ある日突然…
些事
第1話
ある日突然、世界は割れた。
それは果てしなく続いているように見えた。
割れたという表現が正しいのか、無くなったという表現が正しいのか。
人々の目にそれは、見えない。いや、見えているが、そう、認識出来なくなったのだ。
私の目の前にもそれは今ここにある。
…あったのだろう。残滓のような感覚だけが私の記憶にあり、それは、確証のない感覚だ。
…大切なものだったのだろう。
今、今、今、確かにあった消失感さえも消えた。
物質は、原子は、幾重の可能性を持って、そこにある。と説明される。
観測されて、初めてそこに、ある、のだ。
私は、今、そこに、あるであろう、
大切なものに、耳を傾け、目を向けているが、そこにそれは、ない。
私は、私の起こった事を理解しているし、その事についても、説明できる。
…事故だったのだ。
私は科学者であり、ある実験を行なっていた。認知症の原因である蛋白質を浄化する為、開発した化学物質を自らに投与したのだ。実験は成功した。
だが、副作用があった事に気がついた。
動物実験では分からないのも当たり前だ。これは、我々の認識論にも影響する。
認知症が進行していた私は、実験のお陰で、従来の明晰な理性を取り戻した。
しかし、そこにある、ある、という事が感じられなくなってしまった。
物質、原子が、存在が、観測出来ないのだ。
死の世界の中で、生きているのだ。
感じている、この確証のない感覚だけが、私の存在のくびきであり、生の世界の繋がりなのだ。
明晰な理性を持って、私は、大切なものにこの感覚を伝えたが、果たして、理解してくれるであろうか、伝わっているのであろうか、この薬だけは、世に存在させてはいけない。
しかし、残念な事に、大切なものたちは、薬の誕生を喜び、世界中に広まっているような感覚が…。
ある日突然… 些事 @sajidaiji
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