第1話 再誕

「お前さんは戦争が終わったらどうしたい?」

 休憩所でふと、ウルフカットで焦げ茶色の髪をした戦争仲間の青年から僕は質問された。

 僕は戸惑いやがて「……何も考えていない……」と答えた。

そして僕は「ラモンは?」と聞き返す。

ラモンとよばれた焦げ茶色の髪をウルフカットにした青年は、

「人助けをしたいんだ……」

 とテーブルの上に立てた腕に顎を乗せてニカッとし笑顔で言った。

「今、軍人で人殺しをしているのに……?」

 僕の皮肉めいた質問にラモンは少し苦笑いをする。

「それを言われると苦しいなぁ……」

 頬をポリポリ掻きふと真顔になり、

「罪滅ぼしかな……?」

 と言った。

「罪滅ぼし……」

 僕が小さく呟くとラモンは頷いた。

「この戦争で罪のない人がたくさん死んでいる。今はこんな時世だけどいつか平和になったら人を傷つけた分今度は人を救いたんだ!」

「きれいごとだ」

 僕はハナで笑ったが内心そんな世が来ればいいと思った。


「ラファエルー!」

 ラモンは私を突き飛ばし代わりに敵の攻撃を受け敵の剣が胸元に刺さる。

そしてラモンの胸元からはおびただしい血が流れた。

僕はラモンを攻撃した敵を斬り殺す。

敵は僕と年が変わらないまだ年端も行かない子供だった。

 僕はラモンに駆け寄り必死に戦友(とも)の名を呼んだ。

ラモンは倒れ虚ろの目で空を見た。

「ラモン! ラモン! どうしてっ⁉」

 僕はラモンの顔を覗き込み必死に聞いた。

 するとラモンは、

「だって……ラファエ……ルが死ぬ……と思った……ら……つい……」

「ラモン! キミにはやりたいことがあるんだろっ! 人助けをするってっ!」

 僕の問いにラモンは息も絶え絶えに苦し紛れに答えた。

「人……ひとり……救え……ないん……じゃ……多くの……人……を救え……ない、ごぼっ!」

 ラモンは吐血した。重症だ。

「ラモン! もう喋るなっ! すぐに救護班をっ!」

 僕が無線機を取るとラモンがその手をゆっくりと……だがしっかりと掴み僕を見て言った。

「オレの……願い……聞いて……くれない……か?」

「何っ! ボクに出来ることなら何だって聞く! だから――」

僕はラモンの手をしっかりと握りラモンはフッと安心した顔をし言った。

「オレの……代わり……に……人を……たくさん……救って……くれ……」

 僕は瞳(ひとみ)から涙を流し泣きながら頷いた。

「解ったっ! 解ったからっ!」

 ラモンは手を私の顔の方へ動かし私の頬を撫でた。

「頼む……ぞ……」

 そう言いラモンは事切れた。

 腕をだらんとさせ目を閉じ安らかな顔をして。

「……ラモン! ラモ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ンっ!」

 僕はラモンを抱きかかえて大声で叫んだ。

 戦場全体へ響くような声で。


「おきろーっ!」

 能天気な少女の声が頭の上で響く。

 私が目を開けると途端部屋のカーテンがバッと開いて部屋中が太陽の光に照らされ眩しくなり私は反射的に腕で目元を隠した。

「わかいもんがいつまでもねてるんじゃないのっ! もうしちじだよっ! ほら、はやくおきてあさごはんあさごはんっ!」

 エプロンドレス姿の少女は早口に言うと私の腕を掴んで私をベッドから引っ張り上げた。

 彼女の名はエリス。

 私が世話になっている村の喫茶店の七歳になる娘だ。

 私は自分の青みがかった黒色の髪を頭の上へ纏め俗に言うポニーテルにして一階に降りた。

「きょうのあさごはんはエリスとくせいのオムレツだよっ!」

 元気があるのは結構だが……。

「じゃ~ん!」

 私とエリス嬢のオムレツはきれいに焼かれているが祖父のレイトンさんのには黒焦げの物体が……

「ちゃ~んとたべてねっ! エリオットっ!」

 とエリス嬢は私に睨みを利かせて仁王立ちをする。

「は……はは。食べるよ」


「じゃあ、洗い物は私がしますので……」

 私はそう言い台所に立って食器類の洗い物をする。

「おお、すまん。エリオット……助かるぞ」

 レイトンさんはそう言い椅子に腰かけた。

 そう私は今はエリオットだ。

 ラファエルという人間は戦争終結とともに死んだ。

 今ここにいるのは武器を捨てたエリオットだ。

「しかし、お前さんが来てから今日で一年になるなぁ……」

 レイトンさんは昔を懐かしむ様に言った。

 私は昔戦争が終わったと同時に行方をくらました。

 理由は至極簡単。戦争に嫌気がさしたからだ。

 私は戦争中多くの人間を殺した。しかも三桁も。そして、敵国の王を殺した。本来なら英雄ともてはやされるだろうが私はそれが嫌で戦争終結とともに軍から行方をくらましフラフラして行き倒れになっているところをレイトンさんに助けられエリオットという第二の人生を歩んでいる。

