第2話 元竜殺しの実力
少年が店を出ようとすると隣にいたアイナがいないことに気づいた。少年は周りを見渡すとアイナは……いた。
「おにーたんはよわくないっ!」
「あぁ? なんだこのガキ?」
「おにーたんはおまえみたいなへっぽこ、ボコボコにする!」
「何言ってんだ? このガキ?」
アイナはよりにもよって今さっき喧嘩別れをした感じのザクロの近くにいた。それだけなら良かったもののアイナはザクロにちょっかいをかけていたのだ。
「アイナのおにーたん、バカにするな! この……ハゲっ!」
「んなぁっ……!?」
アイナの言葉によって周りの男たちもケラケラわらいだす。その反応にザクロも顔を赤くして怒る寸前だ。
ついには持っていたグラスを小さなアイナの頭の上に持ってきて一気に酒を上からぶっかけた。
「ひぁゃぁ……ちめたい!」
「おっとすまんな、ガキ? 手が滑……ガハッ!?」
ーーマスターは見ていた。
それはまるで一瞬のことだった。
マスターのすぐ近くにいた小さなその少年はザクロがアイナに酒をぶっかけたその瞬間、血相を変え今までその少年が見せたことのないような怒りを表情に滲ませたのだ。
そして足を踏み込み一気にザクロたちの机に突っ込む。
速さを伴った小さな跳躍ともいえるその動きは静かにそしてただ早く一方向に--酒をかけ大笑いをしているザクロの顎付近に少年は横方向に向けた蹴りをお見舞いしたのだ。
突然の蹴りに耐えられなかったザクロは近くの壁に打ち当てられた。
「おっとすまんな、ハゲ? 足が滑った」
「おにーたん……」
少年はザクロを蹴ると空中で体勢を整えて今さっきまで一緒に飲んでいたザクロの仲間の机の上に着地した。
その動きを見てか、周りの男たちは呆気に取られたような表情をみせる。
ただ机に突っ立っているその少年を。
今さっき二倍以上の体の大きさがある大男を蹴りで吹っ飛ばしたその少年を。
「アイナ……マスターのとこに行ってるんだ。マスター! すまんが妹を頼む」
「あっ……あぁ」
少年の言う通りにアイナはトコトコとマスターのいる方に走っていった。
「ーーんなにすんだぁ!? このチビが!」
「こっちのセリフだ、ハゲ。アイナになにしてる」
さっきまで倒れていたザクロが怒号をあげて立ち上がった。そして一目散に少年のいる方に無我夢中で走っていく。
「あぁぁ!? 言っとくがな! 俺はこの町でも有名なギルド、[
ザクロはまるで人形のように簡単に膝から崩れ落ちた。床に倒れて口から泡を拭いている。
「うるさい」
ザクロがそうなったのも少年が向かってくるザクロのセリフを全て聞くことなく無残に拳を鳩尾に叩き込んだからである。
その拳のスピードは瞬きほどの一瞬……ほとんど目に見えないほどであった。
「やっぱり鳩尾は竜族に関わらずどの種族にも効くな……」
「「なっっ!?」」
ザクロを簡単に打ちのめしたこの状況に周りの男たちも立ち上がり口を開けたままである。
少年は一仕事終えたように机から降りて店長とアイナがいる方に歩いていく。
「ありがとうマスター。アイナを守ってくれてて」
「いや、これぐらいいいが……。お前何やったか分かってんのか!?」
マスターは平凡な顔でこちらに歩いてくる少年に驚いた顔をして声をかける。
「ん? 外道退治だが?」
「お前はなんもわかっちゃいねぇんだよ! ここの酒場は……」
少年はマスターが言おうとしていることを最後まで聞くことなく後ろから複数の殺気を感じた。
「おいおい、お前なにやっちゃってんの?」
「ウチのザクロさんに手出しやがって」
「こりゃ戦争だな」
後ろを振り返れば、さっきまで呆気に取られていたゴロツキたちが殺気丸出しで少年を睨みつけていた。
その数……10人。
「……なるほどな」
「ここの酒場は闇夜の狼のメンバーのたまり場なんだよ!」
焦った声色でマスターは少年を怒鳴る。
そう、この酒場は特に繁盛しているのだがその客はというとほとんどがこの町最大のギルド[闇夜の狼]のメンバーだったのだ。
「おにーたん……」
少年を思ってなのか心配そうに涙目を見せるアイナはギュッと少年の袖を握る。
「心配しないでアイナ、ちょっと……悪い狼さんたちを退治してくるから」
「うん……! がんばってぇ!」
少年はそんな心配そうにしているアイナの頭をポンポンと撫でると優しい顔でアイナに後ろ姿を見せた。
「さてボコボコにされる準備はできたか?」
「こちらのセリフだ。そっちこそいいのか? 竜殺しは別に竜だけ狩るわけじゃない。狼とか人の皮を被ったクソ野郎も狩る時はあるんだ」
まるで準備万端のように余裕な顔を見せる少年を見て10人のゴロツキたちは拳を構えた。
「やっちまえぇぇ!」
一人のゴロツキの雄叫びとともに一斉に小柄な少年の元に数人のゴロツキたちは突撃を始めた。それを確認した少年はうっすらと笑い、防御を取るどころかノーガードで男たちの拳を受ける構えを取った。
「なめやがってぇぇー!」
