第25話

(私はあの時見た向日葵の絵が忘れられなかった)

 権田は手を広げて手の皺を見た。

 目を細める様にその皺の一つ一つを見ながら過ぎ去った時代の記憶をなぞる様に心を寄せた。

(そして絵に関わる仕事ができないかと思って何とか元町の小さなギャラリーに就職して働きだした。戦後10年以上が過ぎていただろう。僕が二十歳を過ぎたころギャラリーが展示していた藤田嗣治の絵を見に来た乾さんと偶然に再会した)

 皺の中で流れて行く時代が見えた。

(暫く、無言で手を取り合って私達は再会を喜んだ。そして藤田嗣治の絵を見ながら先代の憲介氏が病気でお亡くなりになったこと、護さんも乾海運への就職を断り、尼崎の実家の家業を継いだと聞いた。また大学を卒業したばかりの乾さんも数日後には経営の勉強の為にアメリカの大学へ行くと言っていた)

 鴨川の風が夕暮れの影の下を吹いてきたのか少し肌に冷たかった。

腕時計を見た。

あと少しで午後三時を時計の針が指すところだった。

ちらりと三条大橋を見た。低い音を立てて過ぎて行く2台のバイクが見えた。

(あれに違いない)

 権田は道路沿いに出て、軽く手を振った。

バイクは少し止まったように見えたが権田の方を見てスピードを上げた。

(的を射ていたようだ)

 先頭を行くヤンキー風のライダーが手を上げるのが見えた。

 微笑を送ると、権田は少し翳りのある表情をした。

(そして僕が護さんと再びあったのは乾さんがアメリカから帰国してからの事だった。既にその時、護さんは肝臓にできた大きな癌で闘病をしていた。その時、私は護さんの自宅で見たのだ。護さんの枕もとで太陽の様に輝く二枚の向日葵を)

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