第6話
雨音が細くなっているのが庭の芝生を叩く音で綾子は分かった。
ソファに腰を掛けながら膝元に先程まで自分が抱えていた絵が置いてある。
ちらりとその絵を見た。
美しい青地の背景に輝く向日葵が見えた。
(この絵にどんな秘密があると言うのだろう)
ドアを開く音がした方を向くと白髪を短く切りそろえた護が首にタオルをかけてソーサーの上にティーカップを乗せて持ってきた。
そして戸棚を開けると茶葉を取り出してポットに入れるとテーブルに置かれたアルミ製の入れ物から湯を注いだ。
そして静かにそれをテーブルの上に置いて綾子と向き合った。
綾子はその動作を静かに見ていた。
護がポットに手で触れて温度を確かめてからそれぞれのカップに紅茶を入れた。
白い湯気が綾子の目の前で消えてゆく。
「どうぞ、綾子さん」
綾子はそれには答えず沈黙していた。
二人の間に暫く無言の時間が流れた。
外の芝生を叩く雨音だけが綾子と護の耳に響いた。
その沈黙を破る様に護が小さな咳払いをして言った。
「真夜中ですが、いかがです?紅茶でも飲みながら夜話というのは?」
綾子はゆっくりと顔を上げて護の穏やかな視線を見ながら言った。
「この紅茶に眠り薬が入っていないと言う保証は?」
それを聞いて護は声出さずに笑った。
そして「成程」と言った。
「未だ私に警戒は怠らずと言うことですか」
そう言って護は紅茶を口元に持って行き、先に一口飲んだ。
「綾子さんの疑いもごもっともです。ですから先に私が先に一口いただきました。何かあれば私の方に何か起こるでしょう。まぁそんなことは在り得ないですがね」
そして「それに」と言った。
「それほどの警戒心があの当時あなたの御祖父と乾海運にあればあんな悲惨な事故は起きなかったでしょうがね」
それを聞いて綾子は顔を上げた。
「どういうことです?」
黒い瞳に護の表情が映った。
「祖父が何かあなたにしたのですか?」
詰めかかるような声に穏やかに護は言った。
「まず冷めないうちに一口」
綾子は護の穏やかな口調に促されるように紅茶を一口、ゆっくりと口に含んだ。
いつ護が入れたのか、紅茶はヴァニラの香りがした。
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