第7話 人形と錬金術師 その2

 痩せぎすの獣人の男はロイドとシルビアの言葉に頷き、ワイズマン伯爵が行方

不明である事を肯定した。頷いた際にズレた黒淵の眼鏡の位置を直しつつ、クイッケンと名乗ったその男は言葉を続けた。


「あなた方はワイズマン伯爵のお知り合いとの事ですが、見た所あなた達は冒険者ではないでしょうか? 宜しければ彼の捜索をお願い出来ないでしょうか……」


「捜索……ですか? 失礼ですが二年も前との事ですが捜索依頼は出されていないのですか? こちらとしても伯爵には会いたくはあるので、探す事自体のはやぶさかではないのですが……」


 腹芸がさほど得意ではないシルビアは、言外に二年も経過して今更依頼される事への不自然さに身構えている事を隠し切れない。

その事を読み取ったのか、クイッケンは答える。


「捜査の依頼自体は既に当局に提出していましたが、進展が無いままつい先日、捜査の打ち切りが伝えられたのです……。伯爵には強力な護衛の人形ゴーレムが付いている上に伯爵自身も錬金術師として相当な手練れであり、そこらの魔獣や野盗の類程度に敗れる事はまずありません。この為、我々は伯爵が何らかの事件に巻き込まれていると考えています。そうですね、


 そういって、クイッケンは左手にシルビアやロイド達のを広げて見せた。


「何っ!?」


 瞬間的に戦闘態勢をロイドは取り、シルビアをかばう様に立ち塞がる。

その様子を確認したクイッケンは制止する様に右手を広げた。その様子にロイドが動きを止めたのを確認すると、テーブルに置かれた灰皿に手配書を立て、装飾の施されたライターと思しきオブジェの様な杖を起動しタバコを着火する為の火の魔法で手配書を焼いた。


「我々は味方です……。その証拠に、


「……! なら、アンタ達の目的は何だ!」


「そこは明確です。ワイズマン伯爵を助け出す事です。……話を戻しましょう。捜索が打ち切られたのは、恐らく既に伯爵がからです。伯爵の功績を考慮するなら、その事実を伏せたまま捕らえておきたいのでしょう。冒険者ギルドの大部分を抑えられている現状、頼れる戦力はほんの一部だけで、とてもではないですが救出なんて夢のまた夢……」


 灰皿から立ち上る炎に視線を落とし、クイッケンは言葉を切った。

その眼には焦りや不安が滲んでいる様にシルビアは感じた。


「ですが、ロイド、貴方がここにいるのなら話は別です。貴方は間違いなくワイズマン伯爵の造った人形ゴーレムの中でも。その力は魔王を討ったというにも匹敵、あるいは凌駕する人形ゴーレムなのですから……」


「オメガコード?」


 聞きなれない単語に思わずシルビアは聞き返した。

小さく頷くと、クイッケンは眼鏡を中指で押し上げながら答えた。


「一般的にはあまり知られていませんが、百年前に建造された最強の人形ゴーレムです。二十四機がそれぞれに騎士団と戦闘用人形ゴーレムを伴って魔王に挑み、見事魔王を討ち取ったものの、残ったのは八機だったといわれています」


「伝説の人形ゴーレム……そんなのがあったのか……」


「いずれにせよ、現状ロイドクラスの人形ゴーレムを造れるのはワイズマン伯爵をおいて他には居ません。ワイズマン伯爵が特定の勢力に加担するという事は、諸王間のミリタリーバランスが崩壊しかねない、非常に危うい問題なのです。お願いです! 伯爵を助けてください!」


