4.天の星
条約機構はそれから何日間も、大騒ぎになった。
私たちの牢からでも、壁越しに感じる足音などで、その慌てようが感じ取れる。
条約で保護していた落訪者が、十分な措置を終える前に姿を消したのだ……これも、フミが新たに作ってしまった、前代未聞の記録のひとつとなるらしい。
後に残されていた数々の痕跡から、フミが何者かの力を借りて牢に入ったことはすぐにわかり……私とシセインは、何度も取り調べを受けることになった。
そして今日……私とシセイン、それに何故かキョウヤが、支部の一室に呼び出された。
「うぅ……」
窮屈な牢での生活に、疲れ切ってしまっているのだろう。そして、これから何を問いただされるのか。シセインが私の右隣で、小さく不安のうめきを漏らす。
そして、押し黙ったままのキョウヤが左隣に並ぶ。なんだか、すごくふてているようにも見える。あの一連の事件からはじめて顔を合わせるわけだけど、これはものすごく気まずい。
(どこかで時間を取れたら、話し合うべきなんだろうけど……)
思いはするが、そんな事が果たして許されるのか。
テーブルを挟んで私たち三人と向かい合うのは……非情に厳しい顔をしたアリデッドと、いつもの女性職員の二人だった。
「……あれから本当に、条約機構の中で大きな動きがいくつも起きてね」
強く引き締められた表情と、口調。光らせた眼鏡が、その『動き』が生やさしいモノではなかったことを語っている。
「……君たちの処遇に関して、ひとつの裁量を任された」
私たちに与えられる刑が確定したのだろうか。
「君たちは長い禁固が言い渡され、この国の収監施設へ送られる事になるだろう」
シセインの頭が、ふらりとぐらついた。あわててその肩を手で支えてあげる。
「だ……大丈夫……」
そんなわけがない。彼女が絶望に視界を暗くさせたことなど、容易に察せられる。
「しかし……だ」
アリデッドが口調をそのままに、言葉を継いでくる。
「条約機構への『協力』を申し出てくれるなら、君たちに与えられる拘束を短くし、制約を緩め、活動に対する相応の報酬を約束できる」
「アリデッドは、この条件を引き出すためにずいぶん骨を折ったのよ」
女性職員の優しい声に、彼はわざとらしく咳払いをしてみせた。
「……もちろん、強制はしない。あくまで君たちが申し出るなら、だ」
「『協力』って……?」
私の問いに、女性職員がわかりやすい説明をくれる。
「監視は付くけど、支部の職員宿舎で生活して、条約のために働いてくれるなら、罪を軽くしてあげる、ということよ」
「……古代で、
キョウヤがようやく口を開いた。口調に抑揚は少ないが、気を悪くしている様子は感じられない。
「具体的には……どんな仕事をさせられるんですか?」
罰として働くというと、校門の清掃とか、そんなイメージしか湧かない。そもそも、アルバイトでも働いた経験など、私たちにはない……おそらく。
「少し経緯を語るので、長くなるが」
前置きして、アリデッドが語り出す。
「今、条約機構は幻宗皇国軍に宣戦を布告され、現にカルルッカの支部は攻撃を受け、占領を受けた。この街の支部も、遠からず攻撃を受けるだろう。そこで僕は……条約機構の施設と職員、および要保護者たちを守るために、動ける部隊と人員を用意すべきだ……と主張してきた」
「……その人員として、戦うことになるんですか?」
「人殺しをしろと言っているのではない。条約機構は、戦争を目的とする組織では決してあり得ないのだからね。戦争は、あくまで加盟国の役割だ。僕たちは……カルルッカの街でしてみせたように、要保護者たちを逃がすための退路の確保や、避難民の誘導、傷病者への
そこでアリデッドはやや前
「……要保護者とは、たとえばフミ君のような人間を含む」
ガタッ。
思わずその場で立ち上がってしまいそうになって……私は慌てて、中腰になった身体を椅子に引き戻す。
「もし……我々がどこかでフミ君を発見することになったとしたら。条約機構は、彼女を全力で保護しなくてはならない」
「な、なら……!」
言いかけて。
私は気を落ち着かせて、シセインの方を見やり、様子をうかがう。
私はともかく、彼女のような細腕に、先に挙げられたような仕事なんてできるのだろうか。
「……牢からは、出たいし。……サオリが……いくなら……」
「やろう」
次いで強く声を上げたのは、行儀良く姿勢を保ったままのキョウヤだった。
「アリデッドさんの言い方に、多少、卑怯なところを覚えはする。けど、沙織の親友を取り戻す機会があるのなら。俺は、力を貸したい」
そう言って、彼は真っ直ぐ、私に視線を向けてきた。そのまま彼は、目をそらそうとしない。なんだろう、この見つめ合い方をしたのは、はじめてかもしれないぞ。
「……あんたの責任じゃないのよ?」
「俺の責任だ」
重く、コイツは言い放つ。
「彩織の不始末だから、俺が責任を負う」
(なによ、勝手に責任負っちゃって)
反発は覚えるけれど、今求められているのは私の決意の言葉なのだろう。
「サオリ君は、どうだね?」
「私は……」
アリデッドはオブラートにくるんでいたが、仕事とは結局、戦争が行われる中で走り回ることだ。
正直、弱気で大人しいシセインを危険な目になど遭わせたくない。キョウヤの意見に引きずられるのも癪だ。そして私も、暴力だけは好きになれない。
だけど……だけど私は、フミに対して責任を負っている。
『赤ちゃんに対する責任感で、人はようやく大人になれるのさ……』
悔しいけど、カルルッカのボロ家で会った老婆の言葉は、その通りなのかもしれない。
「……やります!」
「……大丈夫なんだろうね?」
用心深く確認してくるアリデッドに、私は強い言葉で答える。
「大丈夫です……!」
「ミラ様が居るからかね?」
「はい!」
そのやりとりに、女性職員が唐突に吹き出した。
「本当に、あなたの言う通りになったわね、アリデッド」
……見透かされていたの? この展開。
「……シセイン君も、いいね?」
「は……はい……!」
場がなんだか柔らかくなってしまったが、シセインにはそれが良かったのだろう。声の小ささは相変わらずだが、はっきりと返事をしてみせる。
キョウヤの方は、言うまでもないだろう。アリデッドの問いに、しっかり正面から応じる意志を見せた。
「わかった……ならば、僕が全ての責任を負おう」
ここで、ようやくアリデッドは軽い笑みを見せてくれた。
罪人も同然の私たちが、それぞれ負っている責任を、さらに背負おうというのだ。彼の重圧は並ではないはずだが……それでも、いつものあの陽気さを垣間見させてくれる。
「アマツカサ・キョウヤ。ホシミヤ・サオリ。シセイン・リュミエール」
それぞれの目を見据えながら、彼はそれぞれの名を告げていく。
「そして僕、アリデッド・グラディオラスと、ポーラリス・ミッテ」
あ、この女性職員さん、そんな名前だったんだ。
「奇遇にも全員が、天の星にまつわる名を持ち合わせている」
シセインが沈んだ顔をしてみせたが、今はフォローしてあげる余裕はない。
「この五人でチームを組むことになる。名は『天星隊』としよう」
真面目な顔をして告げるけど。この人……かなり乗り気で計画を進めてたな?
あと、ちょっと待って。そのチーム名、『天司・星宮』みたいに聞こえる!
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