5.第三のアンロック
シューズとブレスレットを抱え、逃げるようにして支部に帰り着くと、すぐにアリデッドに呼び出された。
彼の先導に従って、支部の地下まで階段を降り、大きな扉を押し開き、さらに奥の通路を進む。
「今からおよそ五百年前に、大きな戦争があったことは教えたね」
ランプを手にして先導しながら、問い掛けてくる。
「はい……たしか、科学文明と、魔法文明が衝突した」
「そう。その中で、多くの武器や兵器が開発されたわけだが……」
通路の奥には、重そうな金属の扉たちが並んでいた。その一つにアリデッドは歩み寄り、ランプを脇に置いて、複雑な形状の鍵をポケットから取り出す。
「職人の中には、変わり者がいてね。……その人物は、科学技術と魔法技術を掛け合わせようとした」
ガチリと音がして、解錠。アリデッドが力を込めて扉を開くと、中から赤い光があふれ出てきた。
「……これは、どうしたことだ」
驚きに軽くステップを踏んだ後、彼は慎重に室内に進み入る。
部屋には、小さなテーブル状の台座がいくつもあって、そのうちのひとつから
光は部屋中を満たして、通路にまであふれ、ランプの光もかすませてしまう。
そのまぶしさを腕で遮りながら、光の源を確かめてみると……それは、台座の上に置かれた、装飾の施された黒い箱だった。
……私がカルルッカの街の地下で、老人から受け取った不思議な箱。
たしか、『星渡りの術』のエネルギー源として使われて……。
「なんで、これが……?」
「ツキノ・フミ君とともに回収してね。ここに保管していた」
箱は、まったくエネルギーを失っていない。それどころか、光と熱の激しさを増している。
近付くだけで、汗がしたたりだす。
「とりあえず、これはあとで報告しよう……今は、こっちだ」
腕で目元を覆いながら、アリデッドは隣の台座に据えられていた鉄砲をひとつ、丁寧に手に取ると、私を部屋の外へと下がらせた。
「あの箱は、いったい……」
「わからない。だが、強いエネルギーを放ち続けていて……それが何かが原因で活性化しているようだ。今は、近付かない方がいい」
通路をさらに後ずさる。そのまま階段を上り始めようとした私の腕を、彼はそっとつかんで引きとどめた。
「地上に戻る前に……君の覚悟について、確認しておかなくてはならない。規則でね」
黒い箱の放つ赤い光に照らされる中で、アリデッドが私を真っ直ぐに見据える。
「これは『魔導銃』。科学と魔法の技術を掛け合わせて作られた、魔導具の銃。燃費が悪く、誰にも使いこなせなかったが……二倍の魔力を持つ君なら、扱えるだろう」
それを、使わせてくれるというのか。手を差し伸べかけた私に、彼は待ったをかけた。
「これを手にすれば……君は『あってはならない技術』を持つことになる。『科学文明』と『魔法文明』が対立するこの世界で、その両者の間に生まれてしまった、どちらの所属でもない産物。君はこれを持つことで……もしかすると、両文明から『敵』として見なされるかもしれない。もちろん、条約は中立の立場を貫くから、これを手にするなら君を護り、支持するが……」
彫りの深い顔の半分が、赤い光に照らされている。その表情は、並々ならぬ深刻な問題である事を示す。
「もう一つ……正直に言おう。この世界は、技術の進歩を恐れている。歴史と、ある意味では条約がそうさせた。その世界で、君は……この『新しい技術の結晶』を、受け取る覚悟があるかね?」
短い、沈黙。でもそれは、恐れや戸惑いのためじゃなかった。
『みっつ、文明と技術にいまだ怯える心』
老人のその問いへの答えは、すでに用意してあった。
私は言葉を心の中でまとめ、胸の呼吸を整えて、ミラ様を念じてから、強く答える。
「……文明や技術は、科学であれ、魔法であれ、新しい何かであれ……いずれも、否定されるべき存在じゃありません」
断言して、これまでたどってきた道、その間の出来事を思い出しながら、語ってみせる。
「世界につながるスマフォ、知識を授ける書物、それらを集める図書館。生き延びるための消毒、身体を温める炎、痛みを和らげる『手当て』。食を豊かにするジャガイモ、快適に過ごせる衣装、安心して眠れるベッド。足下を照らす明かり、行く道を速く進める馬車、故郷を記憶する絵画。そして……悪を討つことができる、剣。それらは、人の希望を叶え、人を幸せにできる力です。だから、怯えちゃいけない。忌み嫌っちゃいけない。ちゃんと向き合って、正しく使っていくべきものです」
星渡りの術のことはここでは伏せておいたけど、私はたくさんの科学と魔法の技術に助けられてきた。
「それに……私、魔導具をいっぱい使ってきましたから」
きっと、魔力で明かりを生むランプも、魔力のペンも、宙に浮けるブーツも、科学と魔法の技術を使っているのだろう。ならば、いまさら魔導具が一つ増えたところで、私の立場は変わらない。
「私は……その銃を、受け取ります。これが、私の第三のアンロックです」
告げて……両の手を、そっと差し伸べる。
それに深く、厳かに頷いて、アリデッドは銃を手渡してきた。
その時。
奥の部屋から強い閃光がほとばしり……大きな錠が開かれる音が、通路に高らかに鳴り響いた。
驚いて私たちが部屋の方へ振り向くと、あふれてくる赤い光が、徐々に涼やかな白い光へと転じていく。
「あの箱が……?」
アリデッドが部屋に向けて駆け出した。
なにが起きたのだろう。私も受け取ったばかりの銃をしっかり両手に構えたまま、あわてて後を追う。
アリデッドが台座の前で立ち止まり、輝く箱を凝視している。
「エネルギーの質が……変わっている」
私たちがじっと見守る中で、箱を覆っていた黒い膜が、溶けるようにして消えていく。そして、その表面が澄みきった白へと変わっていく。
さっきまでの熱は、もう感じられない。代わりに、なんだろう、ミラ様によく似た強い『圧』を、白い箱から感じている。
箱が、アンロックで生まれ変わったとでもいうのか。
「……文字が刻まれている」
「文字……?」
アリデッドは、神々しい白さを見せる箱を指先でなぞり、かすかに震える声で読み上げた。
『カルルッカの聖なる炎』
清らかな光が、私たちを照らし出す。まるで、昇ったばかりの朝日が、新しい一日を祝福するかのように。
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