少年のそんな振る舞いにさらに激昂した一人のゴロツキの拳が痛々しいほどに少年の鳩尾にクリーンヒットしたと誰もが思ったが--
「なっ!? かっかてぇ!?」
「こちとら何回竜の攻撃を受けてきたと思うんだ?」
ダメージを受けたのは拳を入れられた少年--ではなく反対に拳を命中させたゴロツキの方だった。
その光景に臆したゴロツキたちを見た少年は一気に攻撃を始めた。拳を入れたゴロツキの後ろに回り込み、武の達人が惚れ惚れするぐらいの鮮やかな手刀を繰り出して一人のゴロツキを戦闘不能に追い込む。
その隙に少年の後ろから椅子を持って近づいてくるゴロツキをすぐに少年は察知するとその場で体勢を低くし、左回転の回し蹴りをノーガードだったゴロツキの足元に食らわせる。
その反動によって膝をつき倒れそうなゴロツキの頭を目がけて低い体勢のまま右足で蹴り上げた。
「--おいおい、こりゃ……どういうことだ?」
アイナを守っているマスターの目には驚きの光景の連続だった。
一回りも小さい体の少年がふた回りも大きいゴロツキ数人を相手に一度も致命傷を与えられないままなぎ倒しているのだ。
その姿--まるで獣。
人間技とは思えないほどの精錬された体術でこの狭い酒場を戦場にして狼たちを圧倒していく。
--しかしゴロツキが残り一人となったところでその流れは急に変わった。
「ヘッヘッヘ、コイツはどうだ? これじゃあ素手は無理だよな?」
「……全く。アイツが余計なものを作ったせいで……」
最後のゴロツキが手にしているものは通称魔導銃。
近年、王国で開発されたもので体内に蓄積されている人間の魔素を媒介として放たれる魔導具である。その弾は通常の銃と比べて威力、速度どれも段違いなものだった。
ゴロツキの言う通りこれを素手で受けることはほぼ不可能に近いだろう。
「分かったら大人しく両手を上げて座りやがれ!」
「……店長、果物ナイフを俺に投げてくれ!」
「はぁ!?」
「早く!」
少年はゴロツキの言うことに聞く耳なんて持たず、すぐにマスターに声をかける。
マスターもその言葉が聞こえたが突然の場面の変化、頭が上手く追いつけていなかったが、アイナが少年の叫んだ物をマスターの手元に優しく置いてくれたため状況を即座に理解することができ、結果--
「何してんだてめぇぇぇーー!」
感情に抑えが効かなくなったゴロツキが魔導銃を放とうとしたその前にマスターが投げたナイフは一直線に少年の耳元に迫っていた。
「ーーうらぁぁ!」
そして投擲されたナイフに少年はタイミングを合わせ背中を地面につけるような体勢をとって空中でナイフを右足で蹴り返した。
飛ばされたナイフの行く先はゴロツキの手元!
「あぁぁーーっ!? いってぇぇぇ!!」
ナイフは見事、魔導銃が発射される前に手元に当たり、ゴロツキは魔導銃を手放してナイフが刺さっている右手を抑えながら悶え苦しんでいる。
そして少年がその倒れ込んでいるゴロツキのちょうど股間部分を蹴り飛ばして戦いは幕を閉じたのだ。
「退治は終わりっと」
少年は手をパンパンと叩いて、まるで大掃除が完了してかのように満足気な顔だった。
マスターは驚いていた。
[闇夜の狼]は決して弱小ギルドなんかではない。ましてや今回は武器も所持してはいなかったがそれでもあんな貧相な体の少年に負けるほどの実力ではなかったはずだ。
この町一番のギルドたる由縁はそんな絶対的な実力であったのに見れば、ものの数分でそんな実力者たちは小柄な少年の手によって壊滅。
このゴロツキたちが弱かったのではない、この少年が強すぎたのだ。
「ねっ……ねぇアイナちゃんだっけ?」
「んっ! どした! マスター!」
「あのさ、お兄ちゃんってあぁいうこと何度もしてるの?」
マスターの頭の中にはあの新聞記事が浮かんでいた。『ギルド潰し多発!!』、そうマスターはもしやこれらの一件は全てこの少年がやってきたことなのではないのか? と疑問に思っていたのだ。
「んんん、あのね、これはおにーたんにいみつっていわれてるんだけど、じつはね……なんかいもあるよ!」
「まっまじかいな」
マスターの予想通り、この少年(ヴェン・アルバート)は今日の一件のように酒場を転々としている中で偶然に偶然が重なって他のギルドを壊滅させていたのだ。
しかしすぐにその場を去るため結果として犯人がわからないまま、このように記事になっていたのだ。
「んのやろぉぉ!! よくもやりやがってぇぇぇ!!」
急な雄叫び、店内が揺れる。
安堵した少年の後ろにはさっきまでのびていたザクロが起き上がり少年を凝視していた。
「なんだ、まだ戦意は喪失してなかったんだ?」
「こんのぉ! クソガキ……! 俺らはな……最強ギルドなんだよぉぉ!!」
ザクロは怒り狂いさっき少年の手によってゴロツキから手放された魔導銃を拾い上げる。そして焦点を少年もとい後ろにいるアイナとマスターに。
「最強が物に頼るとはな……それじゃあ笑われるぞ?」
「ゴチャゴチャうるせえんだよ! これで終いだ!」
ザクロは魔導銃を放とうとしたが--!?