 そういって、クイッケンは深々と頭を下げる。

ロイドとシルビアはお互い見合わせると、困ったような顔をするのだった。


◆◆◆ ◆◆◆


「……で、俺達の意見を聞きたいと……?」


「まぁ、味方は多い方がいいに決まってますわ! 元々指輪の返却が目的ですし、ワイズマン伯爵を助ける事自体は特に異論ありません」


 胸を張って答えるローズの横で、ジョンはやれやれと小さく嘆息した。


「ひとまず、足跡を辿るなら、最後に立ち寄った場所であるというワイズマン伯爵の個人の研究室を調べたいんですが、よろしいですかな?」


「ええ、構いません。ですが何分二年前から現場維持はしているつもりですが、至らぬ点があるかもしれません……それでも宜しければ……」


 こうして、一旦ローズ達と合流したロイド達は、二年前に一度帰還した際の痕跡から足跡を辿る為、クイッケンを伴いワイズマン伯爵の研究室を調べる事にした。

そこは高度な錬金術の工房であり、ロイドの生まれた場所でもあった。

 工房の中央部には寸胴鍋の様な金属製の大型人形ゴーレムが鎮座していた。

それが設置された床はその重量から床をへこませる程重い事が見て取れる。

しかし、長らく起動していた様子は無く、破損も見られなかった為、何らかの形で停止している様だった。

 その他は作業台に様々なガラス製のビーカーや蒸留器が設置され、それらを洗浄する為の流し台が複数並んでいる。部屋の角には炉やふいご、坩堝るつぼが固めて置いてあった。

火種を避ける様にして防火の術式を刻んだ板材で出来た棚には、各種薬品、素材、本を収める収納棚が壁面一杯に固定されている。

事務作業用と思しき机には様々な書類理路整然と積みあがっており、几帳面だが処理能力以上の仕事が押し付けられている様に見えた。


「……これは……どうやら家探しされた後みたいですね」


「どういう事なの、ジョン?!」


「ホコリの積もり具合ですかね……ほら、この辺の積もり具合だけんですよ。持ち出された跡って訳です。後、病的なまで索引順に並んでいるのに、所々抜けたり、入れ替わったりしているんすよ。目録とかと参照出来れば比較した方が良いかもですな」


 一見すると特に異常の見られない工房であったか、ジョンの観察通りに所々ホコリの厚さ違うなどしており、何者かによる探索を受け、いくつかの蔵書と書類、機材が失われている事が確認されるのだった。

何らかメモや手紙の類はごっそり持っていかれたらしく、友人からの近況報告といった他愛のない内容のものしか残っていなかった。

残された手紙の中にローズの父、ジョージ・グレイスの宛名の封筒のみが残されていた。二人が友好関係を結んでいた事はこれで確定し、恐らくこの手紙の内容からローズへの領地の差し押さえなどが行われる切っ掛けとなったのだろう。


「……父上……」


「お嬢、もしかしたらあの指輪、ここで使うものかもしれやせん。一度調べてみませんかいい?」


「そうね……ちょっと待っていて」


 そういうと、ローズは父から託された赤石の指輪を胸元から取り出す。この指輪が何らかの形で鍵として機能する可能性を考慮して、再度この研究室を調べる為だ。


「そ、それは……! まさか賢者の石!? まさかワイズマン伯爵は賢者の石を精製する域にまで達していたなんて……」


 その指輪を見たクイッケンからその様なうめき声が上がった。


「そんなに凄いものなんですの?」


「はい、恐ろしく価値のあるものです。一概にはいえませんが、あらゆる物質を自在に精製する事が可能な万能の素材とも、単に高密度の魔力マナの結晶だともいわれています。実質錬金術師の奥義といっても過言ではありません」


 そういうと、指輪を調べるクイッケンであったが、石に凄まじい魔力がある様ではなかったが、その詳細を知るには至らなかった。その様なやり取りをしている内に、指輪に反応してか、部屋中央の人形が起動したのだった。


「フィロソフィーリングを確認。再起動。……認証完了。グレイス家の血筋である事を確認。ようこそ、グレイス女史。貴女の来訪を歓迎します」


「な!? アンドが起動した? あれから何度調べても起動しなかったのに……」


 部屋の中央に鎮座しているそれは、大型人形ゴーレムの胴体部分にあたるもので、四肢がない寸動鍋の様な形状をしており、上の三分の一は黒い帯状のスクリーンになっていた。その材質はロイドの顔のディスプレイと酷似したものだった。

