第3話 追撃者を討て

「ワイズマン伯爵は私の製作者父親です……」


「お、お願い! 詳しい話を聞かせて!」


 ローズは目的の人物の名を聞き、ロイドに必死の形相で詰め寄った。


「お嬢、人の目がある場所で長話はよした方がいいですぜ……」


 半ば呆れた様子でローズをロイドから引き離すと、ジョンは場所を移す事を提案した。慌ててローズはマントのフードをかぶり、少しでも顔を隠そうとした。


「うーん、そしたら家に来る?」


「シルビア?!」


 ロイドはシルビアの突然の提案に驚きを隠せなかった。


「だって、家は魔法で防御してるし、ここから近いしいいんじゃないかなーって。

それに、汚れ落としクリンクリンかけてもらいたいじゃない?」


「……こちらは構いやせんぜ」


 大きな溜息をついて、ロイドは肩をすくめた。


「OK、なら場所を移そう。……休戦協定は継続で頼むぞ」


 ローズとジョンは頷いて同意を示した為、ひとまず安全に話が出来る場所であるロイド達の家に一行は向かう事にした。


◆◆◆ ◆◆◆


 ロイド達の家に着くと、妖精達が出迎えた。


「おかえりー、って臭っ!? 一体何をしたらそーなるの!? 汚れ落としクリンクリンかけるまで、中に入らないでおくれよ!!」


 非難轟々ひなんごうごうである。奥からエプロン姿の妖精が鼻をつまみながら汚れ落としクリンクリンを四人にかけて回る。すると、臭気は収まり、ようやく妖精達は静かになった。その間、妖精を始めて見たローズとジョンは固まっていた。


「……妖精?! 嘘、魔王戦争の時に壊滅したって聞いてたけど……どうしてこんな所にいるのです……?!」


「どこから話したものかなぁ……長い話だから、お茶飲みながらでいいかな?」


 ローズの問いかけに、魔力マナの体を解きながらシルビアはテーブルに二人を誘った。ローズはおずおずと、ジョンは肩透かしを食らった様な顔でテーブルに着席した。ロイドは二人に変な動きが無い事を確認しながら、自分の席についた。

 程なくして、テーブルに紅茶と質素な焼き菓子が並ぶと、シルビアはゆっくりと話し始めた。


「二年程前、私達はウラルの近くの森で自給自足の生活をしていたの。ある日、家の近くに傷だらけで初老の男性が倒れていたわ。私達は慌てて魔法をありったけかけたりして介抱したの。それが、ワイズマン伯爵との出会いだった、という訳」


「妖精が人を助けたのか? 悪いが、信じられないですね。あんたらは希少種だ。それ故に高く売買され、あんた等も人族と関わらない様になった。違うか? そんな事したら、その爺さんがあんたらの事を密告すチクるとは思わなかったんですかい?」


 いぶかしんだジョンが質問を差しはさむ。紅茶で喉を潤したシルビアは、静かに答える。


「伯爵さんにも同じこと聞かれたわ。でも、それが当然でしょう? 私達の仲間だって、そうやって色んな人族助けられた事が何度もあったんですもの。そりゃあ、もしかしたら突き出されるかも、って怖くはあったんだけどね……」


 そういってシルビアははにかんだ。


「どうにか一命をとりとめた伯爵さんは、助けたお礼として指輪から一体の人形ゴーレムを取り出して私達にくれるといってくれたの。伯爵さんはその人形ゴーレムを労働力もしくは護衛、あるいは出稼ぎ要員として使ってみてはどうか、って」


「もしかしてその人形ゴーレムが……」


「ああ、それが私だ。設計者だったワイズマン伯爵が持ち運んでいたのだと思う。

起動してシルビア達を主人マスターとして登録したら、ワイズマン伯爵はすぐ何かの任務があるといってドメインの街に旅立って行った。私達が知っている足跡そくせきは以上だ」


「ドメインの街といいますと、確かウラルの街ここから更に西にいった所にある学術都市でしたかねぇ……」


 ロイドの答えに、あごに手をあてながらジョンが呟く。


「ロイドさん、出来ればワイズマン伯爵について詳しく教えていただけませんか?

