第2話 狐人の容疑者
雨具をしっかり着込んだロイドとシルビアは、早速容疑者のローズを探しに出発する。嵐によってまだ午前中だというのに陽の嵐の到来によって光は
「探すとはいっても、こうも人が多いと……。あたし達人探しとかそんなに得意じゃないし、ちょっと不利じゃなーい? 片っ端から兵士さんとか、騎士さんとかに話聞くしかないのかな……」
視界いっぱいに広がる人混みの量にげんなりした様子でロイドの顔を覗き込む。
黒い水晶玉の様な顔に浮かぶ瞳はシルビアに視線を送りながら答える。
「多分、私達は戦闘要員位の認識で依頼されたと思う。けどこの状況だと遭遇戦か、捕獲の現場を押さえるしかなくなる。ここは一つ賭けに出てみないか?」
「賭け?」
ロイドの笑顔に、シルビアは嫌な予感を感じ、顔をしかめた。
◆◆◆ ◆◆◆
「今、
ザブザブ……。
暗がりの中、水をかき分ける様に歩みを進めながらロイドは小声で説明を続ける。ロイドの頭にはまった冠の宝玉から伸びた光の角が周囲をぼんやりと照らしていた。
「
「だからって、何も
「そこは我慢してほしいかな……。
「あー、成る程ー。でもどうやって探すの? 流石にしらみ潰しという訳にもいかないし、音とか動きを探るにしても、下水管理用の
聴覚を鋭くする
「
「
小瓶をポケットに収めながらシルビアが答える。
「動くな……。動いたらコイツを殺す」
板に意識が持っていかれた直後、ロイドの背後から男の声が響いてきた。ロイドはゆっくりと首だけ動かし横に向け、背後を横目で確認する。タレ目でややくたびれた様相の黒髪、無精髭の
「……どうやら当たり、かな?」
ロイドの額の雷光が灯り、目を細めて男を睨み付けた。
「ロ、ロイドぉ……」
「なーに、俺達をこのまま見なかった事にしてくれりゃーいいだけの話さ。そしたらコイツはすぐに解放してやる……」
グイッとシルビアを締め上げながらナイフの刃を近づける。その光景を見た直後、ロイドの額の二本の雷は怒り狂った様にバチバチと火花をあげた。
「おい! 動くなっつってんだろ!」
「悪いね。コイツは尻尾みたいなもので勝手に動くんだ。今消すから、シルビアを傷つけないでくれ……」
ふっとロイドの頭部の光の束が消えると、男の後ろの
「ちょ、ちょっと! ジョン!! 何も人質なんて取らなくても……!」
「お嬢は黙ってな! こんな狭い所で冒険者と鉢合わせした以上、無事に脱出するにはこれ位は許容して貰わにゃ困りやすぜ」
「しかし!これは人道に
二人が言い合いを始めた頃、ロイドは水路の水位が上がる速度が徐々に上がってきている事に気づいた。
「なぁ……」
「おい! 俺が動くなと言っているのが分からねぇのか……!」
警告を発しようとしたロイド言葉を男は
ゴゴゴ……。
何かが作動する音と共に、水の流れる速度と量が急激に増す。水門を作動させ、本格的に放水路へと水を逃がし始めたのだ。そして、運がない事に、ここがその逃がすメインの水路であった。水の流れる音が徐々に大きくなってくる。
「いや、もう間に合わない……!」
そうロイドが告げた所で限界が訪れる。
「うぉあ!?」
「きゃああぁ!?」
急激に深さが七十センチ程の水深になったタイミングで、
一般的な成人男性男性でも、水深が七十センチ以上の水流では歩行する事は困難になるという。一気に水かさが増した事、流れが背面から向かっていた事もあり、耐えられなかったのだ。
「ロイドぉ!」
シルビアが必死に手を伸ばす。
「シルビアッ!!」
伸ばしたその手を素早く掴むと、
◆◆◆ ◆◆◆
かなりの距離を流された先には大きな空洞があった。空洞の中央には浮島の様な構造物があり、何かの遺跡である様に見て取れた。
「いつつ、死ぬかと思ったぜ……お嬢、無事か?」
「な、なんとか……」
建物の
「はい、二人とも手を上げてねー。特に男の人。変な動きを取ったらその瞬間黒焦げになるからそのつもりでよろしくね……」
二人ははっとして、声の方向に向き直る。そこには
「……ちっ」
「それじゃ、捕縛させて貰うよ、ローズ・グレイス」
「ま、待ってくださいな! どの様な容疑だというのですか!!」
「殺人、窃盗、詐欺、煽動、他余罪多数と聞いている」
「んな!?」
「はは、お嬢、結構な箔がついたじゃあないか……」
「笑い事ではありませんわ! わたくし、決してその様な事はしていませんわ! お願いです、話を聞いて下さい!」
そう言い終えた所で、周囲に異様な雰囲気が漂った。生臭い臭気を伴い、這いずる様な湿った物音が迫ってくる。何かが居る!