「だぁあぁぁっっ!? おっおもい!?」
突如、ザクロは片手で持っていた魔導銃を両手で押さえ始めた。
しかし銃の重さが増しているのかだんだんと銃の位置は元の手の位置よりも地面に近づいていき……遂にはザクロは銃を手放した。『ドンッ!』と店の地面に魔導銃はめり込む。
「どうした? 銃の重さについていけなくなったか? 最強さん」
「まさかお前か!? 何しやがった!?」
「魔法を使ったまでだ。本当は疲れるから魔力を消費したくなかったのに……」
「魔法だと……!? 嘘だ! こんな魔法見たことねぇ!」
「当たり前だ……これは『超級魔法』、一般人が認知している『上級魔法』の上。王国規則によれば基本的には竜族との戦闘でしか使ってはならない規則の魔法だからな」
この世界の一般的な魔法の基準は日々の生活で使われる『下級魔法』、ある程度魔法による知識を得た者が発動できる『中級魔法』、王国にその実力が認知されるほどの魔法使いが発動できる『上級魔法』の三つに分類される。
いずれにせよヴェンの使う『超級魔法』はこの三つを遥かに凌ぐものであった。
王国規則とは王国が定めた規則であり大陸全土にわたって知られている遵守すべき規則。
しかしその中には一般に知られてない規則も存在しこのヴェンが扱ってる『超級魔法』もその一つだ。
「ちょっ超級魔法だと……!? そっそんなもん一般人に使ってるなんて、はっ犯罪じゃねぇか!」
「おいおい、何言ってるんだ。俺は元竜殺し……王国規則には縛られてない存在だぞ?」
一般では認知されていない『超級魔法』……ならば王国関係者の目に止まらなければその罪は問われない。ましてやこの酒場には王国騎士団もその影を見せない。
「おっお前何者だよ……!?」
「俺のことはどうだっていい、お前は俺を怒らせた。一つ目はアイナに汚い液体をぶっかけたこと……」
「ヒッヒィイィ!!」
ザクロはその少年から発しられる威圧もとい魔力圧を感じ、すぐさまその場から立ち去ろうとする。
「そして二つ目はアイナに銃口を向けたこと」
酒場の出口から出ようとした瞬間、ザクロは不思議な体験をした。
足がピクリとも動かないのだ。足の指が一本も動かない、ましてや時間が経つことに足の先から頭の先まで徐々に上から何かで押さえられている気がして……。
「堕ちろ!! 翼をもがれた竜の如く……『
少年は上に上げていた右手を即座に下に下げた。
そして急な重圧がザクロに襲いかかる。それは感じたことのない重り、上には何も存在しないというのに上から何かが迫るような感覚。体が言うことを効かない。
重力がザクロを襲う!
『潰れる……!』ザクロは一瞬で悟った。
「うががががぁぁ!!」
遂にはザクロにかかる重さに耐えきれず店の床が倒壊し、ザクロは空いた床の穴に堕ちていくことになった。
ヴェンの放った重力魔法によってザクロは戦闘不能に陥ったのだ。
******
「マスター、ありがとう。それと店汚してしまってごめんなさい」
ヴェンはさっきまでザクロに見せていた表情と威圧を感じられないぐらいに深々と謝罪をした。
「(本当に今さっき戦ってたヤツなのか? 雰囲気がまるで違う……)--そっそれはいいけどよお前さんまさか本当に竜殺しだったのか?」
「うん、言ったじゃん。さっきの信じてなかった?」
「いやいやいや、そんなことはないぞ〜」
信じてないと言えば、何をされるかわからない……そう思ったマスターは適当な表情を見せて話を流した。
「でっでもなんでそんな大層な職業にいたのにやめちまったんだ?」
「やめたって言うか……やめさせらてたんだ」
「お? そりゃあどういう……?」
マスターをそれから先のことは聞かないようにした。
ヴェンの表情を見て……いや表に出さない威圧がマスターの口を閉じさせたのだ。ここから先は聞くな……その言葉がヴェンの心の内から出されていたのだった。
竜殺し……王国から認められた選り抜きの猛者たちが就く職業。人類の天敵とされる魔獣……竜族を討ち滅ぼすのが目的のいわば人類の英雄たち。
ただそんな竜殺しにも禁忌なるものがある。それは……人類の天敵である竜族を助ける、自らの手で逃すといった、いずれ将来、人類に天災をもたらしうる行為をすること。
この少年……ヴェン・アルバートは禁忌犯しの元竜殺しなのだ。
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