 それでもラファエル(私)が殺した人間が生き返るわけじゃない。

現に私は過去の夢をよく見る。戦争で人を殺し最愛の戦友ラモンを失った時の夢を……。私は本来ならこの罪を背負わなくちゃいけない。それなのに私は自身の罪から逃げた。そしてのうのうと暮らしている。

親友のラモンの約束を果たせぬまま。

 私がぼーっとしているとエリス嬢が「エリオットォ……手が止まってるぅー」とシンク台を覗き込んで言って来た為私は急いで洗い物を済ませた。


「エリオット……お前さんなんか悩みでもあるんかい?」

「えっ⁉」

レイトンさんのいきなりの質問に私はコーヒに使う豆の入った袋を落としそうになった。が、危うく空中でキャッチして「そんなことは……」と私は受け答えした。

私の言葉にエリス嬢が頬をぷうっと膨らまして怒ってきた。

「エリオット~! みらいのおよめさんのわたしにかくしごとするき?」

「い、いやっ! そんなつもりはっ……!」 

 私が慌てふためくとエリス嬢がぷっと笑いけらけら大笑いしてきた。

「やぁねぇ! そんなに慌てふためいてジョークよジョーク!」

「ジョ……ジョーク……」

 私は動揺してあっけにとられた。

「じゃ、私果物屋のおじさんにレモンわけてもらってくるね~!」

 エリス嬢はそう言い出て行った。

 エリスが嬢出て行った後私はレイトンさんに、

「最近の子はマセてますね……」

 と言うとレイトンさんは、

「ありゃ恋慕もあるが父親に抱く感情みたいなものだよ……あの子は戦争で父親を亡くして母親も病気で亡くした。結構不憫な子なんだよ……戦争さえなければあの子も違う人生を歩めてたかと思うと……」

 レイトンさんは気の毒そうな顔をした。

 私の心はずきりと痛んだ。 

 その時店の扉が開きカランとベルの音をたてた。

 入って来たのは五十代ぐらいの柔和そうな老人で全身黒づくめで黒いローブを羽織っている。

「すまないがここで食事をとらせてもらってもいいかな」

 声も物腰穏やかだった。

「あぁ、そうしたいんだがまだ開店前で儂(わし)は配達があって……」

 レイトンさんが困っていると、

「ならそこの若者の料理でもいいのだが……」

 老人は私を指さして言った。

「まぁ、そりゃいいんですが大したものは出来ませんよ。お客様はどんな料理をご所望ですか?」

 レイトンさんの質問の答えに老人は「ベーコンチーズサンドイッチ」と答えたので、

「それだったら私でもできますからレイトンさんは安心して配達に行ってください」

と私が微笑みながら言うと「じゃあ、エリオットに任すぞ」と言いレイトンさんは配達に向かった。

 その間に老人はローブをコート掛けに掛けた。


「いやぁ! 美味しい! 特にこのパンのふっくら感!」

 老人はカウンター席に座り美味しそうに私の作ったベーコンチーズサンドイッチを行儀よく口に入れていく。

「はぁ……」

 私はキッチンの整理をし曖昧な返事をした。

 私はこの老人に不信感を持っていた。

 怪しすぎるからだ。

 全身黒づくめの恰好、こんな朝早くに来る。どう考えても普通は営業していないと解るはずなのに。第一マスター不在だったら諦めてすぐ帰る……にも拘らず居座る。

(とりあえず早く出ていってもらおう……)

 私はそう思いながらも食後のコーヒーを出した。

 コーヒーからは熱い為白い湯気が出ており香ばしい匂いが辺りに立ちこもる。

 老人は臭いを嗅ぎ「どこの豆だね?」と聞いてきたので以前マスターであるレイトンさんから聞いてあった「アーデル地方の物ですが」と答えた。

 すると、老人は懐かしむ様に、

「アーデル地方? ファーレンの方か。あそこは良かった。食べ物も水も景色も良い……戦争によって滅んでしまったが……のぅ、ラファエル・クロウリー君よ?」

 その言葉を聞き私の全身が凍り付いた感じがした。

 何故だ?

