5.三つの訓練

 戦場で、助けを必要とする人たちのために活動する『天星隊てんせいたい』。

 それに属する私たちに、まず必要なモノは……体力だ。

 とにかく毎日、走り込み。ニュー・アレクサンドリア支部の広い敷地を、何周も駆け回る。

 私にとっては、ソフトテニス部で慣れている運動だ。しかし、あのキョウヤには少し辛いかもしれないな……。

 そんなことを考えながら、女性職員のポーラと、シセインと一緒に走り続ける。

 時々すれ違う職員たちの中に、私たちになんだか冷たい視線を向けてくる者がいるのを私は見逃さない。この活動、おそらく、否定的に捉えている一派がいる。

 それでも……負けてなんかいられない。

 そう思ってペースを上げようとすると、シセインが「ちょっと、待って」と音を上げた。

「あ……ごめん」

「いや……ちょっと……ちょっと、だけ……ダメ、だなぁ……」

 言いながら、その場にだらしなく座り込んでしまう。運動用に支給された衣装が、すっかり汗だくだ。

 シセインのことは、キョウヤよりも細かく気を配っていたつもりなのに……私も、ちょっと頭に血が上っただけで周りが見えなくなっちゃうな。

「少し休憩としましょう」

 そう告げるポーラも、私たちよりずっと年上だし、ずっと事務職を続けてきたというから、この世界でも体力は少ない方だろう。

 ちょうど脇に日陰があったので、みんなをそこに移動させ、水分補給を指導する。この場面になってようやく、現実世界の知識が役に立ちそうな気がする。スポーツ科学の常識を指示するという、たったそれだけの事だけど。

 それにしても……この運動用の衣装。いわゆる現実世界での体操服に似ているんだけど、同じ目的のために進化すると、どうしてもこの形になるのだろうか? それとも、一部の人類の欲望か何かが異世界にも作用しているのだろうか?

 私とシセインはともかく、ポーラはもう成人なわけで……なかなか荒い呼吸が整わない、そんな彼女の姿は、なんだか変な趣味の人を刺激してしまいそうだ。

 ……もしかして、さっき感じた職員の冷たい視線、そういう意味じゃないだろうな?

「すこし飛ばしすぎたかな」

「ううん……大丈夫。ちょっと、キツい、けど……でも、頑張る」

 彼女らしくない言葉が出てきたことに、ちょっとした戸惑いと、同時に感動も覚えてしまう。

 最近のシセインは、出会ったばかりの頃と比べて、会話の発声もしっかりしてきている。顔も前を向くようになったし、自分の意志で何かに取りかかろうとする姿勢も見せるようになった。

 私に魔法を教えた事と、あの儀式を曲がりなりにもやり遂げた経験が、上手く働いているのかな。

「サオリが、いるから……」

 ん、今なんて言ったこの子?

「ずいぶん信頼されてるのね」

 ポーラさんが、からかい気味に口にする。彼女もようやく息が落ち着いてきたようだ。

「頼りにしてるわよ、リーダー。さあ、男連中に負けないように、もう少し頑張りましょ」

 言って、彼女は私たちを立ち上がらせる。

 そうだ、シセインを気遣って歩調を合わせるのもいいけど、キョウヤに負けるわけにはいかないんだ。あの二人も、今もこの敷地のどこかを走り回っているはずだ。

 ……ところで、やっぱりこの中では私がリーダーなの?


 続いて足りないモノは、座学。

 条約機構の成り立ちから条文、守るべき事項、取るべき行動。みんな頭に入れなければならない。

 それから、条約機構の定める資格も、いくつか取得しなくちゃいけない。これが、キツい。現実世界で言うと、危険物取扱者の資格とかになるのだろうか? なんだか火薬や薬品の扱いだとか、応急手当の知識だとか、あれこれ叩き込まれる。

 驚いたのは、そのレベルの高さ。現実世界の火薬は仕組みすら知ろうとしたこともないけれど、応急手当に関しては、消毒から心肺蘇生術、包帯の巻き方、添え木の当て方、どれをとっても現実世界に負けていない。いや、そこに『手当て』の魔法も学ぶから、条約機構の技術はそれ以上かもしれない。

