幻肢痛ランジェリー
貴方は目を覚ます。今日の天気は晴れだ。上品な色のカーテンから溢れる日差しが眩しい。貴方は手をつこうとして、ベッドから転げ落ちる。
「...っ、は」
手が無い。右手だ。
「そっかー、そうだったっけ」
貴方は思い出す。可愛らしい仔猫に噛まれた大きな傷のことを。
「...」
そして更に思い出す。今はお腹が減っているのだ。猛烈に。
「よし、ご飯作るか!」
と言っても貴方のご飯はすぐに終わる。リビングに行き、女性の肢体に掛かっているバッグを取り、中に物がないか漁るのだ。貴方の知り合いがここに居るのなら、まるでゴミを漁る鴉のようだと言って嘲るかもしれないが、生憎貴方は”ペットのものは僕のもの、でも僕のものは僕のもの”というジャイアニズムと言ってもまあ当たらずとも遠からずな発想を持っている。猫が隠しこんだ缶詰を探してため息をつく飼い主の気分なのだろう。
そんなこんなで貴方は...賞味期限ギリギリのぬるい携帯型食料、所謂なんとかゼリーを発見する。貴方のお腹はぐぅ、となった。
「...まあいっかー、はあぁ」
残念ながら今回は、料理まで貴方好みの女性とはいかなかったようだ。貴方好みの女性というのは、清楚な服の趣味で、黒い髪の毛で、できればロングで、顔立ちが可愛らしいというよりは綺麗で、感度がよくて、いじめがいがあって、そして明日の料理やお弁当を、自分一人だけでもしっかり用意できるタイプの、献身的なくせに攻撃的な女性...だった、かもしれない。女性の肢体には、貴方が一昨日付けた拘束具が嵌められている。さらりとよく手入れされたであろうその黒髪には、その痣がよく映える、と貴方は思い無意識に笑顔を浮かべることだろう。
「ふふふ」
ゼリーを咥えつつ貴方は身支度をし、その傍らで手慣れた手つきで女性のバッグの中身を使えるものだけ取り出す。そして、他は全て愛用のライターで燃やしてしまう。清潔な白手袋を嵌め年季の入った上品な色合いの革のコートを翻す様は、グロテスクな腐臭の漂う20代程度の女性の死体がなければもっと素敵なものだっただろう。そのまま貴方は家を出ようと靴を履き、そして、
「あ、忘れてた」
携帯のカメラ機能を起こす。
「そうそう、これを撮っておかなきゃ」
カシャリ。
よく整理された女性的な部屋に、無機質なシャッター音が響く。貴方の携帯の画面の中には、グロテスクに内臓を割かれ、髪を振り乱し、四肢が腐り果てた、美しい女性のランジェリー姿だった。
「んじゃ、行ってきまーす!」
「もう2度と帰ってこないけどね!」
貴方は丁寧にドアを閉め、スキップでもしながら朝6時の町並みを歩く。あ、誰々さん今日元気?彼氏さんだよね?などと声をかけられるかもしれない。けれど貴方はマスクを引き上げたままこういうのだ。
「もう別れたよ」
「だって」
「猫宮ちゃんより料理、下手くそなんだもの」
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