 何故知っている?

 私の過去の名を?

 私は困惑していると。

 老人は更に続けた。

「ラファエル・クロウリー。年齢は現在二十歳(はたち)。孤児院出身。国家に尽くすのが当然と教えられ十四の頃宗教戦争の為に徴兵される。戦争終結までの四年間殺した人間は三桁に上る……と」

 と、私の過去を述べた。

 それでも、私は平静を装った。

「人違いじゃないでしょうか? 私はただのエリオットです」

 震える声で精一杯返答した。

 老人は食後のコーヒーの一杯の啜り飲み終わると一息ついて言って来た。

「……じゃあ、エリオット君。キミは退魔師にならないか?」

「はい?」

老人の突然の質問に私は困惑した。

「わしの名は退魔士協会のランディ・バース。階級は元帥だ」

 そう言い十字架のロザリオを見せた。

 十字架のロザリオの中央には金剛石(ダイヤモンド)が嵌(はま)っている。

「退魔師の主な仕事は魔獣退治。違法召喚術の取り締まり。あぁ、それと退魔師になったら親しい人との連絡は禁止とし――」

「ちょっと待ってくださいっ!」

ランディさんが矢継ぎ早に話していると私はストップをかけた。

「? どうしたかね?」

 ランディさんが怪訝な顔をする。

「なんで勝手に話を進めてるんですか? 私はまだやるとは言ってません……」

 私の言葉にランディさんは、

「やらなければキミはどうするのだ? 若いのにここで隠居生活か?」

「……それは……」

「我々はキミのような逸材を探していたんだ。その力を人助けの為に使ってみないか?」

「……人助け……」

その時店の扉が開いてベルがカランと音をたてた。

「いや~、すまない配達が長引いて……」

 レイトンさんが配達を終えて帰ってきた。

 するとランディさんは席を立ち「もし気があったら明日の明け方までに……」と言い、

「あ、コーヒー美味しかったよ!」とも言うと食事代を払いコート掛けに掛けてあったローブを手に取り店を出た。

 店に沈黙が流れる。やがて――、

「すまない話を聞いてしまった……」

 レイトンさんは申し訳なさそうに言った。

「……どこからですか?」

 私の問いにレイトンは頬を掻き「お前さんのプロフィール話しているところから」と答えた。

「驚かないんですか……?」

私の問いにレイトンさんは少し黙ったあと、

「かなり驚いている……」

「……」

「……」

 二人して無言になる。

 やがて、レイトンさんは重そうに口を開いた。

「退魔師に……なるのか?」

私は何と答えればいいのか解らない。

「儂は他人の過去のどうこう言うつもりはないし過去と今は違うと割り切っている。ハッキリ言って儂はエリオットとしてこの村に残ってほしい。エリスも懐いている……だがどうするかはお前さん自身だ。お前さんの意志で決めてほしい……」

 レイトンさんがキッチンに戻ろうとした時、ガタ、ガタガタ。ガタタタタタタタ! と物凄い地震が来た。

 私達はとっさにテーブルの下に隠れた。

一瞬の地震だったのですぐ収まったが帰ってこないエリス嬢が心配になり外に出た。すると――、

「エリオットー、おじいちゃん! レモンたくさんわけてもらったよー!」

 とエリス嬢の能天気な姿と声が飛び込んできた。

「どこも異常はないかい? 怪我はしてないかい?」

 私が聞くとエリス嬢は、

「おおきなじしんがあったけどへいきだよー!」

私とレイトンさんはそれを聞くと安堵して溜め息をついた。

「いやぁ~、すごい地震だったの~!」と、ランディさんが現れた。

「震度四はあったかのぅ?」

 ランディ元帥が冷静に分析していると、

 ガタガタ!

 ガタタ!

 ガタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!

ともの凄い地響きとともに地震が来た。

 その時エリス嬢の立っている足元に亀裂が入っているのを私は見逃さなかった。

「エリス嬢っ! 危ないっ!」

 私はとっさにエリス嬢の左腕を掴んで引っ張ると反動で今度は私が亀裂の上に乗り、

「あっ! うわぁぁぁぁー!」

 落ちた。


「痛たたたっ……」

 私は穴底から上を見た。

 死ぬような高さじゃないが自力で登るのは不可能そうだ。

「へいきー⁉ エリオット!」

 エリス嬢の言葉に私はすぐに「平気だよ」と返す。

「待ってろ、今すぐ縄……」

 レイトンさんの言葉が不自然に止まった。

「ラファエル君っ! 後ろじゃっ!」

 ランディさんの言葉通りに後ろを振り向くと体長三メートルを超すであろう巨大な物体が……。

そして、巨大な物体は右手を振り上げた。

私は咄嗟によけた。

 すると近くに合った腰を掛けられそうな頑丈な岩場が縦にスッパリ切断されていた。

 そして地上からの木漏れ日で敵の姿は明らかになった。

 敵の姿は上半身はカマキリの様に鋭いカマを持ち下半身はアリの様に六足歩行をしている。

「魔獣マント……フォルミーカ?」

 私が呆然と呟くとマントフォルミーカは攻撃を繰り出してくる。

 このままでは殺られる。

(仕方ないこうなったらっ!)

 私を意を決し上に向かって叫んだ、

「ランディさんっ! 私が使っている部屋に刀があります! それを取ってきて下さいっ!」

「カタナ?」

「少し細身の刀身で若干反り曲がった剣ですっ! レイトンさん案内してくださいっ!」

「解ったっ! ランディさんこっちだっ!」

 レイトンさんがランディ元帥を案内しに行った声が聞こえ私はそれまで逃げることに集中する。

 とはいえ大まかに逃げ回るのは危険だ。

 奴のカマは強力で腰掛ける程度の大きさの岩を簡単に切断する。

 もし、大まかに逃げてあのカマが壁や天井に当たったら私まで生き埋めだ。

 だが幸い奴の行動は鈍い。

 そしてこっちは小回りが利く。

 あとは運のみだ。


ザン!


ザン!


ザン!


マントフォルミーカの攻撃は一撃こそ強力だと思うが私が睨んだ通り鈍かった。

 カマを振り下ろすモーションが大きくどこに繰り出すのかすぐに分かる。

(あとは刀さえ来れば……)

 その時マントフォルミーカの動きが止まった。

(⁉)

 そしてマントフォルミーカが六足の足を起用に動かし地震を発生させた。

(やっぱり地震はコイツが原因かっ!)

 そう思っていると、

「きゃぁぁぁ~~っ!」

上から何か振ってきたのでキャッチすると、

「エリス嬢っ!」

だった。

「エリオットォ……じしんでおちちゃったよぉ……」

 そうしている間にもマントフオルミーカはやってくる。

 私はエリス嬢を脇に抱えてマントフォルミーカと距離を取りマントフォルミーカが入れない子供一人分が入れるスペースに置き「ここを離れてはいけませんよ」と言い敵の注意を私に向けさせた。

 再びマントフォルミーカは私に狙いを定め攻撃を再開した。


 ザン!

 

ザン!

 

ザン!


攻撃自体は遅いがエリス嬢を気にしながらかわすのでかなり集中力をそがれる。更に群を離れて戦闘をしていなかった私は力が限界に来て私は注意を怠り転倒した。

マントフォルミーカが近づき私に右手のカマを振り下ろそうとして、

(絶体絶命のピンチか!)

と思ったその時、

こんっ!

こんっ! と、マントフォルミーカに小石が当たる音がする。

見るとエリス嬢が、

「エリオットをいじめるなぁ!」

 と言いマントフオルミーカに小石をぶつけている。

 マントフォルミーカ―の注意は一瞬にしてエリス嬢に向きエリス嬢に向かって行った。

(くっ!)

 私は目を瞑った時、

「ラファエル君! これじゃろっ! 受け取れ~!」

 そう言いランディさんが穴の上から何かを投げた。それは――

「刀……」だった。

 私は刀を握りしめ全速力でマントフォルミーカに向かう。

 敵は私に気付きカマを振り下ろす。

 私はそれを交わしその衝撃を利用して跳躍する。

そして刀を振り下ろしマントフォルミーカを頭から一刀両断する。

そして頭から真っ二つに斬られたマントフォルミーカは轟音(ごうおん)を立てて倒れた。

 その様子を地上で見ていた村民達は歓声を上げ「今だっ! 引き上げるぞっ!」と言い私はエリス嬢を小脇に抱えてロープを身体に括り付け地上に引き上げられた。


(下が騒がしい……)