 勉強は正直、大変だけど……これはアリデッドの講義の後で、キョウヤに追加で家庭教師をしてもらう。この構図、カルルッカの街以来だな。


 そして最後に……武器の取り扱い。

 私とキョウヤは剣と、攻撃魔法を学ぶことになった。

 武器を手にするなんて、私の性には決して合わないと思っていた。暴力をふるって、他人に何かを言い聞かせるような人にだけは、なりたくないと願って生きてきた。

 だけど……今は、そうじゃないって言える。

 アイツからフミを取り戻すためには、必要なんだ。そう考えたら、鋭い刃物を手にするのも怖くなくなった。

 森の洋館での経験もあるのかもしれない。あの時、小里咲のために剣を抜いたことで、心の中の抵抗が消えて、それまでの自分のふがいなさに気が付けた。

 周囲の誰かがなんとかしてくれる、そう頼り切って、自分が力を持つ努力をしないのは……決して賢い選択じゃ、なかったんだ。

 キョウヤはどちらかというと剣よりも、攻撃魔法を重点的に学んでいる。

「エナジーボルト……走れ!」

 剣を突きつけながら彼が叫ぶと、銀色の小さな雷が宙を走り、標的である水晶球の中に吸い込まれていく。

 これが人に当たると、かなりの痛みと傷を与えるのだそうだ。

 驚くのは、彼の剣の構えはまだしっかりしてなくて……遠慮無く言っちゃうと、かなりフラついている。それなのに、魔法の雷はしっかり水晶球に命中するのだ。

 弓道部の活動を見学した経験だと、こんな情けない撃ち方で的に当てるなんて、無理なはずだ。どうやってるんだろう?

「よく当てられるね……すごい」

 半ばはあきれながら、もう半分は種明かしの説明を期待して、おだてる言葉をかけてみる。

「魔法は生命であり、同じ生命に引き寄せられる。だから正確に狙うより、相手を強く意識することで、命中精度を上げられる」

 真摯な顔つきを決めながら、重たい声で言ってくれる。ちょっと褒めると、すぐにその気になっちゃうんだから、コイツ。

 私も彼の隣で、同じように魔法を試してみる。剣を真っ直ぐ突き出して、その先端から電撃を放ってみせようとする。

 長い呪文を唱える流派は、確実さには優れているけど、どうしても時間がかかってしまう。一瞬の遅れが命取りになる戦場でそれは不利なので、呪文よりも『念』に頼る流派が主流らしい。私たちも、この強く念じて魔法を放つ流派を学ばされる。

 攻撃……傷つける……痛めつける……。

 ……うーん……。

 うまくイメージできない。電気って、どんな仕組みだったっけ?

 まあ、いいや。

「エナジー・ワット、走れ!」

 強く叫ぶが、彼より美しく構えているはずの剣は、ぴくりともしない。

「ワットじゃなくて、ボルト。電気じゃなくて、いしゆみの矢の意味だ」

 え? 違うの? イシユミって意志の弓?

「……サオリ君、ちょっといいかね?」

 混乱する私に、訓練を監督していたアリデッドが声を掛けてきた。

「魔法の基礎はもちろんとして。それより……どうにも、上手く魔力を制御できていない印象を受ける。ここなら細かな魔力測定を受けられるから、ちょっと適性を調べてもらおう」

「こっちでも身体測定したばかりなのに、また検査なんですか?」

「先日の測定は、防具を君たちの身体のサイズと魔力に合わせるためのものだ。それにね、君の命を預かるわけだ。ちゃんと得意と不得意は把握しておきたいのさ」

 戸惑った声を上げてしまったけど、そうか、魔法にも適正ってあるんだな。

 シセインは、治療とか、剣を強くするような支援の魔法がとても上手い。

 キョウヤはどうやら攻撃の魔法ができるらしい。

 ならば私にも、私に向いた魔法が、何か見つかるかもしれない。

「わかりました……徹底的にお願いします!」

 意気込みすぎたのか、その強い言葉に、アリデッドは強い苦笑を示した。

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