2.牢の中のキョウヤ
重い金属音が響き、厚い格子扉が開かれた。
先導されるままに薄暗い空間へ足を踏み入れると、漂うホコリと鼻をつく匂いに、軽い
連なったふたつの房の手前に、簡素なベッドに座り込む人影が見えた。彼は私の姿を認めると、起き上がるなり鉄格子に向けて寄って、手をかける。
「キョウヤ!」
声を掛けながら、私も飛びつくように駆け寄って、鉄格子をつかむ手にそっと触れてあげる。
芯にまでしみる鉄の冷たさに、驚きながらも、思わず彼のぬくもりを求めて指を重ねてしまう。
「来てくれたか……沙織」
「どうしてこんなことに?」
私の背後で、監視役の職員が燃やすたいまつが、ちりちりと音を立てて燃えている。キョウヤはそちらに視線を配り、丁寧に言葉を選ぶようにして、語りだした。
「異世界から人やモノを喚ぶ行為は、条約で禁止されているんだ」
「そんな……!」
それはつまり、私を喚んだせいということか。
「大昔の大戦争で、たくさんの人や技術、モンスターたちが戦争のために喚ばれたらしい。それは、勝手に喚ばれたモノたちにも、喚んだ世界にも、良い結果を生まなかった……この世界の文化は大いに乱され、そして世界の境界を傷つけたことで、世界そのものすら破壊されてしまう危機が訪れたという。だから……その大戦争の悲しみを再び起こさないように作られた『青の条約』は、これを厳しく取り締まっているわけだ」
「でも、カルルッカの街ではこんな扱いされてなかったじゃない!」
鉄格子を揺すりながら、力説する。歴史の講義より、キョウヤを自由にする方法を、私は知りたいのだ。しかし彼は視線を落とし、為す術などないと示すように低くつぶやく。
「あの時は……沙織に悪い影響を及ぼさないために。それに条約機構を狙った交戦状態だったことから、特別の待遇を受けていたんだ」
言いたいことはわかる。異世界にたどりついた私が最初に目にしたのが、牢獄の中で土下座するキョウヤだったら、そのショックは計り知れないモノだっただろう。最悪、条約機構のことを信頼しようとしなかったかもしれない。
それに、あの街に大砲がどんどん撃ち込まれ、いつ敵兵がなだれ込んでくるかわからない状況では、牢獄に閉じ込められていたのでは、じっと死を待ち続けるようなものだ。
「……アリデッドさんは?」
この街についてすぐ、彼は治療を受けるためといって、私たちのもとから引き離された。まさか隣の房にいないだろうかと視線を送ってみるが、そちらに人の気配は感
じられない。
彼なら、キョウヤのことをしっかり弁護してくれるはずだ。
「ここには居ない……ちゃんと治療を受けているものと願いたいけど、今回のあの人の行動も、決して褒められたモノじゃないから……」
それは、そうだ。支部長はシセインを引き渡す決定を下したのだろうから、部下であったはずの彼は命令違反を犯したことになる。
でも……何度だって言ってやる。少女を引き渡すなんて判断、絶対に間違っている。だから、そのことをここの支部の人たちが理解してくれることを、心から願いたい。
「……これから、どうなるの?」
自分の声の沈み具合に、私自身が軽く驚く。先が、見えない。朝の空に見た靄が、ここまで降りてきているような心地さえした。
「俺は、条約に基づいた裁きを受ける。今頃、処遇について検討しているところだろう。アリデッドに協力したことが、プラスに傾くか、マイナスに傾くか……」
私たちがやったことは、シセインだけじゃなく、カルルッカの街の住人たちも救ったはずだ。条約機構とゲンソウ皇国がこれからも戦おうというのなら、情報とか立場といった状況も有利にすることだろう。
だから……きっと、大丈夫だ。心の中のミラ様に同意を求めると、大丈夫、の声がたしかに聞こえた。
「とりあえず、沙織はテストの続きがあるだろうから、がんばって。外出実習、まだなんだろう?」
こんな時に、ざくっと刺さることを言ってくれる。
「わ、わかってるわよ……今度こそ、上手くやれる」
口をとがらせる私に、キョウヤは深く頷いてくれた。こんな状況でも、コイツは私のことを案じてくれるんだ。優しいのか、肝が据わっているのか、自分に無頓着なのか。
「それから……」
「時間です」
何かを言いかけたキョウヤを、背後にいた職員の無機質な声が遮った。
「……シセインとよく相談して!」
そう声を掛けてくる彼との間に、職員が割って入り、私を外へ向けて歩かせようとせっつく。
彼は、何を伝えようとしたのだろう? その真意を考える間も与えられず、私は格子扉の外へ追いやられる。
「また来るから! 必ず会いに来るから!」
なんとかそれだけを暗闇に向けて叫んだ。重い扉が音を立てて閉ざされ、複雑な形状の鍵がしっかりかけられてしまう。
「シセインと、相談する、って……」
自分やアリデッドの代わりに、彼女にこの世界を案内してもらえというのか。それとも、私たち三人の間に、何か共通する話題でもあっただろうか。
それを少し考えて……私はすぐに、答えに行き当たった。
(星渡りの秘術……!)
その言葉を声に出してしまわないよう、思わず口に手を当てる。
キョウヤは、そうか、まだ現実世界への帰還をあきらめていないんだ。
私は歩調を速め、あてがわれた客室へと急ぐ。
白い塗料を塗った石造りの立派な建物は、カルルッカの支部よりも清潔で、少しだけ現実世界の学校に似ている。床に敷き詰められたリノリウムのようなタイルは、歩くと甲高い音を立てる。
『廊下は走らないこと』そんなルールがここにもあるのかどうかは、知らない。でも、私は気がつくと走り始めていた。
キョウヤが望むというのなら……そして、条約の裁きとやらから逃れられるなら。
今度は、私が力になりたい!
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