9.フミの責任

 温かな雫が、したたり落ちる。

 振り向くと、フミが大きな涙の粒を、とめどなくこぼし続けていた。

 あの時と同じだ。夏祭りの後、私を手放したフミはこんな風に泣いていて……私はそう、こうやって涙をそっとぬぐってあげる。

 まるで、私が迷子の彼女を見つけたかのような絵だ。

 彼女は私の胸に、深く顔を埋める。眼鏡が刺さって痛いぐらい、なんだ。

 私は……もっと大切なものを、見つけたんだ。

「バルゥ……」

 不意にそこへ降りかかってきた声に、はっと声を上げる。

 バルバロイだ。おどけた仮面のバルバロイたちに、ぐるりと取り囲まれている。

 キョウヤが再び剣を構えながら、私の前に立ち……それでも気圧され、後ずさる。

 シセインが、泣きそうな顔で後ろからすがりついてきた。

 取り落としそうになっていた剣を、私はまた握りしめる。

 しかし……の手を、フミが力を込めて、押しとどめさせた。

「フミ……サマー」

「フミサマー……」

 バルバロイたちは、斧を持つ手をだらりと下げたまま、口々に声をかけてくる。

「カエリターイ?」

「オウチ、カエリターイ?」

 その声に、邪気はまるで感じられない。

「これは……?」

「言葉を教えたら、なんだかなつかれちゃって……」

 フミはようやく泣き止んで、穏やかな声でそう答えた。

「だったら……」

 声がした。アリデッドが息を切らせ、汗だくになりながら、こちらにゆっくり歩いてくる。

「彼らの教育係として、条約機構への『協力』をしてもらおうかな?」

 全身に細かな傷をさらしてはいたが、大きな怪我は負っていないようだった。軽口のように告げながら、フミに向けて笑みかける。

「……はい!」

 フミは強く答えるなり、すぐさま立ち上がって、怪我を負ったバルバロイたちに『手当て』をかけてまわりだした。

 シセインも泣きながら、アリデッドにすがり寄って『手当て』を施す。

 フミはきっと、これから彼らのためにいろいろ手を焼くことになるのだろう。

 でも……彼女なら、上手くやれると信じている。

 こんな私の世話焼きを、ずっと続けてきたのだ。

 それに、フミに責任を負っている私も、それを手伝うのだ。

 私もすぐにフミのそばへ駆け寄って、彼女が作業をしやすいよう、手を貸してあげる。

 まずは、腹部に傷を負ったまま伏せているバルバロイを助け起こそうとする。だが……体格の差が大きくて、私の腕の力ではちょっと足りない。

 ミラ様の助力を念じようとしたところで……そこにキョウヤが駆けつけ、私に手を貸してくれた。

 そうだ。その私には、ミラ様と、それにキョウヤもいる。

 アリデッドも、愛のためになら、黙ってなどいないはずだ。その奥さんになるポーラも、絶対に。

 空の雲間から、太陽の光が斜めに射し込んで、美しい筋を描いている。これをたしか……『天使の梯子はしご』と呼ぶのだと聞いた。

 ミラ様が、その梯子の上から見守ってくださっている。

 私は、その御加護のおかげで、大事なものをこの手に取り戻せた。

 ミラ様がそっと目を閉ざし……それとともに、空からの日射しが、いっぱいに広がりだす。

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