第6話 人形と錬金術師 その1

 学術都市であるドメインの街の門は開かれ、多くの商人、学者、あるいは旅行者と思しき人々が行き交っていた。門番と大型の魔物対策用の人形ゴーレムに守られた石造りの門構えは、厳格な雰囲気の中に何かギラギラした何かを覆い隠している様でもあった。

ロイド達はヴォイドの手の者やギルドからの手配を考慮し、魔法や物理的な変装を行っていた。変装は学者の一団を装ったもので、見事な物であったが、当人達はいつ見破られるかヒヤヒヤしながら門をくぐるのだった。門番達目端で監視しつつ、

特にロイド達を見咎めるでもなく、門の両脇を守っていた。その目は特に気負いも、過度の緊張も無く、自然体で街の敵に備えているのであった。それは、

暗に手配が回ってきていない事を示していた。

 門から離れ、暫くいった路地の先で、ジョンは長い大きくため息を吐きながら声をあげた。


「あー、緊張した!しかし何ですかねぇ、アレ。全く警戒してないじゃあないですか……」


「色々準備したのに、何か損した気分ー!」


 シルビアが変装の為に身に付けた瓶底の様な眼鏡を外しながら、唇を尖らせた。


「まぁ、何にせよ無事到着出来て一安心です。疲れを癒す為にも宿を確保したい所ですわね」


 目深にかぶったとんがり帽子を取りながらローズは宿を取る事を提案する。

等と話しているとロイドの目がぼんやりとしたかと思うと、額から伸びた二房の光の帯も散り散りになったりと、途切れがちになる。


「うん? ロイド、どうした?」


「……思ったより……森で使ったあの能力ちからで消耗しているみたいだ……。調整が必要そう……つまり、今、とても眠いんだ……私も……宿を取るのに賛成だが……」


「……確かに魔力とかも消耗していやすし、ここらで一旦休みますかね。シルビアもお嬢も、それでよござんすね?」


 特に反対意見も出ず、一行はひとまず宿を取り、一息つく事にした。


◆◆◆ ◆◆◆


 宿に到着すると、ロイドは部屋の隅の椅子に腰かけると、腰のベルトにはめ込まれた宝珠から炎の魔石のはまった冠を取り出し、いつもの冠と取り換えた。

みるみるうちに青かった鎧の色が深紅に染まり、頭部から頭髪の様に炎のたてがみが伸びる。


「それではこの冠と同期……体を馴染ませるのに三時間程眠らせてもらいます。

起きたら今回の様に消耗しなくなる筈です。後はよろ……しく……」


 言い終わると、ロイドの顔を映していた球面状のディスプレーは暗黒をたたええ、

たてがみの炎は薪が燃え尽きたかの様に沈黙し睡眠に入る。

同じタイミングで慣れない馬車の振動や長時間馬車に隠れていたストレスからか、

シルビア以外の十二人の妖精達はベットを一つ占領し、眠りについた。


「シルビア、ロイドがこんな感じで眠るのは頻繁ひんぱんにあるんですかい?」


「ううん、凄く珍しいよ。普段の睡眠以外に休もうとしたのはバカスカ必殺技スパークバンカーを使った時と……いや、それ位かな……」


 シルビアは言い淀みつつも、ロイドが戦闘後眠りにつく条件を伝えた。


「と、いう事は、あまり魔法を乱発される様な状況になると、今回みたいに休息が急に必要になる可能性があるのですね……。出来る限りロイドの負担にならない様にフォローしないといけませんわね」


 三人は小さく頷いた。

戦地で意識を失うのは、死と同意義である。

普通の人であれば、訓練や多少の無理をする事である程度誤魔化せるが、人工的に作られた人形ゴーレムはそうはいかない。不具合が起こる可能性を見越して

ある程度冗長性があるとしても、設定された値以上は許容出来ないのだ。無論、

生物にも同じ事がいえるので、無理を重ねる事は避けるべきではあるのだが……。


「まぁ、ロイドには随分助けられたからなぁ。……しかし、改めて考えてみると、ロイドは人形ゴーレムとして余りにもんですよね……。あれは俺の知る限り人形ゴーレムを超越してますねぇ……」


