8.私の守護テンシ
間合いを十分に取りながら、私はフミの正面にふわりと降り立つ。その様を見ても、彼女は下がりきった眉根を動かそうとしない。
キョウヤとシセインは、まだこの場に来そうにない……途中でバルバロイの足止めを受けているのだろうか。
ならば、私が決着を付けないと。
剣と銃を、ともに腰にしまい直す。そして彼女に向けて、頭を下げながら片膝をついて、空いた両手を広げて地に向ける。
「フミちゃん……迎えに来たよ。いっしょに、帰ろう」
優しく声をかけてもみるが……彼女はただ、目を伏せて首を横に振るばかり。
その首には、いつか私も着けたことのある、白い首輪がはめられていた。
「私……もう、戻れないよ。この手、汚れ過ぎちゃった」
彼女の両脇に、魔法の書物が次々に浮かび上がる。二、四、六冊。ページが開かれ、その上下に光の刃が生えていく。
巻き起こりだした風に、足下の白い花たちがざわめいている。
「まだ……まだだよ、フミちゃん!」
「沙織……ごめん!」
叫びと共に、書物たちが舞い上がり、飛びかかってくる。
今だ! 私は上体をぐいと前傾させ、両手首を地面に押しつけ、足を強く踏む。
クラウチングスタートのこのポーズで、ブレスレットとシューズが生み出す力をすべて後方に集める。花びらを舞い散らせ、私の身体が勢いよく前方へはじき出された。そして、間一髪、地面に突き立つ書物たちをかわした!
そのまま疾走の姿勢を取り、彼女の周りを旋回しつつ銃を抜き取る。
フミは『ポーチ』の魔法で一冊の書物を取り出すと、両手の内側に抱えて開いた。その両面のページから、魔法の雷が、次々と撃ち出されてくる。
剣ではなく書物なのは予想外だったが……対応できるように、特訓してある。私は背中を押してくれるミラ様の姿を念じて、さらに加速して、彼女の雷をかわしていく。
そして両手で銃をかまえ……フミの背後に回ったところで、狙いもそこそこに、引き金を絞る。
(魔法は、生命に引かれる。だから、銃口で狙うのではなく、相手を意識する!)
フミが、銃撃を防ごうとして、とっさに両腕で上体を覆う。
しかし、狙いは彼女自身ではない。
フミがその膨大な魔力で操っている、光の刃を持つ書物の方だ。
高い魔力は、互いに引かれ合う。再び宙に舞いだした書物たちを、私は次々に打ち落としていった。
引き金を絞るたびに、私の腕からは生命の力が抜けていく。そこに……ミラ様が手を添えて、力を貸してくれる。
書物を全て打ち落としたところで……今度は、フミちゃんの存在を強く意識して、一回だけ、射撃!
それは、彼女の頭部を護るクラウンを光らせるための一撃だ。威力は極限まで絞ってある。
フミが、目の前ではじけた光と衝撃に、身を縮こまらせた。
今だ!
