7.初陣の馬車

 隊の控え室に集合した私たちは、今日できあがったばかりだという防具一式を着用する。

 まずは、なめした革で作った柔らかい鎧。女性用はスカート付きだ。心臓などの急所だけを固い素材で補強してあり、ロングパンツには膝当てを付ける。マントを垂らすケープに肩当てを重ねて、しっかりとしたグローブとブーツ。

 基調とする色は、私は淡いピンク、シセインは白銀、キョウヤは紺で、アリデッドは黒。戦隊がどうの、とキョウヤがつぶやいていたが、数も色彩も足りないと思う。

 私とキョウヤは剣を、シセインは杖を持ち、アリデッドは二本の湾曲した剣。

「総員、クラウンのチェック!」

 アリデッドのかけ声に合わせて、ポーラも含めた全員が、自分の頭部を強く手で叩く。その瞬間に、頭の周囲が半透明に光る魔法の膜で覆われて、手を外へ向けてはじいた。

 これが、クラウン。普段は視界を遮らず、頭部を衝撃からしっかり守ってくれる魔法の防具だ。本体は首にかけたペンダントで、強い負荷がかかりすぎると砕けてしまうらしい。

「クラウンが破損したら、直ちに馬車まで帰還するように。現場へ急行する、駆け足!」

 号令とともに走りだしたアリデッドに続いて、私たちも部屋から外へ飛び出し、支部の庭に用意された馬車へ乗り込んだ。

 最初の、実戦。訓練にかけられた時間は、あまりにも短い。だけど……ここで死ぬわけにはいかない。

 せめてフミをこの手に取り戻す、その時までは……。


 二頭の馬に引かれた、大きな白いほろで覆われた馬車が、支部の門をくぐって出る。そのまま街の中央道を抜け、目指す村へ進路を取る。

 ポーラが御者ぎょしゃとして馬たちを走らせている間に、アリデッドが今回の作戦を語った。

「我々は、皇国軍の進路上にある村で、避難誘導を行う」

 告げながら床に地図を広げてみせるのだが、馬車がひどく揺れるので、紙が暴れて内容をよく読み取れない。

 タイヤとかサスペンションとか、そういった仕組みが充実している自動車と比べると、ひどい乗り心地の差だ。道具入れを兼ねた座席に座っているだけなのに、全身を激しく運動させていると感じる。

 そういえば、現実世界にもそういうダイエット器具があったものな……。

 この様子だと、現場に着く頃には疲労困憊ひろうこんぱいしていそうだ。あとで、馬車に乗り続ける訓練を提案するべきだろうか。

 じきに、馬車の揺れ方が変わった。ニュー・アレクサンドリアの街から出て、ここからは街道を走るのだろう。

 そのタイミングを待っていたかのように、アリデッドが口を開いた。

「……正直に言おう。今回の作戦、全ての準備が十分とは言えない」

 深刻に告げる重い声が、激しい振動の中でかろうじて聞き取れる。

「村人を一人でも多く逃がすこと、それが作戦目的だが……。第一は、全員生きて戻ることとする! こうを焦るな! 交戦は可能な限り避けろ!」

 馬車の中に、緊張が走る。シセインが私の袖をそろそろとつかみ、私がキョウヤの横顔を見やる。

 その視線に気づいて、キョウヤがこちらに振り返った瞬間に。馬車の中に積み込んであった薬品箱から、赤い薬を詰めた瓶がひとつ飛び出て、馬車の中を転がりだした。

「戦場の空気を肌で感じてこい、そして、必ず生きて戻ってこい!」

 そう叫ぶと同時に、激しい縦揺れで瓶が宙に舞い、馬車の後方から外へと放り出された。

 街道に落ちたガラス瓶が、粉々に砕けて赤い液体をまき散らす。思わず皆が見つめたその音も影も、すぐに流れて視界から去ってしまった。

 私とキョウヤは、ほぼ同時に互いの顔を見合わせた。これから先を暗示するような光景に、二人そろって気まずい表情を漏らしてしまっている。

「ポーラ、飛ばしすぎだ。少し慎重に頼む」

 御者台に向けて、アリデッドが苦情を申し入れていた。


 穏やかになった馬車の揺れと速度が、やがてもう一度大きく変化する。慎重に走りはじめた馬車が細かく揺れ、木々の枝葉が幌をこする音が時折聞こえるようになった。

「街道をそれて、村の道に入ったな」

「わかるの?」

 声をかけると、キョウヤがいつもの解説を始めた。

「街道というのは、馬車や軍隊を走らせるための、現実世界でいう高速道路だ。集落を避け、できるだけ真っ直ぐ走らせる。つまり……」

 ガタン、ときた激しい揺れに、キョウヤが言葉を詰まらせる。舌をかんだのかもしれない。

「じきに目的地に着く」

 アリデッドが代わりに告げて、もう一度作戦の詳細を確認する。

「馬車は後方で待機。街道は加盟国軍が守り抜くから、住民を街道の方へ誘導する。足の弱い者、傷病者を馬車に乗せたら、住民を護衛しつつ、全員で街まで撤退する。いいな」

 告げながら、『ポーチ』の魔法で二本の曲剣を取り出す。

 私たちもそれぞれの得物えものを構えて、到着の時に備えた。

 そこで馬のいななきが響いた。馬車が速度を急に緩め、森のただ中で停止する。

「みんな、馬車はここまで」

 御者台からポーラが顔をのぞかせ、緊張しきった表情を見せてきた。

「すでに火の手が上がってるわ。遅かったかも……」

「く……。総員、急げ! 逃げ遅れた人を探せ!」

 キョウヤが真っ先に後方から降り、ほぼ同時にアリデッドが飛ぶようにして出る。

 私も後に続こうとすると、キョウヤが私に向けて手を差し伸べてきた。

「それどころじゃない!」

 叫びながら勢いよく地面に降り立つ。地に足を着くと、靴底から響いてくる強い反動。

 ……ちょっと格好つけすぎたか。

 痛みに耐えつつ、背後でシセインが降り立ったのを音と気配で確かめる。そして私たちは、アリデッドが駆けていった方へ一斉に走りだした。

 向かう先では、木々の合間にのぞく曇り空へと、幾筋もの黒い煙が立ちのぼっているのが見えた。

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