 私は騒動の後間借りしている自室にこもりベッドに腰かけ刀の手入れをしていた。

 習慣だ。

 その時ドアがノックされランディさんが入って来た。

「下に行かんでいいのかい? 本日の主役はキミなのに……」

 私は無言で頷いた。

「下はキミの噂でもちきりじゃよ。意外に強いやらキミのことを勇者だとか――」

「止めてくださいっ!」

 ランディさんが言いかけていると私は声を荒げた。

「?」

「私は強くもありませんし勇者なんかでもありません……ただの殺戮兵器です」

「何故そう思うのかね?」

 ランディさんは私に優しく聞いた。

「あの時……刀を持った時無自分の奥底に忘れようとしていた昔の感覚を思い出したんです。その時、敵を殺すことしか頭になかった……」

「……」

「私は結局命を奪うことしか出来ないんです……でも、自分は死にたくないからのうのうと生きている。友達との約束も守れないままっ!」

 私は頭を押さえて泣き崩れた。

「昔、戦争中に、仲が良かっ、た戦友がいて……戦争が終わったら、人助けを、したいって……だけど……」

「…………」

 ランディさんは無言で話を聞いていた。

「死ぬ間際に……私に……自分の代わりに……たくさん……人を救ってくれって……言われたけど――私は……」

 私は自分が解らない。

 小さな頃は国に仕えることが正義と教わりその通りに敵を殺しその血塗られた手で今度は人を助ける。

 その方法が解らない。

 私が声を殺して泣いていると、

「そんなに難しいことかね。人を助けることが……」

「?」

 ランディさんの言葉に私は顔を上げた。

「確かにキミは戦争中多くの人を殺した。それは確かにキミだ。だがキミが純粋に人を助けたいと思い人を助ければそれは人を助けたことになるんじゃないかね。現にキミはエリスという少女を救っている。その時何を考えた?」

 ランディさんの言葉には私はハッとした。

 あの時……私はエリス嬢を助けようと思った時。

純粋に助けたかった。

ただそれだけだ。

「でわ、わしはこれで……お姫様が気になっているようじゃし」

 と、ランディさんが気配を消してドアへ近づき部屋のドアを開けた。

 すると、エリス嬢が「きゃっ!」と言いながらこけて部屋に転がり込んで来た。

「エリス嬢……聞き耳ですか?」

エリス嬢は取り繕う様にぎこちない笑みを私に向けて「ごめんなさい……」と言った。

「では、失礼……」

 そう言うや否やランディさんは部屋を後にした。

「……きょうのエリオットつよかったしかっこよかったっ! さすがわたしのみらいのだんなさまこうほっ! ほれなおしちゃった!」

 エリス嬢が慌てふためきながら取り繕うように言うと私は微笑みエリス嬢は安心したのか落ち着いた。

 そして不意に、

「……どこにも行かないでよ……」

 しばしの沈黙の後エリス嬢は顔を赤らめて言った。

「……どこにも行きませんよ」

 私は彼女を安心させる為に優しい嘘をついた。

エリス嬢は満面の笑みになり部屋に戻った。

一人になり部屋の中は静かになった。

『人助けをしたいんだ』

『罪滅ぼしかな』

『この戦争で罪のない沢山の人が死んでる。今はこんなご時世だけどいつか平和になったら人を傷つけた分今度は人を救いたいんだ』

 静かな部屋の中でラモンの言葉が頭の中で反響する。

 私に出来るだろうか。

 多くの命を奪った私に。

『純粋に人を助けたいと思えばそれは人を助けたことのなるんじゃないかね』

「――っ」


 早朝四時、私は白色のワイシャツに袖を通しに黒いコートを身に着け上に縛っていた青色がかっていた黒髪を下ろしてうなじの所で一つに纏め足を忍ばせて階段を降りようとする。

 その手前にはエリス嬢の部屋があった。

(エリス嬢……約束を破ってすいません)

