懺悔トライフル

「君に罪を増やすのは君の本体の趣味じゃなくて、わた...僕の本体の趣味だからね」

 そう断って店長はニコリと笑った。機械的な美しい笑みだった。

「そっか」

 とだけ言って林檎は押し黙った。たった数分時を止めただけだというのに責任を信じられないほど感じているその姿に店長は苦笑する。林檎の人間らしく律儀なところを店長はかなり評価してはいたが、こうも面倒なところまで人間に似るとは...本当に面倒だ、食べてしまおうか。などと店長が考えていると、林檎は思考を読んだのかなんなのか、ま、いっかぁ。過ぎたことだしね。と林檎は案外あっさりと割り切ったそぶりを見せた。

 神というのは権能を持っている。そして二千年ほど生きていたとしてもしばらく何もしていないのであれば若い神と認識される。知っている人間の目を通して知らぬ景色を見ることもできるし、人からある程度認識されている。だからこそ神は神なのだが、神の権能にも限界はある。どこぞの浅黒い肌の悪趣味な邪神は、無知蒙昧なまま微睡んでいる父のお陰でやれぬことなどほぼないが、精々店長や林檎程度の神であれば、ある程度夢を見させたり少し先の未来のパターンをいくつか見たりささやかな願いを叶えたり死に続けながら生き返ったりという、超能力か何かに目覚めた人間より少し勝る程度の権能しか持たない。だからこそ林檎の考えは店長には全く分からなかったし、店長がこれから話すことも林檎は何一つとして知ることができない。

「あの二人、分かるかな」

「...?刑事さんの方?それともあの...う、名前を出すのも憚られるね...」

「後者かな。ついこの間ガンになった方さ」

「じゃああのクソ野郎だ」

「心中なんて随分ロマンティックなことするじゃないか!僕は気に入ったよ、元からお気に入りだったけども」

「治さなかった僕を恨みに来たの?君も随分と人間に入れ込むじゃないか」

「違う違う!寧ろ治しちゃったら僕の出る幕がないだろう!君にはお礼を言いに来たのさ!」

「...礼?」

「そうさ!あの二人随分と投身自殺にこだわるねぇ。一回似たようなこともしてるし」

「...」

「聞きたくないの?あの二人にも君は目をかけてたじゃないか」

「ヒトの最期なんて聞きたくもないやい。特にあんな奴のなんかの...」

「?...いつ誰が最後なんて言ったんだい?」

「...なんだって?」

「金雀枝と金ヶ瀬に呪文を使わせてね、二人を気絶させてもらって、僕は無理やり彼らの夢の中に入り込んだ」

「...!?」

「君も知ってるだろ?僕はヒトの夢の中に入り込めるし、夢の中でヒトが宣言したことを現実にすることもできるって」

「ま、さか!」

 複雑な表情が面布の後ろに浮かんでいるのだろうと言うことが、店長には手に取るようにわかった。林檎はそういう、人間臭い神なのだから。細長いスプーンを勢いよくトライフルへ突き刺し立ち上がる林檎に、店長はにっこりと笑みを深くさせた。先ほどの機械的な笑みとは打って変わって、蠱惑的なその笑顔はまるで人間のようだ。

「君が思っているのとは違うよ!もっと楽しいことさ」

「...じゃあなんだっていうんだい」

「猫宮三和に石黒頼久のガンを転移させた」

「な...にをしてるんだ君は!!!」

「何って...ほら、ヒトって自分より大事な人間が死ぬほうが、自身が死ぬより辛いだろう?」

「...なんなんだ一体!な...んてこと、を!」

「猫宮ちゃんは了承したよ。彼女にしか交渉はできなかったからね、石黒頼久の回答の合否を待たずに転移させた。プレゼントとして子供を一人猫宮ちゃんのお腹の中にあげたよ。僕から送ることのできる精一杯のプレゼントさ」

「に...人間があのガンの進行状況で子供を産んでみろ...死んでしまうぞ!」

「そうだね」

「だから」

「ヒトは美しいんじゃないか!」

 林檎はあまりの衝撃に黙りこくるが、店長は自身が作ったトライフルをつつき楽しげに話し続けた。もし子供が死ななかったらご褒美に子供に”妹”をあげるだとか、死んだ猫宮をどう頼久に食べさせるか楽しみだとか、ガンになった部分はしっかり活用して調理する予定だとか、そういえばあの探偵部の部長の肉も仕入れてこなければだとか、そんなグロテスクで倫理観の欠けた話をとりとめもない話をするかのようにいい、そして笑う。今度は機械的でも美しくもない。口角が三日月のように釣り上がる、悪趣味で均整のとれた吐き気のする笑みだ。

「だから、僕は君に感謝しに来たのさ」

「有難う!お陰で僕の可愛い”探索者”の1幕がまた無事に降ろされる事となった!」

「心から感謝するよ、林檎。まぁ、君も神の端くれだ。僕の判断に不満があるなら、せいぜい足掻いて見せてくれ給え」

「守りたいものだけしか殺せない、僕の愛しい共犯神!」

 ケラケラと言う笑い声とバニラエッセンスの香りを纏った風を残して、サラサラと砂のように崩されていく店長の姿。ああ、と放心状態で呟く神の頰を伝い溢れていく透明の水。大きなグラスの中に入った林檎のトライフルと甘く温かい絶望だけが、醜く惨めな嫉妬と恋の神の前に残っていた。


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