6.最後の特訓
そう……文明や技術、そして剣もまた、怯えたり嫌ったりしていてはダメなんだ。
私たちがいつも訓練に使っている講堂へ向かうと、今日もキョウヤが魔法の訓練に励んでいた。
剣の先から、魔法を吸収する水晶球に向けて、魔法の雷を撃ち出す。さらに続けて、二発目、三発目。
以前に見た時よりも、格段に上手くなっている。
熱心に訓練を続けられる彼に、思わず感心してしまうが……それを実戦で使いこなしてもらうためには、あと一押しが必要だろう。
「キョウヤ……いい? 付き合って欲しいの」
「え……!」
驚いて振り向き、顔を赤らめた彼に、私はあわてて言葉を付け足す。
「特訓よ、特訓! フミちゃんを取り戻すための!」
「そ、そうか……」
気まずそうに頬をかく姿を無視して、私は二度目の外出実習で手に入れたスケッチブックを開いて差し出す。
「キョウヤが魔法を撃つ姿を見ていて、ちょっと思いついたの」
「……見ていてくれてたのか、ずっと」
「だから、勘違いしない!」
たしなめながら、昨晩のうちにスケッチブックに描いておいた図を順に示していく。
「当たっても痛くないように、光だけを撃ち出す魔法もできるのよね?」
「あ、ああ。それを……かわす訓練?」
「そう。私がこの宙に浮くシューズで……こうして飛び回って……」
ページをめくりながら説明をしていくと。最後のコマを目にして、彼はのけぞって顔を真っ赤にさせた。
「そ、それって……!」
「フミちゃんを助けるためよ! 力を貸すって言ったでしょ?」
「でも……それはさすがに……」
「妙なところで恥じらうな! 私がいいって言ってるの!」
その後もぐずり続ける彼をなんとか説き伏せ……私たちは、次の戦いのための『特訓』を開始した。
シューズとブレスレットに念を送ると、私の身体が宙に数センチ浮き上がる。両腕を軽く開いて力を込め、前に進めと念じると、少しずつ前進がはじまる。最初はきわめてゆっくりだが、念を送り続けると、どんどん加速していく。左手を下ろしたまま、右手のブレスレットを持ち上げると、左に旋回。
この動きを身につけるまでに、私は何度も何度も、宙をのたうった。車とかバイクの免許なんて持ってないから、足を使うことなく高速で前進する感覚に、ひどく戸惑いもした。だけど……慣れてしまうと、風を切りながら宙を舞う感覚は、この上なく心地よい。
「遠慮無く撃ってきて!」
声を掛けると、キョウヤがためらいながら、光のつぶてを投げつけてくる。
魔法は、生命に引かれる。光のつぶては容赦なく私を追いかけ、降り注ぐ。
私はそれを、旋回しながら飛び回ることで、かわそうとする。
ダメだ……まだスピードが足りない。もっと、もっとだ……。腕と足にさらに魔力を送り込む。
そして、私の背を押すミラ様の姿も念じてみる……その瞬間、私の飛行速度が格段に増した。
「よし、かわせた!」
キョウヤの魔法を、かわせるようになってきた。この速度なら、いける。
「しっかり私を意識して!」
うっかり口にしてしまった言葉に、彼がまた
今度は、旋回を続けながらキョウヤに近付いて……。
「……できた!」
「……やったな」
私たちがそう叫んだ、その瞬間。講堂の重い扉が、音を立てながら開かれた。
そして聞き覚えのある、シセインが小さく悲鳴を上げる声。
「……あ」
振り向くと、講堂に入ろうとしていた彼女が、あわてて逃げ出す姿がちらりと見えた。
「いけない、勘違いさせちゃった!」
その時の私は……キョウヤの身体を、きつく抱き締めていたのだ。
「え……と……」
「ごめん、行ってくる!」
顔を赤くして硬直しきったままのキョウヤを置いて、私はシセインの後を追う。
シューズで宙を舞いながら、壁際のテーブルに置いていたスケッチブックをかっさらい、開きかけだったドアの隙間をくぐり抜ける。
彼女は渡り廊下の先にあった階段の裏で、膝を抱えて座り込み、めそめそと声をこぼしていた。
「あんなタイミングで……私、ダメだなぁ」
「違うの、シセイン、違うの!」
駆けつけながら声を掛けると、彼女はまた「ひっ」と声を上げた。
「ごめんなさい……邪魔……しちゃった……」
