第26話

老婦人が小さく吐いた息に、横に居る男が頷く。

 綾子がその頷きに反応するように視線を上げた。

 老婦人と目が合った。

老婦人は小さな微笑をした。

「綾子さん、兄のしたことは本当に申し訳ないと思っています。あなたを誘拐するなんてとんでも無いことだと私達は理解していて、こうしたことをしたのです」

 蝉しぐれのような細い雨音に交じる様に老婦人の声が綾子の心に響く。

「おばあちゃん、いえ、頼子さん。お話を聞かせてください。今、あなたのお兄さん、森哉さんが話していた話の続きを・・」

 頼子と言われた老婦人は小さく頷いた。

 そしてゆっくりと話し始めた。

「戦後、暫くして私は護さんと暮していました。しかし、ある事情が出来て東京へ行くことになったのです」

 頼子が寂しそうに微笑した。

「兄が病気で入院したのです。肝臓に腫瘍ができたと言うことで・・そしてもう一つは結婚の為でした」

 綾子は頼子の瞳の奥に映る自分の姿が、薄い涙の為に消えて行くのが見えた。

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