それが分かれば、この指輪の意味がハッキリする……そんな気がするのです」


「私の中にある記録によれば、ワイズマン伯爵は共同研究機構の開発チームに所属していた錬金術師で、主に人形ゴーレムの研究開発に携わっていたとあるだけで、それ以上は何も……」


「共同研究機構? 聞きなれない単語ですな……お嬢、何かご存じです?」


「……確か、諸王が魔王討伐に際して協力して設立した研究機関ですわ。錬金術師

や魔法使い、技術職、教会など各方面のトップが一連に会し、持てる技術の粋を注ぎ魔王討伐の為に研究をして人形ゴーレムを生み出したと聞いてます」


「という事はローズの御父上もその共同研究機構に所属していたのか?」


「それはおかしいですわ……父上は普通の貴族ですの。どちらかというと武官ですし……共同機構に後援者として出資していた可能性はあるかもしれませんが……」


帳簿ちょうぼくすねてくれば良かったですかね? まぁ、そっちは追々調べますか……」


 そう言うと、焼き菓子と紅茶をジョンは喉に流し込む様に一気に平らげた。


「したら、ウチらはここでお暇しやすぜ。急いでドメインの街に向かわないとならんので……。まぁ、追ってくるなら次は容赦しませんが……出来ればもう戦いたくはないですな」


 そういうとジョンは目を細め、威嚇する様にロイドに視線を向けた。


「え? もついて行くわよ?」


「「何ですって?!」」


 その場に居たシルビア以外の視線が一気に集まる。

その視線に少しも臆さずに紅茶を飲み下すと、言葉をつづけた。


「ちょっと伯爵さんには聞きたい事がいくつかあってね……。しかも、あなた達の監視も出来るし、一石二鳥じゃなーい?」


 そう言うと、シルビアはコロコロと笑った。

いち早く立ち直ったジョンは、すぐさま提案をした。


「そしたら、一旦別れて買い物にしやしょう。下水で荷物が殆どおしゃかになってましてね……。そちらも遠出の準備が必要でしょ? オタクらとウチらがのが知られていない内に買い物済ました方がいいと思いやすし……」


「……逃げないで下さいね?」


 ロイドが目を細めながら釘をさす。


「……逃げやせんよ。それに、伯爵を救った妖精と、秘蔵の人形ゴーレムが居た方が話はスムーズに進むでしょう? そっちの方が幾分楽ですからね……」


 そう言うと、ジョンは肩をすくめて見せた。


◆◆◆ ◆◆◆


「水と保存食までは買えましたわね……後はランタンとか油かしら?」


 ローズはそういうと、羊皮紙のチェックリストを確認する。流石に変装ディスガイズ の魔法で毛色や人相を偽装しており、明るい黄色の毛並みの町娘といった人懐っこい雰囲気の狐人になっている。


「そうですね。あまり時間もありませんし、急ぎましょうぜ」


 ジョンは色眼鏡をかけ、ターバンを巻き、気持ちだけ偽装していた。そもそもジョンの方は人相が伝わっていない事をロイドから聞いていた為、最小限の変装で済ましている。魔法による偽装は、魔法によって破れる他に時間でも解けてしまう。

看破され、騒ぎになる可能性はなるべく減らしたいと考えたジョンは、自分に変装ディスガイズ の魔法はかけないでいた。

しかし、それが裏目に出る。


「おい! ジョン・ドゥと一緒に居る狐人……お前、ローズ・グレイスだな?」


「え?」


 思わずローズは声のかけられた方向を向いてしまう。

そこには紫色の甲冑に覆われた身長二メートルはある大男が剣に手をかけて立っていたのであった。ローズと目の合った瞬間、目標ターゲットであると確信したのか、男は信じられない様な速さで剣を抜き、切りかかった。すんでの所で割り込んだジョンが手荷物のスコップで剣筋を反らすが、あまりの膂力りょりょくにローズごと吹き飛んでしまう。店先の木箱に突っ込んだ衝撃で変装ディスガイズ の魔法が解けてしまう。二人は慌てて立ち上がると、男に向かって身構えた。


「お嬢、下がってください! こいつ何か……ヤバイ!」


 ローズをかばって男と対峙するジョン。騒ぎを聞きつけたのか、ドカドカと街を警護する騎士団が集まってくる。


「何の騒ぎだ!! お前ら双方動くんじゃあない!! 詰め所で話を……」


「俺の名は『滅殺のヴォイド』。ローズ・グレイス! お前を依頼に従い……

殺す!!」


 そう言うと、ヴォイドと名乗った男はパチンと指を鳴らす。すると、どこからともなく人形ゴーレムが無数に姿を現した。


「なっ!?」


 迫る小型人形ゴーレムは、身長一メートルにも満たないものであったが、

兜に直接四肢ししつないだ様な姿である。肩に盾、前腕は剣といった風貌で、殺す以外の機能をすべて削ぎ落した武骨な外見であった。ジョンは威嚇いかく欺瞞ぎまんの為に意図的に不死の魔物アンデッドの動く鎧に似せている様に感じた。


