4.魔法のシューズ
支部の廊下をぱたぱたと駆け、隊の詰め所のドアを開く。
そして中に居たアリデッドに向けて、元気よく報告。
「資格試験、通りました!」
机に積み上げられた書類の山と向き合っていた彼は、その報せに立ち上がって、顔をほころばせた。
「よくやった……がんばったね!」
「はい……主にキョウヤが!」
私の後を追ってきたキョウヤが、入り口の柱にもたれかかりながら、疲れた顔に笑みを浮かべてくれる。
この数日、彼につきっきりで勉強を見てもらったおかげで、どうにか試験をパスできたのだ。
「よかった……これで君は、『第二級』を扱えるようになる」
祝福してくれるのはうれしいが、正直に言うと『第二級』と呼ばれる危険な武器を扱えるようになったこと自体は、あまり素直に喜びたくない。
この資格は、深い傷の手当ての方法とともに……電動ボウガンとか、電撃を放つ鉄砲とか、波状の刃を持つ剣の扱いなどを学ぶ必要があったのだ。
どれも、人を傷つけるための道具だ。本当は私は、そんなもの使いたくなどない。
波状の刃の剣が生む傷跡のことを知った時には、思わず鳥肌が立ってしまった。
だけど……必要だから、とアリデッドに諭されたから。そして、私の覚悟を見せたかったから。私は、出来ることを精一杯してみせたのだ。
「ならば……さっそく、例の計画を進められるな」
「計画?」
アリデッドはいつもの悪戯っぽい笑みを見せて、軽くウインクしてみせた。
「新しい武器をね……用意するのさ」
「そ、それより……外出許可を、いただけますか! 半日でいいんです!」
その訴えに、彼は不思議そうな顔をしてみせた。だけど、私にとっては武器なんかより、手に入れておきたいモノがあったのだ。
強いまなざしで、ただの遊びや脱走のためじゃないことを示す。彼はゆっくりうなずくと、私のために手続きを行ってくれた。
支部を裏口から出て、バザールへ向かう道を手前で折れて……。
強く祈りを込めながら、石畳の道を走っていく。
そして……見つけた。あの日と同じ場所に、靴をいっぱい並べた露店。
水色のターバンを頭に巻いた男が、敷物の上で
「あれ、お嬢ちゃんは……」
「商談に来ました!」
叫びながら頭を下げ、先日の非礼を詫び……同時に目の端で、敷物の上に大切に据えられた魔法の靴をちらりと確認する。
テニスシューズに似たデザインの、宙に浮いて走ることが出来る魔導具。
すっかり破壊されてしまった戦闘用ブーツの代わりに、これを手に入れに来たのだ。
私は腰の大事な物入れから、ずっと大切にしまい続けてきたスマートフォンを取り出して、両手で差し出した。
「ケースも差し上げます! 足りないなら……今あるだけのお金、全部出します。どうか……どうか、お願いします!」
露店の男はそれをじっと見つめ、一拍置いてから豪快に笑い出した。
「オーケー、オーケー、お嬢ちゃん。おじさんの負けだ。コイツと交換で……持ってっていいよ」
怒られるものだと思っていた。何をいまさら、と言われて、ふっかけられて、骨までしゃぶられるものだと思っていた。
しかし彼はにこやかに笑みながら、スマートフォンを大事そうに受け取り、代わりにシューズを私の前に差し出してくれた。
「それから、コイツもだ」
シューズの上に、一組のブレスレットを載せてくれる。これも……もらっていいのだろうか?
訊ねると、シューズとブレスレットはセットのもので、両腕にブレスレットを付けてバランスを取らないと、うまく走れない仕組みなのだそうだ。
「ホントは、靴だけ買わせて、文句を言いに来たところでブレスレットを売りつける
「で、でも、なんで……?」
奇妙なほどの親切が、かえって
「覚えていて、また来てくれた、それだけさ」
「え……?」
意外な言葉に、思わず聞き返す。
「人は、あまりにせわしなくこの道を通り過ぎる。図書館への近道を探す者、人混みに疲れて休みに来る者、バザールで売られない掘り出し物を狙う者、あるいはならず者。……そしてその多くは、一度去ったら、二度とここへは訪れない」
男の澄みきった青い目は、なんだか遠い青空を映しているように見える。
「だから、こう……寂しくってね。コイツをたまたま手に入れた時、思ったんだよ。誰でもいい……俺のことを記憶して、この場所をもう一度訪れてくれるような人を見つけたら、その人の宝物と交換しよう、ってね」
言いながら、彼はスマートフォンの慣れない感触を確かめるように、手でなでまわす。
「でも、あの時はお金の勘定をしようと……」
「そりゃ、カネを取られた上で使いこなせないとわかったら、この場所をイヤでも思い出すだろう?」
だます気、満々だったんだ、この人。
「だが……おかげで、新しい商売を始められそうだよ。ああ、こりゃあ、いいモンだなぁ……ありがとうよ」
私が大事に抱え続けた、現実世界への窓。フミが心配してくれていることを最期に伝えて、息絶えてしまった、私の宝物。それを彼は、愛おしそうに眺めて、目を細める。
私は引き換えに、魔法のシューズを手に入れた。
ただのブーツの代わりなんかじゃ、ない。どんなモノより大切なフミを取り戻すため、私の新しい力にするんだ。
「また……来ますから」
励ますように、優しく声をかけると。男は、意外な言葉を口にした。
「いや、もう来てはいけないよ」
「なんで……ですか?」
「嬢ちゃん……ここは『盗賊通り』。まっとうな人が来る場所じゃない……本物の盗賊に見つからんうちに、はやいところ帰りなさい」
……はやく言ってよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます