SS③:クイーン×料理=キラークイーン

 放課後。まだ読まぬ面白い本を発掘すべく、書店の新刊コーナーにて本を物色中。


「げっ……! 姫宮……!」

「あ?」


 振り返ればギャルがいる。

 俺らクラスのカーストトップに君臨するクイーン、遠藤比奈えんどうひな現る。


 いつもなら、「リーフシールド搭載ですか?」と聞きたくなるくらい取り巻きが周囲をぐるんぐるん回っているイメージがあるが、今は1人。

 武器エネルギーがゼロでシールドが出せないのだろうか。俺がエネルギーを落とすまで何度も滅し続けるのだろうか。


 というわけではないらしい。察するに、誰にも知られたくないモノを遠藤は買いに来たようだ。その証拠に手に持っていた本を死んでも見られたくないと背中に隠蔽いんぺい

 コイツも大概アホだよな。声を発しなかったら、俺は気付かなかったというのに。


 何を買いにきたかは知らんが、アドバイスくらいしておこうではないか。


「遠藤よ」

「な、何?」

「18禁の本は店員さんに止められ――、」

「エッチな本なんて買おうとしてないんですけど!?」


 違いましたか。てっきりエロ本かと。

 エロ本と思われるよりはマシだと、遠藤が隠していた本を突き出してくる。

 その本のタイトルは、『ゼロから始める料理生活』。

 何その異世界転生しそうなタイトル、と思ってしまうが、ごく一般的な初心者にも優しい料理本っぽい。


 遠藤が料理、か。

 魚のぬめりを取るために洗剤垂らそうとしたり、金属タワシでゴシろうとする奴が料理ねぇ……。

 料理が上達したい理由は、やはりゾッコンLOVEな波川俊太郎のためのようで、


「俊太郎って、もうすぐ大切な大会あんじゃん?」

「ほあ」

 知らんけど。

「大会の日は、ヒナが精の付くお弁当持って応援行きたいじゃん? ……そ、それで胃袋も掴めたらいいなって……」


 精の付く弁当=生を奪う弁当

 胃袋を掴む=胃袋を握り潰す


 波川よ。お前の対戦する相手は、もっと身近に潜んでるみたいだぞ。

 遠い目をしていたのがバレてしまい、遠藤はキレたというか、照れがMAXになったというか。


「わ、笑うなら笑えばいいじゃん! ヒナが料理の勉強するなんておかしいって!」

「俺は笑わないぞ」

「え……? 本当に?」

「おう。だって言うほど面白くないし」

「お前、マジ何なん!?」


 マジギレ遠藤、超ウケるー。

 人の生き死にが関わってるのに、笑えるわけねーだろ。

 自慢のふわふわパーマが逆巻きそうなくらい、おっかない状態の遠藤。触らぬギャルに祟りなし。


「おかまいなく」と会釈を終え、今一度、本棚へと視線を戻す。

 さて。骨太なSFモノを読み終えたばかりだし、サクッと楽しめるショートショートみたいなのが今回は読みたいかな。


「ねえ」


 まだいたのか、この人。

 てか、目を離したうちに俺との距離が近くなってる?

 何故?


「……ヒナが明日、お弁当作ってくるから食べてくれる?」

「…………。は?」


 明日、死ねってこと?

 ゾッとする俺に、「か、勘違いしないでよね!」と遠藤は分かりやすく大慌て。


「俊太郎には美味しい料理を食べてもらいたいから! だから、納得できるものが完成するまで姫宮に味見してもらいたいだけ!」


 味見してもらいたい『だけ』……?

 人の命を何だと思ってるんだコイツは。


「俺なんかじゃなくて、お前の友達に犠牲――、味見してもらえばいいじゃないか」


「犠牲って言うなぁ!」と騒ぎ立てる遠藤は、俺の命日を1日早める可能性大。

 しかし、寸でのところで思い留まる。『落ち着け、まだ怒り狂う時間じゃない』と深呼吸を繰り返し、平常心を取り戻すことに成功。

 自慢のカールされた毛先をクルクル指でいじりつつ、心中を吐露する。


「姫宮なら、今みたいに自分の言いたいことズケズケ言うでしょ? 夢乃や芽久たちに味の感想聞いても、気を遣わせちゃうだけだと思うし。それに、」

「それに?」

「これキッカケで、またギクシャクとかしたくないし……」


 へー。

 驚いたな。あのワガママ姫が、友達のことを考えているのだから。

 洞ヶ瀬うろがせと大喧嘩したようなことは二度としたくないと、遠回しに言っているのは明白。


 ふと、人差し指に注目してしまう。指の先端には絆創膏が巻かれており、包丁で切ってしまったのだろうか。理由は定かではないが、きっとそうなのだろう。

 口ばかりで文句しか言わない奴だと思っていた。けど、好きな男のため、仲の良い友のために密かに練習しようとしている。

 遠藤の評価を見直す必要があるようだ。


「分かったよ。しばらく、お前の練習に付き合う」

「ほ、ほんと!?」

「嘘で良かったら嘘でいいけど」

「そ、そんなことないっ! 約束! 約束だかんね! っ♪」


 嬉しいのは分かったから、人の肩をぐわんぐわん揺らすのは止めていただきたい。

 あと、最初から弁当はハードルが高すぎるのでお控えいただきたい。


「まずは弁当じゃなくて、レモンのハチミツ漬けとかがいいんじゃないか?」

「レモンのハチミツ漬け?」

「おう。疲労回復に良いらしいから、大会の日に持っていけば波川も喜ぶだろ」

「!!! それいい! 超超超~~~~っ、名案♪」


 自分でも超名案だと思う。俺の生存確率が大幅UPしたから。


「いいか? 『レモン』を『ハチミツ』で漬け込むだけだからな?」

「そ、それくらい分かってるんですけど!」


 お前の場合、浅漬けのもととかホルマリンで漬け込みそうだから恐ろしいんだよ。

 遠藤はやったるで! と、料理本を抱きしめて殺る気――、失礼。ヤル気満々。


「それじゃあ、ヒナはスーパー寄って帰るから。明日の朝、楽しみにしててね~♪」

「食べるのは放課後がいい」 

「お腹壊す前提とか、超心外なんですけど」


 俺のたった一言を理解できてるとか超すごいんですけど。

「男なら黙って食えし」と舌を出す遠藤が、ようやくレジへと身体を向ける。

 最後、俺に背を向けつつ言うのだ。


「その……、協力してくれてありがと……」


 以降は別れの挨拶も告げずに走っていく。

 普段から自由奔放なクイーンなだけに、少しだけの感謝がとてつもない殺傷能力を付与させてしまう。全くを以て世の中、不平等である。


 遠藤の存在が見えなくなったので、ポケットからスマホを取り出す。そのままLINEを起動。

 料理のエキスパートである美咲に送るメッセージを打っていく。


【姫宮春一】遠藤にレモンのハチミツ漬けのレシピを教えてやってくれ。

      頼むから、ちゃんと教えてやってくれ。


「美咲さん、頼んます」と画面越しに祈りを込め、送信。

 送信後、胃をさすらずにはいられない。


「胃薬買いにいかないとな……」


 できることなら、無限1UPで俺の残機を増やしておきたいくらいだ。

 はたして、遠藤が料理をマスターする日と、俺の胃袋が死滅する日のどちらが早いのか。


 遠藤がハチミツとメープルシロップの区別がつかなかったのは、また別の話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る