夢見がちミヌエット

「うっわぁ、グロい...」

 明らかに怪しい男性が肩にどん、とぶつかり、すられていないだろうか...と職業病ながらバッグの中身を確認すればこれだ。彼曰く『ラブレター』だというこれは...毎度送られてくる度にドン引きする。中には上品な封筒の中に入った写真とメッセージカード。写真の中では今度はきれいめの女性が首を絞められている。メッセージカードには一緒に休日にショッピングモールの近くに遊園地が出来たから午後はそこのフリーマーケットでものを見て遊んで、その後遊園地へ行こうという旨が書かれていた。

「...」

 上条先輩のデスクへすぐさま行き、手袋をつけたままにっこりと微笑んで封筒を見せる。上条刑事は顔をしかめるが、やはりそこはイケメン、何をしても様になるものだ。

「...あー、猫宮?もしかしてだが...」

「はい。”デート”です」

「...あまり遅くなるなよ」

 ガタリ、と立ち上がった上条先輩は、すぐさま手袋をつけ封筒を手に取った。背後の画像から犯行現場と...できれば拠点を知る為、鑑識へ回そうとしているのだろう。

「お父さんみたいなこと言いますね」

「普通の親は殺人鬼とデートに行かせない」

「...先輩は普通の親じゃないお父さんになるんですか?」

「いいや。きっと子煩悩だからな」

 ーーー勢い余って、殺してくれと懇願するまで痛めつけてから殺してしまうさ。

「ひゅう」

「...それと、これは一応”極秘の職務”だ。お前には表向き有給を取ってもらうがーーー」

「全然いいですよ!」

「そうじゃない」

「え゛」

「遊びじゃないんだぞ。お前の隣にいるのは殺人鬼だ。ただのじゃない、わかってるだろ」

「そうですね」

「だからな、」

「でもあんまり意識しすぎると、うっかり殺されかけますから」

 大きくため息をつく上条先輩は、ここ数週間でどん、と増えた気がする。もしや上条刑事もいろいろ面倒ごとに巻き込まれているのだろうか。そうじゃなくたって最近は殺人事件が多いのだ、先輩も寝不足で血の気が多い。今誰かが上条先輩を白い部屋に閉じ込めようものなら、口の中に拳銃を入れてそいつの頭を割れたスイカみたいにしてしまうだろう。

 でも。21歳女子。やりたい盛り、恋愛したい盛りである。そりゃ好きな人にデートに誘われたら嬉しくなって跳ね上がってしまう。カードの中のボロボロの女性にムッとしたのは一生墓場まで持っていくし、浮かれている私を今にも飛びかからんと言った具合で抑え込んでいる私もいるし。そりゃもう...かなーり複雑な気分なのだが。

「...ならいい。デートを楽しんでこい」

「...意外でした。もっと怒るかと思ってたのに」

 そう私が呟けば、上条先輩はこういう。

「命には変えられないからな。それに、恋愛はするものじゃなくていつの間にかしてるモンだ」

「...っれ、恋愛について、上条先輩から聞く日があるとは思いませんでした...」

 バレてら。いや、でもいいのか?犯罪者だぞ?忘れてないんか?そういう私の頭の中の疑問に、上条先輩は一言。

「それに、お前は俺と同じで、仕事と私情は分けるタイプだろうしな」

 ーーーいや、そう信じてる、と言いたいだけだな。悪い。

 言葉に詰まる。その日上条先輩とは顔を合わせづらかった。


「で?上司と喧嘩したと?...よくある話ですねぇ」

「ううう...あ、明日着ていく服何がいいですかね」

「完全に復活してるじゃないですか。心配して損しました」

 落ち着くコーヒーの匂いを纏って、店員さんはため息をつく。最近よく夜に夜食亭と称し開くようになったこの喫茶店の中、珍しく私が黙りこくると、店員ーーー京さんはことりと私のビールの消えたグラスを回収し、こんなことを宣った。

「...」

「そうですね、清楚系がいいといっていたのなら、丈の短い白のワンピースでいいと思いますよ」

「...へ?」

「丈が短いのは身長に合わせてです。ひきづってしまうとだらしがないですからね。その代わり黒のニーソか何かを履いていけばいい筈です」

「...京さんて、もしかして男です?」

「どうでしょうねぇ」

 飄々とはぐらかすその声の高さや強かさ、微笑み方は女性的だが、人に容赦のない発想や言動は男そのものだ。なんだか両方の性別のいいとこ取りをしているようで、なんだか羨ましい。

「白のワンピースがないなら、いつもの格好をしていったらどうです?」

「いいんですか?」

「簡単にお化粧をして、少し気合を入れれば、猫宮さんみたいな方は大丈夫ですよ」

「...どういう意味ですかぁ、それ」

「言葉通りの意味ですよ」

「ううう...そうしますぅ...」

 結局はぐらかされたままだ。もうこのままお代わりされたこのグラスの中の泡に沈んでしまいたい気分だ。でも、好きな人とのデートは私だって流石に憂鬱だが楽しみなのだ。しょうがない。そう呟いて開き直れば、少しは進歩したじゃないですか、と京さんがからからと笑った。


 電車の中、待ち合わせ場所までいくのに数時間かかるというところで痴漢にあった。痴漢だ。...実をいうと結構やられる。今回は悪質で、さわさわと尻のわり目を撫ぜてくる。きっしょい。次の駅まで待って、空いた瞬間に投げ飛ばしてやろう!と好きなだけやらせていたのだが、流石にはあはあと後ろから迫ってくる吐息に吐き気がし始めた。...おいクソおじ、やめろ。誰が用意したかも知らないし、殺人鬼がくれたものだけど、好きな男性から物送られたの初めてなんだぞ。そんな大切なピアスにてめえのくっさい息ふきかけんじゃねーよ。私の手が痴漢の手を掴もうとしたその瞬間、聞き覚えのある爽やかな...周りの目がない場合は爽やかじゃないんだけど...まあそんな声が車内に響いた。

「...僕の彼女に、手を触れないで下さい」

 きゃー、と騒ぎながら動画を撮る女子高生から逃げるように車内を出た私が、やっと痴漢の手を斬り落とそうと息巻いている私の最高最悪な殺人鬼ーーー石黒頼久を完全に抑え込めるのは、あと一時間と数分後。


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