第18話

 水野は橋の上で近松の帰りを待っていた。

 この場所で缶コーヒーを飲んで休憩していると近松は小さな手帳と地図を取り出して目的の場所を確かめると指で行く場所の方向を指さした。

 指を指した先に寺が見えた。

「あれやな、ラッキーや。ここから近いわ」

 そう呟くと水野を見た。

「先生、ちょっと行ってくるわ。一時間ばかりで戻ってくるから悪いけどここで待っといて」

 そう言うとバイクで走り出した。

 そして二時間ばかり待たされている。

(長いな)

 煙草を吸いながら水野は近松が走り出した道に目を遣った。

 バイクは橋を渡り杉の並ぶ道をゆっくりと走って行き、大きな杉の木が並ぶ寺の門が見えるとスピードを落とした。その横には山へと続く山道が見える。

 近松はその山道には入らず、横の寺へとバイクを停めて入った。

(あそこが田川洋子に関係している場所なのか)

 寺門は立派な構えで古刹とも言えなくなかった。

(まぁいいさ、警察の事情聴取とやらだろう。もう少し待つか)

 風に吹かれて野焼きの煙が水野の鼻孔に流れて来た。

 前髪が揺れた。

(野焼きか・・)

 煙草の先の火に目を遣った。

(火は嫌いだ)

 水野は吹く風の方に顔を曲げた。

 緑の草木を積んだところに人がいて火の番をしている姿が見えた。

 目を凝らせば白いシャツに農具で火のついた草をかき混ぜている。

 その光景がどこかミレーの絵画の様に見えた。

 水野は目を細めて草を燃やす炎を見た。

(野を焼くのは新しい生命を育てるものだが人間の世界を焼き尽くす炎は・・)

 残り少なくなった煙草を見て、地面に落とした。

(夢も希望も将来も・・・そして大事な人を奪ってゆく)

 そう思っていると遠くからバイクの低いエンジン音が聞こえた。振り返ると近松が側まで来ていた。

 近松は手を上げると「悪いな」と言う声が聞こえた。

 ヘルメットを取りながら乱れた髪を手で撫でつけた。

「いや、悪かった。思いのほか時間がかかったわ」

 水野がバイクに跨る。

「それで何か彼女の事で知り得たことがあるのですか」

 近松はそれには深く頷いた。

「分かったことがあるけど、これは警察の情報や。一般市民には教えられへん」

(おや、刑事は返上して彼女の私立探偵になったのじゃなかったか)

 心の中でくすりと笑った。

「で、これからどうするのです?」

 水野が聞いた。

 ヘルメットを被りながら近松が答える。

「京都へ向かう。京阪三条のところで権田さんが待っているから今からそこへ行く」

 バイクを寄せて近松が言った。

「関西のギャラリー会合があるらしいわ。俺は権田さんにあることを調べてもらっていてな。そのことを聞くんや」

 まぁここから小一時間ほどかな、そう言う近松の声がヘルメット越しに聞こえる。

「それで何を調べてもらったのです?それも警察の秘密とやらですか?」

 少し皮肉交じりに水野は言った。

 苦笑いをしたのか少し間を置いて近松の声がした。

「信濃橋洋画研究所、中之島洋画研究所、そして土岐護と言う人物のことを調べてもらっている」

 そう言うと近松は走り出した。

「ちゃんと、先生、ついてきいや」

 近松の声がバイクのエンジン音で消えると水野も静かに動き出した。

 水野が居なくなった場所を野焼きの煙が風に流されて、やがて谷間のどこかに消えて行った。

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