「そうじゃなくて……特訓なの、誤解なの!」
それから時間をかけて彼女に事情を説明して、落ち着かせるのがまた大変だった。
「そう……だったんだ。サオリは……がんばって……」
「そう。だから、気にしないで! それより……シセインにも、頼みたいことがあるの」
ずっとうつむけていた顔をわずかに上に向け、彼女は不思議そうな顔を向けてくる。
「シセインの、あの剣を強くする支援の魔法。あれ、とても素敵だと思うの」
「そ、そぅ……かな……」
「そうよ! 洋館では、あの魔法に助けられたの!」
力強く言い聞かせ、励ましてあげると、彼女は顔を赤くして照れてみせる。
「サオリの力に……なりたくて……」
言って、彼女は両手の指を付き合わせながら、なにかを口ごもる。
「ぁ、あの……。きいて、サオリ」
なんだろう。まずは彼女の言葉を聞いてからにしようと、耳を近づけると、彼女は首をすくめて、力を込めた後、こんな事を口走った。
「私、サオリが……好きなんだ!」
「……え」
「ぃゃ、そうじゃなくって……その……。サオリは、私を助けて、ご飯食べさせて、守ろうとしてくれた」
伏せた顔に潤んだ目を浮かべながら、わずかに涙にかすれた声を紡ぐ。
「でも、それだけじゃなくて。サオリは……ちゃんと自分が信じるべきものを、信じ抜いてる。私、神官のくせに、神様へのすがり方も上手くなくって。でも、サオリは、ミラ様に支えられながら、ちゃんと立つことが出来ている。それがとてもまぶしくて、好き」
そこで彼女はしおらしく目を伏せた。
「だから……こないだは、信じてないせいかも、とか言っちゃって……ごめん。サオリはどうか、ミラ様のこと、信じ抜いて……」
言い切る頃には、彼女の目尻に小さな雫が宿りだしていた。
私はそれを、優しくぬぐってあげる。彼女は一瞬だけ身をこわばらせたが、私の指が触れた瞬間に、顔を和らげた。
「……うん。私……ミラ様を、信じる。もう、迷わない」
しっかり芯の通った声を掛けてあげると、彼女はようやく、ほのかな笑みを見せてくれた。
「やっぱり、サオリは素敵だょ……」
うん、この顔だ。憂いだらけの顔よりも、シセインは上を向いてはにかんだ表情の方が、格段に魅力的だと思う。
「私、サオリのこと、好きだから……幸せになって欲しいから。だから、キョウヤに近づかないよう、頑張る……ね」
「待って待って、そうじゃなくって!」
まだ勘違いしてる、この子! あわてて取り
「シセインにさっき頼もうとしたの、そのことなの!」
「頼み……ごと?」
「そう。みんなで上手く連携を取るために!」
私はスケッチブックに描いていた、もう一つの作戦を開いて示す。
「こないだの戦闘の時……シセインは、キョウヤと一緒だったのよね?」
「ぅ、うん……。二人で、サオリを探そうとして……」
「シセインは、キョウヤとちゃんと一緒に動けるのよね? ……それとも、カルルッカで脅された時のこと、まだ根に持ってる?」
「え……? ぅ、ううん。ちょっと怖いけど……イヤじゃ、ないよ……?」
「だったら……こう……」
ページをめくり、彼女にアドバイスを告げた、その時。
「全職員に通達!」
あの時と同じ、非常事態を伝える職員の声が、廊下に響き渡った。
「カルルッカに大きな動きあり! これより緊急会議を行う! 『天星隊』は詰め所にて待機せよ!」
その声を見送りながら、不安をありありと顔に浮かべだした彼女に、私は正面から向き合って力強く訴える。
「大丈夫、上手くできるから。遠慮とかしなくていいの。自分を信じて! 私と、私の信じるミラ様を信じて! あと、ついでにキョウヤを!」
彼女はためらいながらも、静かにうなずき返してくれる。その手を引いて立ち上がらせて、私たちは足並みを揃えて歩き出した。
今度こそ……上手くやってみせる。
空気が張り詰めている。それを肩で切りながら、私は彼女とともに進んでいく。
もう、立ち止まらない。
ずっと続いていた曇り空から、静かな光がにじみだしていた。
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