「『滅殺のヴォイド』だと!? あの騎士崩れのB級の冒険者!? 厄ネタじゃあねぇか!! 何でこんな所に?!」


 騎士の一人が顔面蒼白で大声を上げた。それだけ、ヴォイドの噂は凄惨なものであった。依頼の為ならあらゆる犠牲をもいとわない残酷な男。幾度となく冒険者ライセンスを凍結されており、それ故に昇級出来ていないが、戦闘力だけみれば最上級である特A級に迫るともいわれている狂人である。


「街中で人形ゴーレムを使うだと!? ふざけるな! 一般人を殺す気か、貴様ッ!!」


「目標を殺せればそれでいい。そういう契約けいやくだ。邪魔じゃまをするなら貴様も死んでみるか? ククク……」


「舐めるなよ……! 騎士人形ナイトゴーレムを出せ!! 奴を釘付けにする!! 第二部隊は一般人の避難誘導ひなんゆうどうを優先しろ! 犠牲者を出させるな!! 第三部隊はローズ容疑者の確保に回れ!」


 騎士団の隊長は素早く指示を出すと、ヴォイドに向かって騎士人形ナイトゴーレムを伴い攻撃に移る。しかし、ヴォイドの背後から現れた大型人形ゴーレムに阻まれ、ヴォイドに一歩届かない。更に、大型人形ゴーレムの背部コンテナから小型人形ゴーレムがワラワラと飛び出し、周囲の動く物に切りかかる。

慌てて騎士団は一般人を守る為全面に展開する。


「くそ! 数が多い!!」


「アイツのどこにこんな数の人形ゴーレムを!?」


「ええぃ! ひるむな! 各個撃破に専念しろっ! 数を減らせ!」


  騎士団と小型人形ゴーレムとの交戦で混乱状態にある事を利用し、一旦路地裏にローズとジョンは退避した。


「く、このままでは平民を巻き込んでしまいます……!」


「お嬢! この混乱に乗じて脱出するしかないですぜ! このままだと騎士と人形ゴーレムに囲まれてジリ貧! 一巻の終わりですってば!」


「それでも、このまま逃げる訳にはいきません! 奴の人形ゴーレムを引きつけて街の外へ誘導します!! ついでに街の外へ出れば、脱出も出来て一石二鳥ですわ!」


 そういってウィンクをするが、上手く片目をつぶれていない。気丈に振舞っていたが、ローズの肩は震えていた。

 出会って間もない頃、ウィンクをするのが下手くそで、その様子が可笑しくて笑い転げた事を、ふとジョンは思い出した。


「ええい、このお人よしが!! いいですよ、最後までお供しますとも!!」


「……ありがとう、ジョン。……では、行きますわよ!!」


  一拍置いて表通りに姿を現したローズは、大声を張り上げて、自身の存在をアピールする。


「ヴォイド! わたくしはここにいますわ! 私を殺したいのでしょう! ならかかってきなさい! 街の外でお相手してあげるわ!」


「吠えるな、女狐。お前はここで殺してやる!」


 ギィン!!

ヴォイドの死角から放たれた弓を一瞥いちべつもせずに剣で叩き落とすと、すかさず脇に留めていたナイフを抜き放ち、矢の飛んできた方向に投擲する。

ジョンは間一髪でナイフを避けながら次の矢を番えるが、小型人形ゴーレム殺到さっとうする。


「くそ! どういう反応しているんだ、あいつは!」


「精霊よ……!」


「させるか! 疾風鳴動ソニックハウリング!」


 ローズがレイピアを地面に突き刺し呪文を唱えるのに対応し、ヴォイドはももに係留した筒から巻物スクロールを取り出して詠唱えいしょうを省略した風魔法を放つ。放たれた風は凄まじい速度でローズに襲い掛かる。ダメージこそ少ないが、周囲の魔力マナを震わせる事で魔法の詠唱をしばら阻害そがいする効果を持った厄介な呪文であった。この効果によって、ローズは流礫ストーンフラッシュの使用を潰される。騎士団ではこの様に規格化しやすい巻物スクロール魔法が主流である。貴族で主流の武器等に魔動回路を刻んだ略式詠唱よりも圧倒的に早く、素質に左右されない為だ。


