6.二倍の魔力

 私はアリデッドのあとをついて、検査室へと向かった。

 部屋に入ると、消毒液の香りが鼻をつき、清潔感にあふれた白いカーテンが目に入る。安静にするためのベッドもあって、雰囲気は保健室にかなり近い。

 魔力測定用の大きな水晶球が用意されたので、その前に座って、深呼吸をゆっくり三回。

(やっぱり血圧測定みたいだよな……)

 それから、両の手をそっと水晶球に触れさせる。

 フミはここで、ポーラが叫び声を上げるほどの記録を出してみせた。

 私は……。私は、やはり、並の人間でしかないのだろうか。

 かすかに汗ばみ、速くなりだした脈を鎮めようとして……私は、ミラ様を念じた。

 私には、ミラ様がついている。どんな結果になっても、支えてくれる。

 今もほら、ミラ様は私の両肩に手を置いて……。

「どういうことだ、これは!」

 叫び声に、はっと顔を上げる。アリデッドと、検査室の職員が、大きく口を開いて驚愕の表情を示していた。

「データと違うぞ、スカラー値はともかく、このリソース値……」

「……こんなはずは……」

 どういうこと? 私、並の魔力じゃなかったの?

 アリデッドと職員が水晶球をいじくり回し。魔導具の技師がその場に呼び出され。それからもう一度、私はもう一度ミラ様を念じながら測定を受けることになったりして。

 あれこれ大騒ぎの結果……私もまた、異常な魔力を持つ人間であると告げられた。

「……常人の倍、だ」

「二倍?」

 そう、とアリデッドはうなずく。

「そうだな、魔力を水の入ったタンクに例えよう」

 検査室の片隅に置かれた、給水装置を指しながら説明してくれる。

「水、つまり魔力は、生物が持つ『生きていたいと願う無意識』だ」

 さっきキョウヤが言っていた言葉とつながる。生気オーラって、そういうものだったんだ。

「フミくんは、とんでもない太さの蛇口を持っていた。だから、一度にすごい量の水を出すことができる。わかりやすく、強力で、そしてある意味危険な力だ。タンクも相応に大きくはあったが、すぐに水を出し切ってしまうからね」

「それって……」

 使い切ったら、死に至るのではないか。

「その危険はある。だから、しっかり訓練してからでないと、魔法はむやみに使ってはいけないんだ」

 顔に深いしわを刻み、深刻な表情を浮かべる。あの大灯台での儀式も、私やシセインは命を危険にさらしていたのだ。

「そしてサオリ君には、倍の大きさのタンクが付いている。蛇口の方も、かなり不安定なようだが、かなり大きいと見える」

「なんで……今になってわかったんですか?」

「可能性は、二つある。両方が重なっているかもしれない。一つ目は……これは、条約機構に君が属するから明かせる情報なんだがね……」

 眼鏡を光らせて、アリデッドは『重大な機密』を私に語って聞かせてくれた。

 この世界に来た人間は、多くの場合、生きる気力を失っている。

「生きる気力を?」

 最初のテストとして、外の世界へ通じる扉を開けさせるのは、そのためだ。自分の意志で、これから生きる世界を知ろうという意志を芽生えさせなければならない。

 そして、小さくて古い支部には、小さな魔力測定器しか置いていない。だいたいは必要ないから。

 だけど……フミの場合はおそらく、この世界を知りたいと願う力を、無意識に影響を及ぼすレベルの強さで有している。

「じゃあ……私は?」

 私も一応、最短記録の勢いで部屋を出たけれど。それは、この世界への興味からではない。

 死にたいとは別に思わないけど、生きたいと倍思うほど、充実した活力も持ち合わせてはいない。

「たぶん、だがね。もうひとつの原因は……」

 アリデッドはそれを口にしようとして、しばしためらった。

 なんだか、彼自身にもそれを信じ切れていない……そんな様子で首をひねり続ける。

 私の身に、いったい何が起きているというのか。

 それがなんであれ……私は私を信じ続けるし、ミラ様は私を裏切らない。

 促す言葉を掛けようと、そう思った矢先だった。

「全職員に通達!」

 廊下の方から、声が響き渡った。支部の中を駆ける職員が、大きな声を張り上げている。

「幻宗皇国が進軍を開始、近隣の村が襲撃を受けている模様!」

 遠ざかる声を耳にしながら、アリデッドの表情が厳しくなる。

「早い……」

 敵の侵攻速度がこちらの予測を上回っていた事に対してか。それとも、『天星隊』の準備が整わぬうちに出番が来たことに対してか。

「サオリ君……手分けして、みんなを集めてくれ。すぐに出ることになるだろう」

 戦争が、やって来ている。これから、飛び込むことになる。

 深く唾を飲み込むと、胸の奥に冷たいなまりのような不安を感じた。

 ミラ様……どうか……どうか見守って、御加護を……!

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