

 カノンは黙った。

 私は言い過ぎたと思った。

「カノン……ごめん。そこまで言うつもりは……」

するとカノンはいきなり、

「お前意外と饒舌なんだな」

 と言った。

「は?」

「てっきり無口な奴かと思っていたんだ。ボクに何か遠慮がちだし」

 カノンは弱弱しい笑みを浮かべた。

「そうだな、確かに人のことも思いやれないんじゃ人として最低だ……」

 カノンはそう言い立ち上がった。

「ボクが囮になる。その隙にお前は逃げて元帥に知らせろ」

「なっ……何を言ってるんだ⁉」

 私は驚いて声をあげた。

「お前は今足が悪い。戦えるのはボクだけだ。だから、今のお前は足手まといだ。だから逃げろ。いくらボクだってお前が逃げ出せる時間は作れる!」

 私はカノンの行動に驚いた。そしてそれ以上に自分自身にも気付かされた。

 私は今までカノンのことを相棒と思っていながらその実カノンのことを信頼していなかった。

(人のことを信頼してない私も人として最低だ……)

「さて、お喋りは終わりだ……上手くやれ」

 そう言いカノンは岩場から出て弱い炎系の魔術を氷竜にぶつけて注意を自分にぶつけさせ私が隠れている岩場から離れた。

 氷竜がカノン目掛けて氷の息を吐くがカノンは炎で溶かす。だが、氷竜は尚も暴れる。

(このままではカノンは愚か私も……)

 私は思案した。 

(カノンの炎を強化させるにはどうしたらいいか?)

 かと、言って私は強化呪文を使えないし強化アイテムもない。絶対絶望的だ。

 そのとき、ふ、と風が吹いた。

(風……そうだっ!)

