SS④:【特別編】おひとり様の時間を生け贄に、彼女の前髪をオープン

 最初は通り過ぎようと思った。

 馴染みのカフェへ向かう道すがら。1人の少女が大型犬に絡まれているのを発見してしまう。


「ひ~~~~ん! サリュのウィッグ返してくださいよう!」


 サリュなる少女は、自分の着けていたウィッグを、とある家の庭、フェンス向かい側にいる犬にパックリ咥えられてしまったらしい。

 犬の名はタロウ。美咲いわく、ご近所でも人懐っこさと手癖の悪さに定評ある迷犬なんだとか。

 このままではウィッグが犬小屋にまで持っていかれてしまう。焦る少女は、か細い腕をフェンスの隙間に目一杯突っ込む。

 のだが、


「あ、あれ? …………。 !!!???  う、腕が抜けないようっ!」


 アホ乙。

 泣きっ面に蜂というか、泣きっ面に犬。

 腕を必死に引き抜こうとする少女の手のひらを、タロウがレロレロレロレロレロ。


「ちょ、ちょっと!? そんなに手のひらペロペロされちゃ――、アハッ! アハハハハハ! く、くすぐったいです! アハハハハハハハハ! 息できないようっ!」

「……」


 つくづく不運な奴だな……。ウィッグ盗まれるわ、腕抜けなくなるわ、手のひら舐められ続けるわ。

 仕方ない。

 凄惨な事件が発生中の現場に向かい、少女の隣へとしゃがみ込む。

 そして、フェンス向かい側にいるタロウへと魔法の言葉を詠唱。


「バルス」


 刹那、タロウの身体がビクッ! と大きく跳ね上がる。さらには、『ウィッグ咥えたり、手のひら舐めてる場合じゃねぇ』と、その場で伏せポーズ。

 バルス。『これ以上、イタズラするなら今日のエサは抜きですよ』という意味らしい。よくタロウに絡まれる美咲を救うために、ここの飼い主さんが使用する言葉である。


「小屋へ戻れ」と手払いすれば、一定数の満足値を得ているタロウは、尻尾をブンブン振りつつ犬小屋へと帰って行く。聞き分けは良い。


「し、死ぬかと思いました……」

「ほら。今の内に腕を抜け」

「ど、どもです……」


 フェンスの隙間を少しだけ開けてやり、その隙に腕を引き抜くことに成功。

 ようやく五体満足に身体を動かせるようになった少女は、大きく深呼吸したり、手を閉じたり開いたり。

 さらには、ふにゃりと安堵の笑み。


「これほど空気の美味しさと、腕が自由になった喜びを感じたことはありません」

 囚人かお前は。

「あ、危ない所を助けてくださり、ありがとうございました!」


 深々と頭を下げてくる少女は、中々に個性的なナリをしていた。シャンパンゴールドの髪色に真っ白な肌。それだけ見れば、どこか異国の血が混じったハーフの人。

 しかし、ただのハーフではない。

 長いのだ。前髪がとてつもなく。

 両の瞳が見えないくらい長い。小柄な背丈や人見知りでオロオロする姿も相まって、犬の種類まで覚えてはいないが、前髪のやたら長い子犬にさえ見えてくる。タロウに絡まれるのも頷ける。

 総評、ちんちくりん。


 とはいえ、己が正しいと思ってやっているのだ。コチラから言うようなことは何もない。

 むしろアイデンティティを持ってやっているのなら、胸張って続ければいい。

 決してツッコむのが面倒とかではない。知り合いの金髪ハーフだけで、もうお腹いっぱいですとか考えてない。ケッシテ。

 一件落着したし、「それじゃ」と会釈して立ち去ろうとするのだが、


「あ、あの……!」

「ん?」

「つまらないものですが、コレをどうぞ!」


 手持ちのアイテムで一番喜んでくれそうなモノを俺にくれるのだろう。

 少女が渡そうとしてくるモノは大きな飴玉だった。

「コレっぽっちで申し訳ないのですが……」と少女は恐縮しているが、おとぎ話の鶴や亀のような大層なプレゼントをもらうより、これくらい可愛げあるプレゼントのほうが身の丈に合っている。双方が気兼ねなく結末を迎えられるとさえ思える。