私はキョウヤと重ねた特訓のとおり、銃を左手に渡すと、彼女に向けて加速! 正面からひと息で間合いを詰めて……その小さな身体を、力いっぱい、抱きしめた。
時間が、止まった。
「フミちゃん……終わりにしよう」
アンロック。
目を見開いている彼女の首に右手をまわし、白い首輪を外してあげる。
「さお……り……」
色白の細い肩が、震えている。力を失い、地に尻餅をついた彼女に合わせて、私も一緒に座り込む。
私たちはそのまましばらく、花畑の中で抱き合っていた。
「許して……くれるの……?」
「親友、でしょ」
彼女の心に差し込んだ鍵が、確かな手応えを返してくれていた。
アンロック……。
私たちそれぞれの肩に、ミラ様が優しく手を置いてくださっている。二人は一緒にその温もりを受け止めて、そっと瞳を閉じようとした。
その時だ。
「そうはいかないよ」
割って入ろうとする、少年の声……アルティールだ。
彼は黒光りする剣を抜き放ち……私たちの間に向けて、振り下ろそうと……。
「やめろぉぉ!」
背後から飛んできた魔法の雷が、その剣を弾き飛ばした。
そして、強く叫びながら私たちの前に躍り出たのは、剣を手にしたキョウヤだった。
「彩織を守る! 俺が……俺が『天使ミラー』だ!」
その声を聞いた瞬間。私の、全ての記憶が蘇った。
あの日。私は男子のいじめっ子たちに引きずり倒され、地面に転がっていた。
膝からたくさんの血が流れていた。痛みのあまり、走り出すこともできないでいた。
そして、それまでずっとこらえてきた涙を、ついにひとしずく、見せてしまった時。
一人のおじさんが、私の前に立ちはだかったのだ。
「お嬢ちゃん、疲れちゃったよねぇ……。おじさんと一緒に、楽になろう……?」
そして、その手の中に、きらめく刃物を握りしめる……。
その時だ。
私の前に、一人の少年が飛び出したのだ。
そして、彼は私に向けて、こう叫んだ。
「大丈夫だ……お前には『天使ミラー』様がついている!」
その少年のおかげで、私は傷ひとつ負うことなく済んだ。
代わりに……少年は、額に深い傷を刻み込まれた。
その事件をきっかけに、私は転校し……そしてフミに出会った。私は幸せな日々の中で、自分を助けてくれた少年の記憶を徐々に失っていく。代わりに、一緒に産まれるはずだった妹に、その勇姿を重ねていきながら……。
「ブースト……!」
遠くから、シセインの声が響く。それに合わせて、キョウヤの剣が魔法の光を帯びた。彼の周囲に風が吹き荒れ、マントがはためく。そして額の長い髪が跳ね上げられて、額の傷があらわにされた。
私がシセインにお願いした作戦の通りだ。
『私が居ない時、動けない時は、キョウヤを助けてあげて』
私はそう助言したのだ。それだけのことで、彼女はちゃんと動けるはずだから。
キョウヤの光る剣が、アルティールに鋭く突き立てられる。絶叫と共に、血が勢いよく噴き出す。ヤツはのけぞって、醜く身をよじり、激しく悪態をつきだした。
ヤツはその身に深く剣を射し込まれながらも、その柄にすがるキョウヤをもろともに引きずって……こちらへ向けて、強引に歩み寄ろうとする。
「この世界は……! あの灰色の、目玉が作った……!」
そんな妄言に、耳を貸してやる義理など、ない。
私はフミの首筋に回していた右手を離し、ぎこちなく左の腰の剣を抜こうとする。
身を寄せ合う私とフミの、ちょうど間にかけられた手が、あせりのあまり、震えだす。
その手を……フミが、つかんだ。
拒絶ではない。手を添えて震えを鎮めさせ、一緒に剣を引き抜いてくれる。
二人の間から、抜き放たれる剣。私たちはそれを返して、ヤツに向けて突き出し、互いの手をしっかり握る……そこに、背後からミラ様がそっと手を重ねた。
「ブースト!」
さらにシセインの支援魔法。剣が、その身に輝きをまといだした。
「走れ!」
私たちは声を合わせて、命じた。
輝く剣から、激しい稲妻がほとばしる。
光は真っ直ぐ突き進みけ、空気を裂いて
ヤツは吹き飛ばされながらカッと目をむく。その身体を、キョウヤが握ったままにしていた剣で引き裂いた。
ヤツは血を吐いて、仰向けに花畑の中に身を沈める。
それきり、沈黙。
鼓膜がしびれて、全ての音が感じられない。
だが……ヤツはもう、動きだすことは、なかった。
キョウヤがその場にゆっくり、膝をつく。その音すらも、聞こえてはこない。
その静寂の中で、私とフミは、お互いの命を確かめるために、しかと抱き締めあっていた。
白い花たちが、私たちを優しく包みながら、穏やかに揺れていた。
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