11.窓から見える世界

 残念ながらここは、道端に宝箱が置いてあるような世界ではない。世の全ては、物理の法則と、自然の摂理と、人の意思が絡まってできている。

 窓から見える夕焼けを見つめながら、アリデッドのその言葉を噛み締める。

 この世界に来た最初の日に、真っ先に駆け寄った窓だ。

 道ばたに伏していたあの死体は、もう見当たらない。動ける誰かが片付けたのか、あるいは人ではない『何か』が仕事したのか。

 ここは、人と人とが争って、殺し合う世界。人ではない何かに殺されることもある。

 遠くに見える大きな壁に向けて目をらす。槍を持ったいくつかの人影が、日光を避けるように壁に身を預けて、じっと座り込んでいるのが見て取れた。その壁は、不自然に空いた大きな穴をいくつもさらしている。その隙間から覗き見える外の大地は、夕陽に照らされて赤い色。草一本生えている様子はない。

 その、もっともっと先には、武器を手にした軍隊が陣取っているのだろう。

 この状況を、私が今すぐ変えることなんて出来ない。なら、私の方がそれに適応して、感じ方を変えるしかない。それは、慣れる、ってことなのだろうか。

 来たばかりの頃の自分は潔癖が過ぎていた、と思う。たった一回の外出実習で、ずいぶん考えが変わったと思う。

 ……いや、今でもまだ、甘やかされて育った現実世界人なんだろうな。

「外の世界が気になる?」

 キョウヤだ。シセインのことを相談するために、私がここに呼んだのだ。

 現実世界に戻れるかもしれない。まずはそう声をかけ、誘惑してみる。

「そうか」

 彼はそれだけを告げ、興味を面に出そうとはしないが……その瞳が、しきりに左右に泳いでいる。

 コイツにはまだ、帰りたい気持ちがあるんだ。

 視線を窓の外に戻して、問いかけてみる。

「ずっと先まで、こんな荒れ果てた景色なの?」

 この世界にはあまり居たくない、そう含ませた言葉だ。しかしコイツは、いつだって真面目な答えばかりを返してくる。

「いや……荒野はこの辺りだけ。およそ地中海性気候に近くて乾燥はするけど、街を離れてしばらく歩けば、ずっと森林が続いているらしい」

「ふうん」

 顔をそのまま外へ向けたまま、そっけない返事をくれてやる。ホント、世界史とか地理に関しては良く知っているのに。私の不機嫌さの理由には、気付いてくれないのかな。

「なんで、わざわざ荒野の中に街なの? 豊かなオアシスでもあったの?」

「いや。オアシスはなく、水は昔から地下深くから汲み上げている。……ここは昔、広大な森の中だったそうだ」

「それが……なんで、砂漠に? 戦争のせい?」

「砂漠ではなく、荒野と呼ぶ方がいいだろう」

 まったく、いちいち細かいヤツだ。繊細になるべきところは、そこじゃないのに。現実世界への帰還の話を、どうして素直に口にしないのか。

 なにか、言い出せない理由でもあるのだろうか?

「ここに街があるのは、地下に、電気を作る遺跡があるからだ」

「電気?」

 しまった、思わず振り返ってしまった。

「ああ。遠い昔……大戦争の前に作られた古代文明の遺跡らしい。水を汲み上げているのも、その遺跡で作る電気の力だ」

 むむむ。科学なようでファンタジーなようで。発電所って、そんな古代からずっと使い続けられるようなものなの?

「火力とか原子力ではあり得ないだろう。太陽光でも、地熱でも」

 ソーラーって、あれ、永遠に使い続けられるわけじゃないんだ?

 背中に熱をもたらしていた太陽が、その時ちょうど沈みきった。もうじき就寝を促されるだろう。

「じゃあ、何のエネルギーで電気を?」

「電気の遺跡は、継承者の一族が管理しているそうだけど……仕組みとか原理は、教えてもらえなかった。一部の者だけの秘密なのか、もしかすると誰も知らないのか」

 まあ、作り方がわかってるなら、古い遺跡なんかに頼って壁の中に街を作らないで、同じ物をたくさん作ってまわるでしょうね。

「で、その遺跡を使い続けるには、いくらかの木材も必要で……周囲の森の木々を少しずつ消費し続けた結果、この一帯は荒野になってしまったんだ」

 わかりやすい環境破壊の図だ。

 もう一度振り返って、薄闇に染まった外の世界を見渡しみる。あの壁の向こうは、どこまで荒野が続いていて、その先にどんな森が広がっているのか。皇国軍というのは、いったいどんな姿で、どれだけ居るのか。

 陽が落ちきっても、槍を持った人たちはその場から動こうとしない。そのための気力すら失われているのかもしれない。

「問題なのは」

 暗い声で、キョウヤが切り出す。前髪で半分隠した顔が闇に溶け込むようだ。コイツめ、あくまでこの世界の話を続けたいらしい。

「街は今、ゲンソウ皇国軍に包囲されているわけだから……遺跡のための木材を調達することができない」

「……それって、まずくない?」

 軽い言葉しか口にできなかったが、切羽詰まった事態だというのは把握した。それまで格好つけるために頬に当てていた手が外れ、私も目を泳がせてしまう。

「絶体絶命……と言っていいだろう。遺跡が止まれば、地下水を汲み上げることすらできない」

「水不足になる……!」

 どうしよう。夕食の時、水を二杯も飲んでしまった。

「水の補給を断つ方の、水攻めを受けていると言えるね。生活のための燃料も手に入らない。兵糧攻めももちろん受けていて……外部との連絡も絶たれているから、情報戦でも敗北。籠城ろうじょうの中でも、最悪の結末を迎えようとしている」

 なんて世界に喚んでくれたのよ。

 言っていても仕方ない。私にこの状況を変える力なんて無い。だけど……。

「大丈夫……」

 私の方が、自分の感じ方を変えることなら、出来る。

「守護天使ミラヴェル様がついているから……」

 キョウヤは小さく苦笑はしたけど、わずかに顔を上げ、しっかり地に足の着いた声でささやいてくれる。

「信じてるさ……」

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