第9話

 綾子は紅茶の中に含まれたヴァニラの香りを嗅ぐと護を見た。

 護は穏やかな眼差しで綾子の目を見た。そしてゆっくりと口を開いた。

「はじめに言っておきますが、原画であるゴッホの《芦屋の向日葵》は残念ながら既にこの世に存在していません。あなたの期待を裏切るかもしれませんが乾さんのお持ちのあの絵は本物ではありません。そのことはこれから私が話す中で分かることです」

 護はひとつ大きな息を吐いた。

「私の話を聞いて綾子さんがどう思うかは自由ですが、そのお話の中で実際に生きた人々の事を悪く思うことが無いようにお願いします。そしてそれは・・・・そんな時代だったと理解して下さい」

 護はそして紅茶を口に運んだ。

「1945年、8月5日。この日、私達兄弟は芦屋のあなたの邸宅に居ました。そして頼子も・・」

 綾子は意外な内容に驚いて目を開いた。

「私の記憶の中からその日の事をお話いたしましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る