第5話 騒動の後……
「はぁ……はぁ……ここまでこれば大丈夫やろ」
「ここまで連れてきて何するんだ? 物乞いか?」
「アイナじゅんびするよ!」
アイナは持っていた物乞い用の皿をカバンから取り出した。
あれから四人は協会支部から大きく離れた喫茶店に座り、身を隠すように少し滞在を始めた。
「ちゃうわ、あほ! 逃げてきたんやろ!」
「なんで逃げる必要あったんだ? 野菜ーーもといゴミを片付けただけだろ?」
「おにーたん、えらい! みんなパチパチする!」
「あっはい!」
アイナの合図でミュラー以外の三人は拍手を始めた。そんな微笑ましい光景を目にしたのか周りの客の人たちも穏やかにそれを見て笑っていた。
「拍手止め! アンタもやめな!」
「あっはい……」
アイナ、ヴェンと付いてきた小さな青年もミュラーの半ば威嚇のような声にビビりながら拍手をやめた。
「兄さん、あんな? これからギルド作ろうとするもんが支部でドンパチやってみ? 評判下げて作れるもんも作れんやろ」
「そういうものなのか?」
「なのか?」
不思議なようにアイナとヴェンはキョトンとしている。
「はぁ……これが元竜殺しとか嘘やろ?」
「ん? 俺、ミュラーに竜殺しって言ったっけ?」
「ん? えーと! それはあれや、兄さんがかなり大きい声で受付嬢に叫んどったもんで聞こえてただけや!」
「そっか!」
ミュラーが頼んだコーヒーをフゥフゥと冷ましながらヴェンとアイナは疲れたようにヌボーとしている。
「とりあえずなんでアンタも付いてきたんや?」
「いやその……」
ミュラーは視線を二人から外し、隣に座っている一緒に付いてきた田舎者に視線を移した。
ミュラーの急な問いかけに何か言葉を濁したような表情を青年は見せる。
「あぁ分かった! お前!」
「ヒィィ!?」
ダン! と机を壊す勢いでヴェンは立ち上がったため青年は再びリュックを盾にしてビクビクしている。
「俺たちに野菜くれるために来たんだろ!」
「え?」
「うまうま? うまうま?」
アイナは嬉しそうな顔を見せて椅子から降りるとビクビク震えてる青年の元に駆け寄って体を揺らしながらさらに満遍の微笑みを見せている。
「そっ……そうなんです! このリュックに……」
青年は少し何か悩んでいた表情を見せたが吹っ切れたように二人の話に合わせて大きなリュックからどんどん野菜を机の上に出し始めた。
「ほぇ〜 ぎょーさんもってんな」
「美味しんで是非食べてください!」
「それじゃあいただきます〜!」
「ます〜!」
久しぶりの食事にありつけたかのように大きな口を広げてアイナとヴェンは野菜を食べ始めたのだ。
「そや、兄さんさっきやった手品教えてや!」
「(モグモグ)……手品? (モグモグ)……何の話だ?」
「いやさっき見せた銃弾止めたやつや、なんか手品の種でもあるんやろ?」
野菜を食べている途中のヴェンにミュラーは話のネタになるようなことを聞き始めた。その話題とはさっき見た銃弾の出来事である。
「(モグモグ……ゴックン!)いや、あれ別に手品じゃないぞ? 魔法だよ、魔法」
「あんな? ウチこれでもちゃんとした冒険者の端くれやで? あんな魔法ないことぐらいわかるわ」
「んまそりゃ知らなくて当たり前だろ。俺の重力魔法は一般には知られてないから」
さらにヴェンは青年の野菜を手に取る。
「はぁー? 重力魔法やて? なんなんそれ?」
「簡単に言えば……重力をいじるってことかな」
「んんん? 話が見えてこんのやけど、十中八苦、それが実在する魔法としてどうやって銃の弾止めたんや?」
「(モグモグ……ゴックン!)まぁ言うより見せる方が早いだろ」
ヴェンは目の前にある一つの赤い野菜を手に取る。
「基本的に重力は上から下に行く。俺らが地面に立てているのがその証拠」
そう言って野菜を上から下に落とす。野菜はボトッと空中から机に落ちる。
「じゃあミュラーその野菜、俺に投げてみて」
「おっおぉ」
ミュラーはヴェンに言われた通り、赤い野菜を手にとってヴェンの元に軽く投げる。
