第二章 ルートベス村編

第6話 いざルートベス村へ!

 荒くれ都市、カーナーンから南に30キロほど歩いた場所に位置するルートベス村。

 この村は近くの山の頂上から引かれた綺麗な川を利用した畑仕事によって作られる新鮮な野菜で有名であった。

 ヴェン達は知るよしもないが実際ルートベス村の野菜といえば市場で出回る野菜の中でも水々しい味で特に人々から人気の商品で毎度市場を賑わしていたものなのだ。


 さてカーナーンから村を目指して二時間ほどの地点。


「兄さんら! もう少しはよう動こうや、日が暮れてまうで!」

「待ってろよ。アイナがまだ花つんでるだろ?」

「ふふふん! ふん〜 おはなさん〜 おはなさん〜」

「そんなんしとる場合ちゃうて! ここら辺、野盗が出没しがちなんや! 襲われてまうで? なぁジルはん?」

「ええ、そうなんですけど……」


 ジルは周りを見渡している。


「ほらはよ行こうや! 流石に何十人の野盗相手じゃ兄さんも無理やろ!」

「……あのミュラーさん、そのことなんですけど少しおかしいんです」

「ん? 何がや?」

「いや、ここの道沿いはまず間違いなく野盗がいるはずなんです。それこそオラが来る時、遭遇して必死に逃げてきたのが良い証拠なんですけど……」

「せやからジルはんはそんな服装が汚れとったんか。ほんでも何がおかしいんや?」

「いや、静かすぎませんか? 野盗がいるなら少しぐらい人影や足音が聞こえてもおかしくないのに……」


 ジルの言う通り、ヴェン達がいる地点から周りを見ても人っ子一人居なかった。むしろ不気味なほど静かだ。


 ただ道に生えている草だけが風によってさわさわと揺れているだけだ。


「確かになぁ……でもたまたまやないの?」

「そうですよね?」



******



「……親分! 一体いつになったら奴ら襲うんです?」

「……まぁ待て。あのちっこい娘がもう少し俺らに近づいたらだ。そんでもってあの子を人質にとっちまえば有利に事が運ぶ」

「なるほど! さっすが親分!」

「へっ……よせやい」


 ヴェン達が歩いているのを近くの草むらで見ているこの男達は、ミュラー達が警戒していた野盗……その一派であった。


 その野盗が隠れている草むらの近くでアイナが無邪気に花摘みをしている。


「(……にしてもおかしいな。こんな弱そうな旅人達が今まで無事にここまで来れたなんて。他の野盗共は何してんだ?)」


 野盗がそう思うのも無理はない。

 ここの地点は他の野盗が襲うはずの地点からすでに過ぎ去った地点。ここまで来る前に野盗の一人ぐらいこの旅人達と会っているはずなのにその気配はまるでない。


 しかも歩いているのは少年と小さな男、無邪気な少女、冒険者らしき女性の四人で強そうなやつは一人もいない。

 野盗からしたらカモ中のカモだと言うのに襲われた気配はない。


「親分! 親分! 来ましたぜ!」


 子分の手の合図を見ると確かにアイナがすぐそばに来ていた。今まさに捕まえる事ができる距離だ。


「へっ! 行くぞおおぉぉ!?」


 男達は立ち上がろうとしたが……立ち上がれない!


「あ……れ……?」

「お……やぶ……ん?」


 すぐそばで呑気に花をとっている少女がそこにいるというのに……捕まえようとする手が動かせないのだ!


