第17話
遠くの山並みに風に流される雲のはっきりとした濃い影が落ちる。
水野は目を細めて雲影を眺めるとポケットから煙草を口に咥えた。
そしてライターで火を点ける。
煙草の煙をゆっくり吐くと額にかかる前髪が風に揺れた。
水野は川幅の広い石造りの橋の上でバイクを停めて眼下に流れる川面を見た。
細長い川は谷間の小さな集落の南北を流れ、川面に昼の陽光が輝いている。
そして川面が流れ、澄んでいる水の中を泳ぐ魚の群れが見えた。
(印象派の画家ならきっとこの風景を喜ぶに違いない)
大阪を出た時は曇り空だったが京都を越えて琵琶湖に入ると晴天になった。
湖畔沿いの北へと伸びる道を進み、途中で敦賀の標識が見えると近松と共に道を山の方向へ切った。
少し急な杉道をワインディングしながら前後に並んで進んでゆくと杉の木陰が消えると眼下に川に挟まれた谷間の集落が見えた。
野焼きをしているのか煙が石の橋の上を流れている。
水野は集落を一望できる場所でスピードを落としてバイクに跨ったまま停止した。
横に同じように近松が停まった。
ヘルメットを取った水野に近松が声をかけた。
「どうした?何かあったか」
水野は少しだけ首を振ると近松に言った。
「いえね、大阪から休憩なしで来たものだから少しここで休憩しようかと思いましてね」
水野は近寄ってくる近松に言った。
「なんや俺の事心配してくれてるんか?」
笑いながら近松が言う。
「まぁそんなところですかね」
近松の笑い声が聞こえる。
今日朝早くに近松と大阪を出た。
近松はレイバンの薄い茶色のサングラスを掛け、黒い革製のライダーズジャケットにブーツを履いてどこかその風貌はヤンキーに見えた。
梅田の交差点に現れた近松を見て、水野はあまりにも決まりすぎたその恰好を見て思わず吹き出して笑った。
「なんやねん、いきなり人の姿恰好見て笑い出すなんて」
少し憤慨したような表情と照れた笑みを浮かべて近松は水野に言った。
「いえね、あまりにも普段と違いすぎるからね。思わず笑ってしまいましたよ」
ちっと近松は舌打ちをした。
「うちのかかぁも俺が家出る時同じようなこと言ってたわ。そんな年甲斐もなく頓珍漢な格好して何様かとね」
ええやんけと近松が言う。
「昔はジェームズ・ディーン、そしてピーター・フォンダ、それがバイクに乗る時の俺の手本で流儀や」
どうだと言う風にサングラスに手を掛けて水野を見る。
心なしか陽の光にサングラスのフレームが輝いたように水野には見えた。
そして近松の肩を軽く叩いた。
「良く似合っていますよ」
なに、ほんまか?そんな声が聞こえる時には水野は手早くヘルメットを被りエンジンをかけた。
慌てて近松がエンジンをかける。
そしてバイクを寄せると水野に言った。
「ほな、行こうか」
そう言ってここまで来た。
疲れが無いと言っては嘘になる。
小さな鄙びた集落を見下ろしながら近松が言った。
「戦国の頃、織田信長が朝倉征伐のおり浅井家に嫁いだ妹の市から婿の裏切りを聞いて戦場からの脱出を決めた。そしてこの道を抜け京都へと脱出する時、松永弾正と共に立ち寄った場所がここ朽木だ」
ほうと水野は近松を見る。
「以外と物知りですね」
鼻を擦りながらまぁなと言った。
「別に贋作は絵画だけとは限らへん。陶器などもあるんや。戦国期には沢山の茶器などもあったから何となくそうした頃にできた茶器などを扱った事件がある度、その辺の歴史を調べることがある。まぁそれぐらいやけどな」
そしてバイクに戻りながら近松は水野に言った。
「川にかかる石の橋があったやろ?あそこで休憩しよか」
バイクが走り出すと水野は後に続いて走り出した。
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