「よっと!」
ヴェンは投げられた野菜を見て手を軽く目の前に出す。野菜はヴェンにぶつかると思っていたが不思議なことに空中で静止したのだ。
「俺の重力魔法はその重力を四方八方に動かせる」
「なっなんやて!?」
ミュラーは驚いてその野菜の周りを手ですくってみたりする。しかし糸で吊るされていたり透明化された何かが置かれていたわけでもなかった。
「上にも」
野菜は勝手に上空へ……。
「下にも」
その上空から下降し始める。
「そして横にも」
野菜は横に移動してミュラーの目の前に勝手に移動してみせた。
「すっすごい!」
これにはミュラーだけでなく、小さな青年も見ていてびっくりしている。
「でもって重力の向きだけじゃなくて大きさも……」
野菜はヴェンたちの机から外の方へ動き始めた。野菜の向かう先には何やら小さな子供をど突いている強面の大男の頭上に。
「……操れる」
ヴェンは右手を握りしめた。
それに連動するかのように野菜は大男の頭上で破裂。
赤い果汁のようなものが大男にかかり、まるで自分が流血したかのように思ったのだろうか男はすぐさま逃げていった。
「あぁ〜! おにーたん、たべものそまつにした! めっ!」
「ごっごめん、お兄ちゃん悪いことしたね」
その様子を見ていたアイナに叱られてしまったヴェンは少ししょぼくれた顔を見せた。
「まぁミュラーの知りたかった手品の種はこう言うことだな」
「ほっ本当に魔法やったんや……そんじゃその……重力を操れるってことはもしかして空も飛べたりとか……?」
「うん、できるけど……」
「ほんまか!? ほんまかいな!? 今のご時世まだ飛行魔法は発見されてないやんか! ウチ一度でいいから空飛んでみたかったんや! やってや!」
「えぇ〜疲れるから嫌なんだけど」
「頼むわぁ〜! この通り!」
必死に頼み込むミュラーを見ていてため息をつくヴェンはしょうがないという顔を見せて指を上にさす。
すると机やアイナたちが座っている椅子まとめてその近くにあったもの全てが10メートルほど浮かび出したのだ。
「わわっ!」
「こりゃすごい!」
「ぷかぷか〜!」
慣れない空中での滞在にミュラーや青年は戸惑いながらもそこから見える綺麗な景色には息を飲んだ。
「綺麗や……」
「すごいです!」
「兄さん、ほんま何もんなんや!?」
「言ったろ? 元竜殺しだって」
ヴェンは少しニヤケながら指を下に戻して元あった場所に着地した。
余談だが、ヴェンが起こしたこの摩訶不思議な光景を目にした通行人や客のクチコミによって、のちにこの喫茶店の売り上げが上昇したことはこの四人は知る由もない。
******
「あ、あのっ!」
「ん、なんやあんさん、まだいたんや」
「帰ったと思ったぞ?」
「ひっひどい!? そっそれより実は折行って伝えたいことがありまして」
「ん? なんや?」
「じっ実はオラがアンタ達に付いてきたのは野菜をあげるためではないんです!」
頭を下げながら大きな声で喋る青年。それには他の客たちも少し視線をこちらに見せた。
「そんなもん始めから知っとったわ、なぁ? 兄さん」
「えぇぇぇ!? そうなのか!?」
「知らんかったんかい!?」
「いやてっきり親切なやつだと」
「タダで野菜全部食わせる奴なんておらんやろ……ほんであんさん、何が目的や?」
「実は……」
青年は正直に話し始めた。
青年の名はジル。カーナンより南に進むとあるルートベス村からやってきた農家の者であり、ギルドに依頼をしようとはるばる村から歩いてきたのである。
しかしながら、ギルドに依頼するには内容に準じた依頼金が必要でありそれを知らなかったため、結局、ヴェンたちが一部始終を見ていたようにいろんな人たちに頼み込んでいたらしいのだ。
「そら、あんさんが悪いわ。依頼するのに金がいるのは当然やで?」
「はい……勉強不足だった自分が悪いんです」
「ミュラー、依頼金ってどんなもんぐらいいるんだ?」