 そして私は階段を降りた。

 一階の喫茶店に行くとレイトンさんがいた。

「行くのか?」

 レイトンさんは神妙な面持ちで聞いてきた。

 私は無言で頷き「ラファエル・クロウリーとして行きます」と答えた。

「エリス……怒るじゃろうなぁ……」

「すいません」

「なに……お前さんが自分で決めたことじゃ。儂らが咎める権利はない」

 私は微笑し「ありがとうございます」と言う。そして真顔になり、

「私はもうこの村には来ないでしょう。故郷や親しい人との関係を絶つそれが退魔師になる条件だそうですから……」

「そうか……」

「この村は私にとって故郷でした。レイトンさんやエリス嬢。村民もどこの馬の骨ともわからない私を快く迎え入れてくれたこと誠に感謝します……では」

 私はコートを翻して背を向けた。

「達者でな」

レイトンさんの寂しそうな声が背中に突き刺さった。

そして私は泊まっていた村の宿を後にしようとしていたランディ元帥に退魔師になる旨を伝え村を後にした。


――三ヶ月後。

 私は大海原を動く船の甲板のデッキの上に立ち手すりの上に乗せた腕の上に顔を乗せて大海原をぼんやりと眺めている。

「……海ってこんなに広いんですね……」

「ん? ラファエル君は海が初めてなのかな?」

 隣にいたランディ元帥の言葉に私は少しばかり顔を赤らめ、

「はい。お恥ずかしながら……私は内陸(ないりく)育ちでしてこうしてゆっくり海を見るのは生まれて初めてなんです……二年前は私は軍から逃げている時でしたから……」

 と答えると、

「確かに軍から行方をくらましている時にはゆっくり海は見えんのう……」

 ランディ元帥は納得したように言った。

 確かに私は二年前海を渡った。

 しかし、私は軍から行方をくらますのに必死で周りの景色なんか見ていられなかった。

海の蒼さも音も。

 その為船旅を堪能しているのは実質今回が初めてだ。

「しかし、お前さん筆記試験、実技がパーフェクトな人間は異例なことじゃよ。面談での態度も良かったし……」

 ランディ元帥はまだ驚いた様子で私を見ている。

 そう。

 退魔師になるには試験を通らなければいけない。

 私は村を出てランディ元帥と共に協団本部を訪れ三ヶ月。退魔師としての勉強と厳しい修業をし漸く正式な退魔師となる為の試験に臨むことが出来た。

 健康診断。筆記試験。魔力の実技試験。面談。

私はすべてにおいて満点だった……らしい(ランディ元帥談)

そして最後が――、

「――ったく。浮かれているな。ボク達は遊びに行くんじゃない。これから最終試験という名の任務に赴くんだ。こんな浮かれた気分では――」

 と白髪を肩まで伸ばし斧槍(ハルバード)を携えた赤眼の美少年が小言を言って来た。

「カノン……ごめんごめん」

 私は申し訳なく彼に謝る。

 彼の名はカノン。

ランディ元帥に直弟子の為年齢では私の方が明らかに上だが私よりも先に元帥に弟子になった為兄弟子になる。

 そして、何故私達が今船に乗っているのかというとこれからある任務に就き最終試験を受ける為だからだ。

 この試験は今までの試験結果と相性がいい受験者二名と担当官一名のスリーマンセル式で泊まり込みの試験だ。試験内容は分からないがスリーマンセルにするのにはきっと何か意味があるのだろう。

 私が心のどこかでぼんやり考えていると、

「おいっ! お前っ! 何ぼんやりしている? これから任務地に行くのだからもうちょっと――」

 カノンが尚も小言を続けようとするがランディ元帥が笑顔で、

「まぁまぁカノン君その辺で……」

 とヨコヤリを入れカノンがチッと小さく舌打ちをした。

「ボクの足手まといにはなるなよ……」

 これだ。

 カノンはなぜか初顔合わせの時から私に対して冷たい態度を取る。

 育ての親代わりのランディ元帥に言わせれば心配しているのだそうだが……先行き不安だ。

 私がため息交じりにそう思っていると、カンカンカンカーンと船が目的地に着いた相図を送った。

「目的地に着きました。お降りの方は――」とアナウンスが響き私達は降りる準備をする。

 私達の最終試験場所は元・ファーレン国。

 私が昔戦争で滅ぼした国だ。


 港は大賑わいだった。

 たくさんの人が行きかい市場では活きのいい魚や遠くの大陸の珍しい果物まで売られている。

 二年前までここも戦地だった。

 ここだけじゃないファーレン全土が戦地になった。

 それが二年で……。

 私が驚いて感嘆していると、

「さて、私は馬車の手配をしてくる。書類やら申請などで三時間はかかる。ただ待つだけではもったいないので二人は試験前の息抜きと同時に社会見物として二人で町を見物してくるとよい」

