第14話 眼鏡の僕



 落ち着きを取り戻せたその日からは落ち着いた日々を過ごせていた。電車であのふたりに会うこともなく学校生活を送り家に帰っては夜にいつもどおりマドとメッセージをやり取りする。そんな日々に。ただ僕が気付いたマドへの思いは表に出すことはなく。

 けれどマドへの思いに苦しむことは別になかった。一目惚れの彼女のときのように。マドから気になる人がいると聞いてはいるけれど焦ったりすることもなかった。なんというかマドが幸せならどんな形でも良いなんて思えていて。たとえ僕が離れることになったとしても。

 好きにも違いがある? なんでだろうと考えるときもあったけど考えてもわからないし好きなものは好きでいいかと次第に悩むことを止めていた。


 順調に過ごしていた学生生活も一学期がもうすぐ終わり夏休みがやってくる。ということで学期末テストが待っていたのだけれどなんとか無事に終えることができた。

 今日も学校が終わり一学期もあと数日かと思いながら電車に乗り込み家路へと向かっていた。電車にひとり乗りながらそういや智也も赤点はないと喜んでいたなと少し思い出し笑いをしていると


「あれ? 山下くん? ひさしぶりだね? 」


 と女性がいきなり声をかけてきた。誰かと思いその女性を見てみると中学時代同じ学校で同じクラスにもなったことのある山崎 寧々やまさき ねねがそこにいた。そういや学校は一目惚れの彼女と同じ女子校に行ってたなと僕は思い出す。


「山崎さんこそひさしぶり。というかよくわかったね? 僕のこと? 」


 と僕は眼鏡を掛けていない自分を気付かない人の方が多くよく僕に気付いたなと不思議に思い思わず言葉に出た。


「ん? あっそういえば眼鏡かけてないね? ごめん。今気付いたよ」


 と見当違いのことをいう山崎さん。というか後で気付くのがそっちかと僕は少し可笑しくなる。


「いや眼鏡かけていないとどうも僕ってわからない人多くてね。だからよく分かったなと思ってね」


 と僕がそう言うと


「うーん、なんでだろね? わかんないけど山下くんって分かったのは確か……理由はやっぱりわかんないや」


 と笑う山崎さん。


「いや分かってくれる方が嬉しいから良いんだけどね。って会うの1年ぶりくらい? 」


「そうだねえ。中学のクラス会で集まったときが最後かな? 」


「無理やり智也に引っ張られて行ったな……そういえば」


「智也くんと山下くんほんと仲が良いよね」


 と山崎さんはそう言って笑っていた。


「でもなんで眼鏡止めたの? 多分コンタクトだよね? 」


 そんな中山崎さんが眼鏡を止めた理由を尋ねてきた。ちょっとさすがに理由は言えないので


「うーん、ちょっと嫌なことがあってね。ある人から眼鏡外してみたらって言われたから。気分転換にやってみようと思ってね。でそのままって感じ」


 と僕は曖昧ながらもその問いに答えると


「そっか。やっぱりいろいろと悩みはあるわよね」


 と山崎さんはそう言った。けれどすぐに


「んー。私は山下くんは眼鏡のほうが似合うと思うけれどね」


 と今まで僕が聞かなかった言葉を山崎さんは発した。眼鏡のほうが良い? 


「うーん。今までコンタクトのほうが良いって言われたことはあるけれどそう言われたのは初めてだな」


 と僕は困惑しながらもそう答えた。すると


「なんて言うのかなあ。山下くんらしさ? があるんだよねえ。でもね、理由を聞かれても私答えられないから質問は禁止! 」


 そう言ってまた笑う山崎さん。理由がわからないと連呼する山下さんはもしかして本能というか感覚で感じる人なのか? なんて思ってしまった。




 けれどこの山崎さんが放った言葉は僕にとってとても嬉しいものだった。

 だって変わる前、以前の僕を肯定されているような言葉な気がして。コンタクトで変わったと言われる度になにか違和感があったのは以前の僕が無くなっていくようなそんな気がしたからかと気付かせてくれるものだったから。



 

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