その大型人形ゴーレムの突然の起動に驚くクイッケンに反応する様に赤い光点がぐるりと帯を移動し、瞳の様に明滅した。


「クイッケン助手を確認。……認証完了。クイッケン助手の生体データが一致する事を確認。ようこそ、クイッケン助手。本日のご用件を伺えますか? 伝言として記録し、後日詳細を伯爵にお伝えしておきます」


 アンドと呼ばれた大型人形ゴーレムは流暢な女性の声で対応する。


「君は一体……」


「私はワイズマン伯爵の共同研究機構における応答式の予定管理、及び情報分析用の総合人工知能ユニット、『アンド』です。以後お見知りおきを」


「ではアンド、今まで機能停止していた理由を聞かせてもらえるかな?」


「詳細不明。何者かによる不正な停止措置によるものと推測されます」


「どういう事ですの?」


「アンドはこの部屋の警備も行っていました。泥棒等が侵入すると、魔法で迎撃する仕組みになっていたので、それを防ぐ為に無理やり停止させた影響で動かなくなっていたみたいですね……」


「予定管理って事は、何かワイズマン伯爵の予定とか聞いてないかなー」


 興味深そうにアンドを調べて回っていたシルビアが呟いた。


「最新の物はシリアルポートの街へ向かい、国境を渡るという話を聞きました」


「日付は……二年前……ここを出た後はそのシリアルポートの街に向かったと見るべきですかね……しかし、何が目的でしょうかねぇ……」


「国境を渡るとあったし、追手から逃れる為じゃないかな……。どこに掴まっているか分かってないなら、足跡を辿った方がいいのかもしれないけど……」


 ロイドが唸りながら腕を組む。その発言に反応する様に、アンドの赤く光る瞳がロイドの目の前まで動き出す。


「ロイドを確認。……認証完了。ワイズマン伯爵よりメッセージが一件あります」


 アンドがそこまでいうと、どこからともなく男性の声が響いてくる。


『ロイド、良くここまで来た。現在私は都合が悪く直接この場で会う事は困難である。代わりといっては何だが、お前専用の追加装備を幾つか用意した。アンドから受け取って欲しい。きっと何かの役に立つだろう……』


「メッセージは以上です。アイテムを二件、を転送します……」


 アンドの瞳から赤い光がロイドの額の宝玉に向けて発射される。

光を受けたロイドの顔のディスプレイに『受け取り中』の文字が表示され、

額の光の帯が消えた。次の瞬間、追加情報を受け取ったロイドの魔導頭脳内に

ワイズマン伯爵の幻影が現れる。


『ロイドがこのメッセージが見る事は、可能性としては低いがゼロではないと考え残す。端的に言おう。私の敵は諸王だ。諸王の一人、空王ネット・ヴァーミリオン七世である。奴からの刺客から複数回の襲撃を受けている。あの男の目的は、オメガコードの複製、もしくは後継機を作成し、軍事的優位性を確保しようとしている物と考えられる。その為に私とを欲している、という訳だ。もし私を助けようと考えているなら、奴の王都を目指すといいだろう。そうでないなら、上手く身を隠し、妖精達と達者に暮らしてほしい……。以上がビート・ワイズマンの願いである』


 メッセージの再生が終わると同時に、ロイドの意識が現実に戻ってくる。

頭部に雷光が走り、次第に意識もはっきりしてきた。

ワイズマン伯爵が捕らえられた可能性が高いという事は、このまま放置していればヴァーミリオン七世によって戦争が起こるかもしれない。

ロイド達は選択を迫られようとしていた。

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遠雷のロイド~金属人形の英雄譚~ 金物 光照 @s-ness

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