フシュルル……。
二メートル四方の立方体の角を落とし、イボだらけにした様なシルエットのそれは、限界まで膨れたカエルであった。紺色の体表はヌラヌラとした体液が皮膚を覆っており、ロイドのたてがみの光を反射して不気味に光るそれは、
「
「何だこの魔物はっ!?」
「湿地の主の
ジョンはシルビアの忠告を聞き、ジョンと呼ばれていた男は素早く弓矢を
「クソ! 油か?! さっぱり刃が立たない!! おい! お前!! さっさとその雷で黒焦げにしてやれ!!」
「使ってもいいが、辺りが水びたしのままで使うとお前たちも感電する! 水辺からなるべく離れろ! 援護する!」
「離れればいいのね!? 行くわよジョン!! そこの
建物の残骸の折り重なった高台へ向かう為に、薄く張った水面を駆けだした。
四人は
「おいでなすった!」
背後に迫るジョンは少しでも時間を稼ぎたいと考え、魔法の
右脇から回り込んできた
同時に左からも二体現れる。これにシルビアとローズも応戦する。ローズは
「地の精霊よ、我が
すると、小さな
矢に比べると格段に遅いそれに反応した
「何アレ……」
「薬の原料の
「うへぇ」
そんなやり取りをしていると、最後の一匹が自身の油を活用したドリフトしながら滑り込んで来ると、左側面からシルビアに舌を絡ませた。
「きゃあ!?」
「シルビア!?」
ローズの
「わぷっ!?」
勢いが削がれ、その場につんのめるシルビアにローズは素早く引っ張り起こす。
その直後、ロイドのドロップキックが決まり
流石に衝撃を殺しきれなかったのか、内臓、骨格ともに衝撃でぐしゃぐしゃになり絶命した。
「やったか?!」
先行していたジョンが高台から声を上げる。直後、周囲に水音が響き、吹き飛んだ個体を含め更に数体の
「く、まだいるのか!」
「もう少しで高台よ! 急いで!」
ローズがシルビアの手を引きながら高台へと急ぐ。
殺到する
ローズとシルビアは慌てて瓦礫の山を登り、ジョンの元へ合流する。
「ロイド! 登りきったわ!! 防御するから一拍ちょうだい!」
「了解! スパーク……バンカーッ!!」
シルビアは懐から
◆◆◆ ◆◆◆
手早く
暫く曲がりくねった通路を行き来した後、長い階段を経て街の防壁の隅から地上に出る事が出来た。入口は丁寧に
「……とりあえず、無事に脱出できたね……。そしたらローズ、詳しく話を聞かせてくれないか?」
「え? ロイド、その人詐欺とか
「うーん、確かに嘘をつかれるかもしれないけど、こちらの迎撃に消極的過ぎるし、シルビアを助けてくれたんだ。シルビアを人質に取ったのはおじさんの独断みたいだし、話を聞く位はしてもいいかな、って……」
「グレイス家の者として当然の事をしたまでですわ」
おほほ、とローズは
「わたくしの名はローズ・グレイス。こちらは父の知人で、わたくしの後見人のジョン・ドゥです。」
「……ジョン・ドゥだ」
ローズは背を正して胸を張って名乗り、ジョンは壁にもたれかかりながら気だるそうに名乗った。
「わたくしはここから遥か北のプロキシから来ました。父のジョージ・グレイスの死後、暫くして突然借金が発覚し、領地を差し押さえられたのです。仕方なく立身の為冒険者として旅に出たのですが……」
「つい、この間から急に指名手配の依頼で追っ手をかけられてな、苦労してこのウラルまで逃げ込んだんだ。しかし、追っ手が迫ってきていたので、撒くのに下水に入り込んだんだがお前たちと鉢合わせした、という訳だ……」
「うん? それじゃあ、特に誰も殺してない訳?」
「冒険者として適切な範囲で自衛の為に野盗を何人か殺しはしましたが、グレース家の名誉に誓って冒険者や一般人は殺してませんし、窃盗もしておりません!」
「追われる前は俺だって冒険者以上の事はしてないぜ。追われてからは、鍵とか食料は多少くすねたがね?」
ロイドは首を傾げた。
「ならば何故追われているんだろう……。領地を奪ったのが計略だったとして、ローズが放逐された時点で目的は達成している筈……」
「……探し物が無かったとか?」
シルビアがぽつりと
その指摘を聞いたローズは、暫く
「……実は旅に出たのは父の遺言もあっての事でした」
そういうと、ローズは首飾り用の革紐を引き上げ、首元から赤色の宝石の
「父は自分の死後、この指輪を錬金術師であるワイズマン伯爵へ内密に届ける様に遺書を残していたのです。恐らくはこれが原因でしょう……」
「「ワイズマン伯爵?!」」
「え? 何かご存じなのですか!!」
ワイズマン伯爵の名に反応したロイドにローズが詰め寄った。
「ワイズマン伯爵は……私の
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