「それじゃあ、お言葉に甘えて」と告げれば、受け入れてくれたことが余程嬉しいのか。少女は「はいですっ♪」と柔和な笑みを浮かべる。

 喜ぶ少女の手から飴玉をありがたく頂戴しようとする。

 のだが、


「……やっぱ要らない」

「ええっ!?」


 喜ぶ顔をブチ壊したのは謝る。

 けど、仕方ないじゃないか。気付いてしまったのだから。

 その飴玉を載せる右手、ついさっきまでレロンレロンに舐め回されてたじゃねーか……。

 本人はそのことを、すっかり忘れているようで、


「ど、どうしてですか!? 知らない人からモノを貰っちゃダメだからですか!?」

「いや、そうじゃなくてだな――、」

「サリュは怪しい者じゃありません! ちょっと人見知りが激しいだけですっ! 日々、未来の旦那様のために、花嫁修業する普通の高校2年生ですっ!」


 めちゃくちゃヤベー奴じゃねーか。

 というか、コイツ俺より1コ上? 

 中学2年生じゃなくて?

 弁明する余地さえ与えちゃくれねー。少女が俺に飴玉を渡そうと大接近。


「ささっ! この飴ちゃんを心置きなく受け取ってくださいっ!」

「要らん! ヨダレまみれの手で触ろうとするな!」

「サ、サリュはヨダレなんて垂らしてませんよ!?」

「お前じゃなくて犬のだ!」

「サリュは人間ですっ! 確かに子犬っぽいとよく言われますが!」


 駄目だ、脳と耳が壊れてやがる。

 上下関係などクソくらえ。ヨダレまみれの手に触れてたまるものかと、少女の頭をガッツリキャッチ。

「ふにゅうぅぅぅう~~~~……!」と奇妙な声をあげて迫り来る生物を、どう処理するか考えていた矢先だった。

 少女の額と一緒に、前髪をたくし上げてしまっていたことに気付いてしまう。


「……オッドアイ?」


 カラコンだろうか。左右の瞳の色が異なり、碧眼と金眼がコンニチワ。

 また1つ変わった設定が増えやがったと思ったが、それは一瞬。

 チンチクリンだと思っていた生物の素顔が、とてつもなく美少女だったから。

 パーツの1つ1つがくっきりしていて、あどけない童顔を一層華やかなものに。

 アイドルグループのセンターにいても不思議じゃないし、「髪が長い理由は一般市民に身バレしないため?」とさえ想像してしまうほどのレベルだった。


 俺の呟きに対し、必死になっていた少女も、やけに自分の視界がクリアになっていることに気付いてしまう。

 次いで、飴玉を握っていない左の手で前髪の有無を確認。


 さすりさすり。さすりさすり。

 いくら手を滑らせても、触れることができるのはデコだけ。

 しまいには、少女の顔がゆっくりと上がっていき、俺へと視線を合わせる。

 左右色違いの瞳で俺を見つめてくる。

 ん? 舌を出し始めた?

 アッカンベーってこと?

 ではなかった。


「は? !!! お、お前何やってんだよ!?」

「~~~~~~~~っ!」


 素顔を見られたから? オッドアイを見られたから?

 分からない。分からないが、少女が力強く舌を噛みちぎろうとし始めたではないか。

 人見知りが激しい奴って、窮地に立たされると自害するのか?

 なわけあるかい。


「どわぁぁぁぁぁ! 人前で死のうとするなぁ!」

「何やってんのよ、前髪お化けは……!」


 近年稀に見る大ピンチを救ってくれるのは、駆けつけてきた見知らぬ男女2人。

 ギターを背負った女子が「迷惑掛けてゴメンねー」と俺に手を合わしているうちに、片方の男子が手慣れた手つきで少女を担ぎ終える。

 3人がフェードアウトするのは、あっという間の出来事だった。


 俺の今の気持ち。

 未知との遭遇……?

 うん……。過去のことを振り返るのは止めよう。

 答えが分からないものを考えるのはナンセンスだと、喫茶店目指して歩き始める。

 とりあえず、二度とアイツに会いたくねぇ。




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‐あとがき的な‐

「サリュって誰やねん」という読者さんはゴメンなさい! 

サリュとは、おひとり様の前作にあたる『俺の青春を生け贄に、彼女の前髪をオープン』という作品のヒロインです。

「春一と絡ませたら、どうなるかな?」と思いつつ書いてみました。

前作を未読の方が殆どだと思いますので、2作品の時系列はふんわりさせています。


前作のあらすじが記載されたページのURLを貼っておきます。試し読みもできるので是非是非。

https://kimirano.jp/detail/11177

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