「きゃっ!?」


「お嬢!?」


「死……ね!」


 ヴォイドが剣で小型人形ゴーレムにローズ抹殺を指示する。

その刹那、眼前に閃光が走り、遅れて轟音が辺り一帯に鳴り響いた。

ピシャッ! ガァゴォ!! ゴロゴロ……。

つんざく雷鳴と共に、二人の人影が広場に姿を現した。

ロイドとシルビアだ。買い物中に広場の騒ぎを聞きつけ駆け付けたのだ。


「な!? あいつら、何で……!」


「ロ……イド?」


「……助けに来たよ」


「二人だけにいいかっこはさせられないからねー」


「貴様……人形ゴーレムか……誰の人形ゴーレムか知らないが、邪魔建てするなら容赦せんぞ!」


 ヴォイドの宣戦布告に反応するように、小型人形ゴーレム達が殺到する。


「ロイド! 範囲攻撃の速攻でケリを付けよう!! 建物壊さない様にお願い!」


「了解! 援護を頼む!!」


 建物の壁面を蹴り、建物より高く跳躍すると、ロイドは左右のてのひらの緑色の宝玉を向かい合わせ、電撃を走らせる。するとその空間に小さな電気の球が複数発生した。


「ショックダガー!」


 素早く電気の球を放り投げると、一斉に人形ゴーレムに向かって小さなナイフの様な電撃が降り注ぐ。連鎖する様に電気が走り、地面へと消えていった。

数の多かった小型人形ゴーレムは一掃されたが、いくつかの小型人形ゴーレムはダメージを負ってはいたが、まだ立っていた。しかし、次の瞬間シルビアが放った矢が次々と小型人形ゴーレムに直撃し、何かの液体が括り付けられたガラス瓶が割れる事で降り注ぐ。液体を浴びた小型人形ゴーレムは、トリモチの様な物に絡め捕られ、その場に膝をついてしまう。その頭目掛けて頭部の光の帯を靡かせながらロイドは急降下キックを繰り出す。魔力を込めたロイドの質量は非常に重くなっており、その破壊力に小型人形ゴーレムは耐えられず砕け散る。ロイドは落下の勢いのまま返す拳で小型人形ゴーレムの首を次々砕いていった。


「よし、粗方片付いたかな……」


 ズガン! 騎士団長とその相棒の騎士人形ゴーレムがボロボロになって吹き飛ばされてきた。


「騎士団の人?! 大丈夫か!?」


「……どいつもこいつも……邪魔ばかりしやがる。てめえら全員皆殺しだ……!」


 ヴォイドの大型人形ゴーレムが怒りに反応するかの様に炎をトカゲの様な頭部から放ってくる。ロイドは騎士団長を庇う様に射線に立ち、真正面から受け止めた。爆炎が上がり、ヴォイドの表情が愉悦に歪む。直後に爆炎を切り裂き、ロイドが無傷で大型人形ゴーレムに躍りかかった。瞬時に雷の杭を腕の甲に生成し、土手っ腹に打ち込む!


「スパークバンカー!」


 しかし、装甲に焦げ目を付けるも、雷の杭は拡散し歪み、霧散した。


「何だ!? 効果が薄い!」


「魔法よ! 魔法の属性が一緒だから干渉しあって効果が薄いの! 雷は炎属性に含まれるから、炎属性の魔力炉にダメージを与え難いのよ!!」


 敵の大型人形ゴーレムは、赤熱した斧を背中から引き抜き、ロイドに襲い掛かる。


「……ならば、パワーで押し切るのみ!!」


 ロイドは物理攻撃に切り替える。大型人形ゴーレムの斧をその小躯を活かして回り込みながら避けると、力任せに拳を叩き込む。インパクトの瞬間に魔力マナを送り込む事で拳の破壊力を強引に引き上げる。脚部に叩き込まれた拳は、飴細工を砕き割るかの様に、金属の装甲をぐちゃぐちゃにしてしまう。

姿勢を崩した次の瞬間、体表を蹴り砕きながら胸の部分まで登った!


「うおおお!!」


 ロイドはそのまま月面宙返りムーンサルトの要領で飛び上がると、飛び蹴りで胴体を貫通し、動力炉を蹴り抜いた。


「ば、バカな……!!」


 驚愕するヴォイド。

そんなヴォイドの元に一足飛びで間合いにロイドは飛び込むと、手刀に雷撃を纏い、ヴォイドに容赦なく叩き込む。ヴォイドは慌てて剣で防御を試みるが間に合わず、片腕を手刀で切り落とされてしまう。


「そこまでだ! 武器と人形ゴーレムを放棄して降伏しろ……」


 ロイドは静かに降伏勧告を告げた。

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