 私は捻挫した足を何とか動かして急いでカノンの所へ向かった。

「カノン!」

「おまっ⁉ まだっ⁉」

私の登場にカノンは驚き目を見開きながら言った。

 その時氷竜が冷気のブレスを吐いた。

 私はカノンの腕を引っ張り急いで岩場に隠れる。

「大丈夫か? カノン」

 私はカノンに声をかけた。すると、カノンは私をギロリと睨み付け、

「この馬鹿が! なんで逃げなかったんだ! 折角ボクが氷竜を引き付けたのに!」

「ごめん……でも、相棒を見捨てるなんて出来ない」

 私の言葉にカノンは「ったく、強情が……」と仕方なさそうに言った。

「しかし、どうするんだ? 今のお前は戦力にならないし、ボクもあまり魔力が残っていない……」

「カノン……あと高威力の魔術何発打てる?」

私の問いにカノンは肩をすくめ「あと一発。それが限度だ……」と答えた。

「それだけあれば十分だ」

 私の言葉にカノンは頭に疑問符を浮かべている。

「カノン……よく聞いてくれ。私達は勝てるかもしれない……」

「はぁ? お前この状況で何言ってるんだ」

私はカノンに状況を説明した。

「成功するかどうかわからないけど私は風の魔法を使えるかもしれない。加えてここは渓谷だ。立地条件としては最高だ」

「何を言っている? 氷属性の魔獣に風系統の呪文が……」

「カノンの炎に私の風系の魔法を乗せるんだ」

「⁉ お前意味解って言ってるのか? 合成魔法は難しいんだぞ。 失敗したら――」

「カノンらしくないな。そんな弱気なのは……」

 私は真顔で言った。

「普段のカノンならしくじるな、だよ。少なくとも私の知ってるカノンは……」

「……」

「カノン、私を信じてくれ! 私は口だけじゃなくて心からカノンを信じたい! 私達は相棒だろ」

「……相棒、か……」

 カノンはそう呟くとキッと目つきを変え、

「成功率は?」

 カノンの問いに私は、

「ほぼ五分五分」

 と答えた。

「十分だ」

 カノンはそう言うと「しくじるなよ」と言った。

 私は深く頷く。

 私達は氷竜の動きを見た。氷竜は私達を探し丁度私達に背を向けている。

 やるなら今しかない。

 私達は岩場に隠れるのを止め岩場の外に出て呪文を唱えた。

 そして、カノンの炎の魔法が発動したと同時に氷竜が私達を向いた。氷竜フン、とした感じだったがその直後――、

「風(かぜ)の輪舞曲(ロンド)!」

 私の風の魔法が発動し炎にかかる。そして渓谷の風が重なる。炎は強力な渦となって氷竜を襲う。

氷竜は驚き避けようとするが避けきれない。炎の渦は氷竜をつつみ激しく燃え上がった。氷竜は炎に包まれのたうち回りやがて激しい轟音を立てて倒れた。

それでも私達は戦闘態勢を崩さない。

これで倒せなかったら終わりだ。

「……」

 私達は無言で氷竜を睨んだ。倒れた巨体はびくともしない。

 そして、氷竜の鱗がはがれ身体がバラバラに崩れていく。

 そして、眩い光を放ち異様な光を放たなくなった魔鉱石が転がった。

「~~」

 私は一気に脱力して腰が抜けた。

 あんなに緊張したの激戦区以来だ。

 私が腰を抜かしているとカノンは、

「まだ終わっていないぞ! 正常な流れに戻すまでだ」

 と言い魔鉱石を通常に戻す術式を組み魔鉱石を通常に戻しカノンも安心したのか腰が抜けた。

 その時後ろかパチパチと拍手音がした。

「⁉」

 私達が後ろを振り向くと岩場の方から、

「よくやったのう!」

 ランディ元帥が現れた。

「ランディ元帥⁉」

「元帥⁉」

 私とカノンはほぼ同時に声を上げた。

「いやぁ~、良かった。良かった。二人とも見事じゃったのう!」

 朗らかな声で笑いながら言った。

「さて、この試験の本当の意味に二人は気付いたかのう?」

 と元帥はいきなり真顔になり私達に聞いた。

 私とカノンは顔を見合わせふ、と笑い真顔で元帥に向き直り、

「人を信じること」

 と同時に答えた。

 ランディ元帥は険しい顔してやがて「ごうか~く!」と満面の笑顔で言った。

 私とカノンは脱力した。

 そしてランディ元帥は言う。

「そう。この試験の真の目的は人を……仲間を信じることが出来るか。それを見るテストじゃ。退魔師は人と組んで仕事することが多い。それなのに人を信じないでどうするのじゃ。人として大切なのは人を信じることじゃよ」

 確かに。今までに私達は個々でお互い信じあってなかった。そのことを今日痛感したばかりだ。

 人として大切なのは人を信じること、か。

 私が物思いにふけっているとカノンがランディ元帥に、

「ところで元帥ぎっくり腰だったんじゃ……」

 と聞くと元帥は笑って言った。

「ほっほっほっ! 嘘じゃよ」

「嘘ぉ⁉」

 私達は同時に元帥に聞き返した。

 すると元帥はすました顔で、

「そうじゃよ。退魔師の最後の試験は担当官抜きでやるんじゃよ。それで、仲間の信頼性に気付けるかどうか図るんじゃ! ところで、わしのぎっくり腰の演技もどんなものか?」

(……あの、リアルな痛み方ぎっくり腰になったことがあるんだな……)

 私はそう思いげんなりした顔で元帥を見た。そしてカノンは、

「じゃあ、あの採点表は……?」

 と呟いた。

「採点表?」

「え? あぁ、ハイ。ランディ元帥が試験中点けていたメモのことです」

 ランディ元帥は少し考え思い出したように、

「あぁ! もしかしてこれの事じゃな?」

 と言い懐から紙を取り出した。

「あ、はい。それです!」

 カノンはそう言い。

「見たければ見ていいよ。大したこと書いてないから……」

「?」

 私とカノンは髪を覗き込んだ。そこには……

『山ばっじゃなー。魚食べたい……』

『ここ葡萄酒絶品らしいのー』

「カメラ持ってきて是非風景を収めたいのー」

「………………」

 私とカノンは無言になった。

 確かにしょうもないことだ。

「まさか二人がこれを採点表だと思っておったとは……そんなわけがおらんじゃろ……」

 ランディ元帥はほっほっほっ! と笑って言った。

 確かに試験中に添削する検査官はいない。

 つまり私達は完全に勘違いしておりカノンに至っては百パー勘違いしていたから憤死寸前だ。

 私はカノンに「どんまい」と言った。

 カノンは、

「図られたな……ラファエル……」

 と言った。

「そうだね……って、えっ⁉」

 今カノンから初めて名前を呼ばれた。

「今、カノン……私の名前」

 カノンは照れた顔をしている。

私は嬉しくなり心の底から笑顔になった。

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