 ジョンは頭をかきながら小さく唸る。


「食事はするし、喜怒哀楽がある。加えてあんたシルビアからの。普通じゃあ無いっすよ」


「普通の人形ゴーレムは命令が無いと動けない上に命令以上の事は出来ないですからね」


「元々は魔王軍との戦争で数的不利を覆す為に複数の人形ゴーレムを投入して暴れさせ、戦線を確認、維持していた兵士が人形騎士ゴーレムナイトの始まりだったらしいですな。平和になって適当に野放しだと使い物にならんので、最近は完全に人形ゴーレムを制御下に置くのが主流だとか。複数の人形ゴーレムを制御するのはまぁ大変で、結果的に兵器として運用する兵士への負担が増大しているとも……。もしかしたら、その辺を解決する為の試作型かもしれませんな」


「そういえば人形騎士ゴーレムナイトは、人形ゴーレムを制御し、導く指揮官でもあるとお父様が言ってましたわ……。わたくしにはその才能は無いとも言われましたが……」


「いや、お嬢、あれは異能の類ですぜ。例えるなら外付けの手足を百近く生やして個々に別の動きをさせる様なもんです。その上で死なずに命令を出し続ける事が求められるんですから」


「あのヴォイドとかいう人形騎士ゴーレムナイト崩れも使役していた人形の数が多かったですね。という事は相当な化け物めいた腕の持ち主だったのですね……」


「まぁ、片腕ぶっ飛んでましたけどね」


 そういうと、ジョンはくっくっくと嗜虐的しぎゃくてきな笑みを浮かべた。


「……ジョン……そういう冗談はよした方がいいわ……下品よ」


 ローズは目を細めてジョンをたしなめた。

その眼光で我に返ったジョンは、肩をすくめおどける様に答える。


「おっと、これは失礼をば。まぁ、何にしてもロイドが目を覚ますまでに買い物まで済ませちまいましょう。物資は補充出来る時に補充しておくのが鉄則ですぜ。

今の内に買う物をメモしておいた方がいいでしょうな」


「問題はその後なんだけど……どう動こうか? 何だか検問も無かったからすぐにどうこうなるとは思わないケド……」


「ワイズマン伯爵が共同研究機構に所属していた様ですし、まずはそちらを訪ねたい所ですが……」


「お尋ね者だと会い難いよねぇー」


「まだ手配されてないであろうロイド達を先に行かせてアポ取るのはどうです?」


「それが無難かなー。後はのだけど……」


◆◆◆ ◆◆◆


「……という訳で、恩義のあるワイズマン伯爵にお目通り願えないでしょうか?」


 ロイドの入手経緯など、不要な情報を省き、一般的な用向きを警備兵にシルビアが伝えた。これを受け、共同研究機構の警備兵はしばらく考え込み、ややあってから答えた。


「……確認して参ります。この先のロビーで少々お待ちください」


「よろしくお願いします」


 事務的なやり取りで、警備兵はその場を後にした。

ロビーには機械仕掛けの柱時計がカチコチと時を刻んでいる他は、八脚の椅子と大きな丸テーブル一つとシンプルな構成の部屋であった。

引っ切り無しに小型人形ゴーレムが行き来する他は生物の気配が薄い。

買い物を終え、ロイドが目覚めた後、ロイドとシルビアの二人は共同研究機構へと向かったのだった。そうして、今に至る。

 三十分程経って、応接室に通された二人の前に、如何にも研究者然とした痩躯そうくの獣人が現れた。細身で楕円型のレンズをあしらった黒縁くろぶちの眼鏡をかけている。

明らかにワイズマン伯爵ではない人物の登場に身構えるロイドだったが、

全くその様子を気にも留めず、男は二人に近づいてきた。


「お初にお目にかかります。共同研究機構の開発局所属のクイッケンです。

以後お見知りおきを……」


 クイッケンと名乗る男はそういってシルビアに握手を求めた。

シルビアは握手に応じた後、クイッケンに促され応接室のソファに腰を下ろす。


「早速ですが、ワイズマン伯爵は現在このドメイン支部にはられません。

二年ほど前から行方不明になっているのです」


「「行方不明!?」」

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