 とランディ元帥が言った。

「え? 馬車……ですか?」

「そうじゃよ……結構な山村だからの。歩きじゃひと月はかかる。まぁ、歩きが良かったら歩きでも構わんが……」

「はぁ……」

 私の返事にカノンは、

「お前なに気の抜けた返事をしている。元帥もなに気の抜けたことを言っているんですか?」

 と突っかかってきた。

「ボク達は退魔師になる為の試験に臨むんだ。それをいきなり息抜きなどと――」

 カノンの不機嫌全開の言葉にランディ元帥は、きょとんとしやがてほっほっほっ! と笑い出し、

「気張り過ぎても成功はしないもんじゃ。むしろ、肩の力を抜いたほうが上手くいくもんじゃよ!」

 と朗らかに笑いそして、

「この社会見学を有意義なものにするか無意味なものにするかはキミ達二人次第じゃよ! じゃあ三時間後町の北口で~!」

笑顔でそういうと貸し馬車屋へ向かった。

「……」

「……」

 私とカノンの間に気まずい沈黙が流れる。

 しばしの沈黙の後「行くぞ……」とカノンが言った。


 私達は町を見て回った。

 ただ私は人の多いところが苦手でカノンの姿を見失わないように必死だったがカノンはずんずんと先に進んでしまう。

 すると、カノンが立ち止まった。

 私もつられて止まる。

 カノンの目は大衆演説に引き付けられていた。

「人の力というものは根強い。私達は戦争で多くの犠牲を出した。敗戦直後は皆生きる希望をなくしていたが実際人は強い。だからここまで復興した。これこそ人の成せる業(わざ)だ。私達はこれからも一致団結してこの国をもっとより良い国しようではないか!」

「――以上市長からでした」

 と、演説をした市長は民衆から拍手喝采を浴びた。

 私は市長の言葉を聞き確かに人は何度でも立ち上がれる。これこそが人が成せる業だと思い聞き入った。

その時カノンが「不愉快だ……」と呟き足早にこの場を離れた。私はカノンに付いて行ったがなれない町と人ごみのせいで姿を見失わないようにするのが精いっぱいだった。

「カノンどうしたの?」

 私は足早に歩きながらカノンに聞いた。

「あの人はあの人なりにこれからの国のことを考えて……人の正しさを――」

 私が言い掛けているとカノンは、くっと笑った。そして真顔で言った。

「口では何とでも言える」

「え?」

 私は一瞬意味が解らず聞き返した。

「そもそも事の発端は宗教の違いから始まった。ファーレン国がライノス国に一方的にファーレン国で崇拝している神を崇拝しろと言い出し要求を呑まなかったことでファーレン国がライノス国に戦争を吹っ掛けた」

 確かにそうだ。

 元々、あの宗教戦争はファーレン国が一方的に自分達の要求を突き付けてきた。そして、ファーレンはライノス国が要求を呑まず戦争に発展した。

「そしてファーレンは見事に負けた……」

 カノンは肩をすくめお手上げのジェスチャーした。

「死んだ人間はほぼ下っ端の軍人と徴兵された民間人だ。それを多くの犠牲の一言で済ませてしまうんだ。本当に言葉程お手軽で簡単ものは無い……」

 確かに人は言葉で何でも済ませてしまう。

 そして結果論で終わらせる。

 私が思案しているとカノンが吐き捨てるように言った。

「口では何とでも言えるがそれを行動に移せるかどうかは別だ。言葉はきれいごとを並べる為だけにあるんだからな」

「……」

 私は無言になり考えた。

(口では何とでも言える……か)

「そろそろ時間だ。集合場所に行くぞ」

 カノンはそう言い踵を返し歩き始めた。

 私は考えながら物思いにふけった。

 自分は戦争中沢山人を殺した。それが、正しいと信じて。だが、考えてみればその人達もその人なりの正しいことがあったはずだ。結局私は自分の正義を敵兵に押し付けた。当時のファーレンの様に。

 人をたくさん殺しておいて今度は人を助ける側に着く。

(滑稽だ……)