 そして次の瞬間、男達は地面へと背中から誰かの手で抑えられるような感覚に陥る。


「ガガガガガガぁぁ!?」

「おっおおおおもい!?」


 しかし男達の背中には虫一匹もいない。


「(なっなんじゃこれ! まっまずい! 意識が飛ぶ……!?)」


 その時、野盗の親分は確認した。

 自分たちがいたところよりも遠くの方で同じように地面に押しつけられていたように気絶している他の野盗の姿を。


「(--そっそういうことかよ……この少女は俺たちの事をとっくに気づいていたってことか?)」


 男は意識が遠のく中、少女の無邪気に笑うその笑顔に恐怖したのだった。



「にぁあーー! おにーたん! おにーたん!」

「どっどうした!? アイナ!?」

「むし! むしさんが! おはなさんについてた!」

「なんだ……えーとね、アイナ大丈夫だよ? むしさんはもしかしたらアイナについてきたかったかもしれない。だからお花さんに隠れてたんだよ」

「むむむ……そーだったの? じゃあむしさんもいっしょにいく!」

「優しいね。アイナは」


 ヴェンはアイナの頭を撫でた。


「おーい! 行くで、兄さん!」


 遠くでミュラーとジルがこちらを見て手を振っている。その顔は少しばかり先を急ぎたそうな面持ちだ。


「……ったく、みんな安心して歩けばいいのに、悪い虫さんはもう退治しておいたんだから」 


 ヴェンは今まで歩いてきた道を見るために後ろを振り返った。



 --後日、カーナーンと村の道沿いで十人以上の野盗が地面に伏せられながら気絶した状態で発見される。

 発見されたほとんどの野盗が口を揃えて『恐ろしい少女が道を歩いていた』と供述していたのだ。



******



 時刻は昼頃、カーナーンを出てから四時間が経とうとしていた。

 ヴェン達が目指している村まで残り二時間ほどとなった。


「いや〜歩いて村まで行くのにこうも時間かかるとわな〜」

「ミュラーさん、まだまだかかりますよ?」

「どうでもいいけどなんでミュラーまで付いてくるんだ? お前、他のギルドのやつだろ?」

「お? まぁ堅いこと言わなさんな! ウチのギルドは割とルーズなほうでな、別に正規の依頼やないやろ? なら大丈夫やで」

「そういうもんなのか?」

「ミュラーさんのお力も貸してもらえるなんて助かります!」

「せやろ? せやろ?」


 ジルが嬉しそうにミュラーに言うとその反応を見てルンルンと楽しげにミュラーはスキップをし始めた。


「あはは! みてみておにーたん! アイナおはなさんつんできたよ!」

「おっ! 綺麗だね」

「でしょでしょ!」


 アイナとはいうと呑気に歩きながら道端の花を摘んでヴェンに見せていた。


「ほんならジルはん、依頼内容そろそろ聞こか!」

「はっはい……! とりあえず話は数ヶ月前に戻ります……」


 歩きながらジルは今回の依頼について説明を始めた。


 数ヶ月までいつも通りの生活を営んでいたジルの村に急に嫌な知らせが届いた。

 今まで村を見ていてくれた領主が別の人物に変わってしまったらしいのだ。

 その領主はというと若く、優秀な方と最初は思っていたのだが、日が過ぎることにその恐ろしさに村人達は気づき始める。


 今まで課せされていた税が日に日に増していったのだ。その税はついには前の領主の時よりも10倍以上に膨らみ今では払えない村人も多い。


 さらにその領主の悪行は止まらず、村のシンボルでもある農業を停止させようとしたのだ。

 新領主はその広大な土地を利用して魔導具を量産させる工場を作ろうとする計画を練り始めている。

 今まで農業しかやってこなかった村人達は案の定、そんな工場で働くことなんて出来ず職に溺れることになってしまう。

 その他もろもろ新領主のせいでジルの村は今、危機的状況に陥っているのだ。


 加えてその領主の性格や振る舞いは一領主とは思えないほどの冷徹でひどいものと言う。


 このままではマズいと一度は反旗を翻そうとした村人達だったがその新領主の後ろには王国騎士団の影があるらしく、結局のところ何もできない状況でいたのだ。


「まっまさかジルはん、アンタウチらに領主を討ち取れなんて言う気やないやろな! そんなん絶対ダメやで!?」

「なんでだ?」

「兄さんアホか! 魔物とかとは全然違うんやで!? 人や、しかも王国騎士団の後ろ盾があるやつってことはそれだけえらい地位の高い人。たおしてもうたら重罪人や!」

「村のみんなを苦しめてるんだろ? 懲らしめちゃだめなのか?」

「ーーお願いです! こうしてる間にも領主の手によって村が困っているんです! それにオラの友人も……」

「友人? そりゃどういうこっちゃ?」


 ジルは話を続ける。

 そんな苦しんでいる村に数週間前、一人の旅人が迷い込んだ。その旅人はというと今にも倒れそうなほど傷ついていため、しばらくジルの家に滞在することに。


 それから旅人はジルや村人と過ごす内に傷は癒え、村人達と馴染み始めた。一緒に農作業を手伝ってくれたり、食料となる動物を狩ってくれたりと旅人と村人との溝はすぐになくなっていた。


 しかしその旅人は知ってしまった。この村の現状を。重税に苦しめられ、我慢をしている村人達は生活をするのも一苦労であるということ。

 今まで旅人が食べていた食事は本当は存在しないものだったのに、村人達やジルが我慢してなんとかやりくりした食べ物の分であった事を。


 そして事件は起こってしまったのだ。


「その旅人……オラの友人は領主様に考え直すように直訴しに行ったんです。オラたちは止めたんですが……」


 そのジルの友人の願い虚しく、領主は考えを改めようとはしなかった。

 しかしそんな友人の姿を見た領主はそのジルの友人に一つの賭けを提案したのだ。


 その賭けとは村の中央でその友人が拘束され、食料や水、何も与えられることなく五日間を耐え抜くというもの。耐え抜けれれば領主は友人の話を聞くと言ったのだ。


 友人は一つ返事で領主の提案を呑んだ。そして一昨日からその賭けは始まったという。


「アイツは関係ないんです! でもオラ達の村のために自分を犠牲に……オラには耐えられない……今でもアイツは苦しんでる! だから助けてあげてください!」

「五日間、無飲食か……えらいエグい提案やな。ほんでも領主を討ち取るのはやっぱりキツいやろ」


 ミュラーはその話を聞いても難しい顔を見せる。


「……最終的に友人だけ助けてもらえればいいです。領主は懲らしめなくても……」


 ジルはこれだけはなんとしても叶えて欲しいと言いたげな面持ちだ。


「それだと、その友人だけを助けたところで村やお前は苦しいままだぞ? いいのか?」

「構いません……アイツが傷つくぐらいならオラ達が涙を見ることになっても」

「そっそうかいな……」


 確固たる意思でヴェンを見るジルの表情は今まで見たことなかった。


「それでもその友人を逃すぐらいなら兄さんみたいな強いやついらんとちゃうか? 隙を見てみんなで村から逃せば……」

「いえ、アイツは絶対に拒否します。何があっても。だから力づくで逃すためにヴェンさんの強さが必要なんです」

「なんやそんな強いんか? ジルはんの友達は」

「はい……多分ヴェンさんと同じくらい強いんじゃないかと……」




依頼内容 ルートベス村に拘束されているジルの友人の救助もとい村からの逃走援助


依頼者 ジル


依頼金 なし


依頼難易度 不明


備考 報酬の代わりとして村の野菜、ふかふかベッド。ちなみにジルが持ってきた残りの野菜はアイナが美味しくいただきました。

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