虫小鳥
八木は〆
第1話
「いらない」
少女はそう言って虫の胴体を折ってしまった。
ただのオスのカマキリであったが、兄であるぼくはとても戸惑った。
友人に虫好きの田荘(たどころ)という男がいる。ぼくよりだいぶ年上の42の中年であったが、夜の学校で唯一親しくしてくれている。
ぼくは夜間定時制に通う1年生で、年は17であった。
田荘とは毎週校舎付近で見つけた虫を自慢しあう約束があり、このオスはちょうど田荘の持つメスのカマキリの番として紹介するつもりだった。
だがこの妹、5歳児の少女とはいえ生まれつき気性が荒く、自分の誕生日にリビングにカマキリがいたのが気に食わなかったらしい。
毎年プレゼントのラッピングや、テーブルクロスの模様まで豪華でないと泣き出していたし
少女にとって誕生日は『わがままが効く日』であり『家族で楽しむ日』ではなかった。幸か不幸か、勉学に支障がないのが少女には自慢だった。だから馬鹿が気楽に生きてるのがコンプレックスなのだろう
ぼくは少女の言う『馬鹿』であった。
しかしぼくにとって少女は少女でしかなかった。
自慢であるはずの自分が興味を持たれないのを少女はもっとも嫌った。
カマキリは死んだが、田荘はカマキリの存在を知らない。
1週間の余裕がある中で虫を持っていかないことは、田荘との交流で初めてであった。
『ごろん』
この音は、次の日田荘がぼくの腕を切り落とした音である。
大人しそうであり、紳士であった田荘。いや、男は
少女·······ぼくの妹、雪絵(ゆきえ)と全く同じ目をしていた。
いつの日か田荘と、幼い頃の思い出を語り合ったことがある。
なんら変わりのないエピソードだったので忘れていたのだ。そう、田荘は『いい子』であった。
ぼくが話したエピソードはこうだ。
『よく暴れて家族に迷惑をかけてしまっていた。反省している。』
田荘はそれに対し、人生の先輩として
『なんて悪いやつだ。もう大人になって生きなければ』
と教えた。
そして今、目の前の田荘が怒った理由は
「虫が好きじゃないのに、いつも適当な虫を捕まえてきたでしょう。だから1週間で間に合わなかったのだ。友達は嘘だったのだ」
······だそうだ。
流血の止まらない腕、揺れ動くナイフを片目に見ながら、ぼくは心の中で呟いた。
「雪絵、そのまま怒って失敗して、どうか幸せになってくれ」
虫小鳥 八木は〆 @yagihajime
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