 私はぼんやりとしているとカノンが、私の方を振り返り、

「ホラ、ぼーっと腑抜(ふぬ)けた顔をしていないで行くぞ……」

カノンの言葉に私は我に返り刀をしっかり持とうとすると別の方向から刀を引っ張る感触がある。

「?」

私は不審に思い刀の方を見ると、少年が私の刀を握りじっとしていた。

「……」

「……」

「……」

 私達三人は固まりやがて少年が脱兎のごとく刀を奪い一目散に人ごみの中に向かって走り去った。

私達は一瞬放心しやがて、

「待て――――――――!」

 と言い私達は二人で少年を追いかけ始めた。


 私は少年を追いかけているうちに表通りから裏道に入り狭い路地を走り抜けていく。

「なんで追いかけてくるんだよぉー!」

 少年が走りながら私の方を向きながら叫ぶと、

「キミがその刀を返せば追いかけないっ! だからそれを返しなさいっ!」

 しかし、少年は刀を返さず尚も走りやがて開けた場所に出た。

「⁉ ここはっ!」

 ボロボロの建物。

 粗末な衣服。

「スラム……?」らしき場所に出た。

 私は辺りを見渡しながら少年を探した。

 周囲の人間は私を物珍しそうに見た。

 そしてざわついた。

 それでも私はそんなことはお構いなしに少年を探した。すると――、

「みろー! これっ!」

 と声がした。

「すげー! なにこれっ?」

「見たことない棒っ!」

 私は声の出所を突き止めると先程の少年が私の刀を同じくらいの年頃の子に見せびらかしていた。

「これはカタナっていうんだぞっ!」

 少年は私から聞いた単語を自慢げに言うと刀を覗き込んでいた少年が「何に使うの?」と聞くと自慢げに話していた先程の少年が「えっ! えー……」と言葉に詰まった。

 少年がしどろもどろになっていると、私は拍手をし「キミは物知りだね……」といい笑顔で少年達に近づくと少年は私を見てぎょっとした表情をしたが私は笑顔を崩さず少年の面目が潰れないように優しく助け舟を出した。

「これは刀。武器の一種なんだ。一振りで人を守ったり助けたりすることが出来る……だろ?」

 私は片目を閉じ少年に合図した。

 すると少年は私の意を汲み取り、

「そ……そーなんだっ! これは人助けの道具なんだぜっ!」と胸を張って言い同年代の子がすごーい! と言い少年をキラキラした羨望の目で見つめた。

「兄ちゃんオイラの次にすげぇなっ! 良かったら子分にしてやってもいいぜっ!」

 私は少年を見て「キミ……」と言った。

「ん?」

「武器は扱い方一つで人を傷つけるものにもなるし人を助けるものにもなる。その事を覚えておくんだよ?」

 私の言葉に少年は力強く頷いた。

その時三人ぐらいの女性が「貴方(あなた)達何してるのっ⁉」と言い子供に駆け寄り子供達を私から引き離した。

 恐らく母親だろうか?

「知らない人に話しかけちゃダメって言ったでしょっ!」

「だって――」

「それとこんな物騒なもん捨てちゃいなさいっ!」

 そういうと母親らしき女性は少年から私の刀を強引に奪うと地面に叩きつけた。

「あーっ! オイラの戦利品っ!」

「なにが戦利品よっ! あんな物騒なもん二度と拾ってくるんじゃないわよっ!」

 母親はそう言うと少年の手を乱暴に引っ張り私を睨むとスラム街の奥へと引っ込んでいった。

 私は道端に投げ捨てられた刀を拾い「じゃあカノン戻ろうか?」と言い周囲を見るとどこにもカノンがいない。

「……カノン! カノーン!」

 私は叫び声をあげるが返事はない。

(あれ? これってもしかして……)

思い返せば私は無我夢中で少年を追いかけていた。しかも、人ごみの中を。はぐれても不思議じゃない。

(マズイ。非常にマズイぞ!)

 私は急いでスラムを出て、来たであろう道を引き返したつもりだったが……。


「解らない……」

 やはり道に迷った。

更に「あれ、行き止まり」やら「こんな道あったけ?」状態だ。

私は協会から支給された貸し懐中時計を見る。

(やばい。約束の時間を十分も過ぎているっ……!)

 私は焦った。

 ここで退魔師になれなかったら私は何の為に村を出てきたのだ。

 私は不安に襲われ心細くなってきた。

 私は道端にへたり込むと頭上から「オイ」という聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 私は恐る恐る顔を上げると、

「ようやく見つけたぞ……ラファエル」

「カノン……」

 呆れた顔をしたカノンが経っていた。

カノンは私の腕を掴むと無理やり立たせ引っ張った。

「カノン……あの」

「全くスラム街になんか入り込むな。物乞いの餌食にさせられるぞっ!」

 そう言いカノンは乱暴に無言で手を掴んで歩き出した。

「早く行くぞっ! 全く約束の時間を二十分も過ぎている。元帥も怒っているだろう。私も謝ってやるから腹をくくれ……あとまた迷子になると面倒だから手を繋いでいく!」

「……」

「どうした黙って……?」

「ありがとう」

 私の言葉にカノンは顔を赤くし顔を後ろに向きぶっきらぼうに言った。

「お……お前がいないと試験が受けられないからだからな。それ以上に意味はないからなっ! 解ったら早く行くぞ。大体――」

 ぶつくさそう言いながらも手をしっかり握り足早に町の北口に向かった。

 この後私達はランディ元帥に直球で嫌味を言われた。しかし、しっかりと繋がれた手と私と私の為に必死に謝るカノンを見て「まぁ、有意義には過ごせたようだね」と言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る