「そりゃ内容によるわな、まぁ魔物の討伐とかやったら5000ガルぐらいか?」
「ごっ5000か!? それだけあったら食べ物が……」
「まぁクリアするのが難しい分、高くはなるわな」
この大陸で流通している通貨はガル。古代よりこの通貨が使われているため皆には馴染み深いものとなっている。
ちなみに5000ガルはヴェンたちが食べている野菜を馬車一杯に詰め込んだくらいと思ってもらえれば良い。
するとジルは急に座っていた椅子から飛び上がりヴェンの前で頭を地面につけた。
「お願いです! ヴェンさんの強さはすでに目にしました! どうか! どうかあなたの力を貸してくれませんか!」
「(さぁ〜て、兄さんの返答はっと?)……兄さんどうするんや? 依頼金はないみたいやで?」
「断る!」
「(へぇ〜即決かいな)」
「そっそんな〜」
ジルはヴェンの返答にうなだれた。
「俺たちにはこれからやることがあるんだ、ギルドを作るためにメンバーを一人見つけないといけないし……ね! アイナ!」
「(モグモグ……) おにーたん、アイナたべるのにいそがしい! (モグモグ……)」
「まっまぁ! そういうことだ!」
アイナはひたすらモグモグと野菜を食べていた。
「そんな……村のみんなになんて言えば……」
「……あんさん、ちょっと耳貸してや?」
「?」
隣に座っているミュラーがジルの耳元で何かを囁いている。
「えぇ!? そんなことで!?」
「……大丈夫や、多分受けてくれるで?」
「本当ですか……?」
ヴェンには聞こえないように何かを囁いたミュラーはクスクス笑っている。ジルはそれを見て疑いながらヴェンに聞こえるようによそ見しながらしゃべりだす。
「あぁ……えーと、村に来てくれたら、あの、その、美味しいご飯とか……」
「(ピクッ!?)」
「ふかふかのベットとかあるんだけどな〜」
「(ピクピクッ!?)」
ジルの言葉にヴェンとアイナは微かに体を揺らす。そして二人は急いで目を合わす。
「ごほん! えっとアイナ?」
「あのね、おにーたん?」
「「ジルの村に行こっか!」」
二人はシンクロしたように声を揃える。
「(チョロすぎやろ! この兄妹!?)」
「ほっ本当ですか!? ありがとうございますーーー!!」
ジルは嬉しさのあまりヴェンの手をひたすらに握って涙を流している。
「まっまぁ人助けは大事だもんね、アイナ!」
「じゅるり……うまうまがいっぱい! うまうまがいっぱい!」
ヴェンの声など一つも聞こえていないアイナであった。
「ほんでもって依頼の内容ってなんなんや、あんさん?」
「それは……村に行く道中に話します、多分ここから歩いて行くには何時間もかかることですし」
「そうかいな」
「ジルの村に行くぞーー!」
「おおーー!!」
ジルとミュラーの会話など一つも聞いてないようにヴェンとアイナは盛り上がっていた。
******
四人が村に向かって歩いている途中、
「兄さん良かったんか? 依頼内容も聞かず受理してもうて」
「……ギルドの依頼は金がないといけない……それは規則か?」
「まぁそうやな、これは遵守すべきことや」
「じゃあ払えない奴は一生依頼を受けられないってことだよな?」
「……そうや。まぁたまに無償で受ける変わり者はいるけど、ギルドから認められた正規の依頼ではないってこっちゃ」
「それでいいのか? 正しい依頼の形が助けを求めている奴からさらに金を取る形で」
「仕方ないやん、それが守らなきゃいけないギルドの規則やでな。これはみんな守っとる、それが世間の意見なんや」
「……俺さ、そんな大事な規則とかルールを一度破ってるからみんなとは考え方が違うのかもしれないけど……」
「……誰かを苦しめてるルールなら破りたいタイプなんだよ」
「そうかいな……だから今回は無償で受けた……てことかいな?」
「まぁジルの村の野菜が美味かったのもあるけどな!」
「ふっ……そうかいな」
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