第2話
大会当日。
初戦から日本対ロリア共和国。
アジア枠ではそもそも参加国が少ないので初戦から当たることも珍しくない。
東京ドームほどの規模の闘技場。
それをぐるっと囲む防弾ガラス性の障壁の外側で観客たちが今か今かと開戦の時を待ちわびている。
安全性を第一に選手も防壁の外側にスタンバイ。
司会者が俺の名前、それから繰るロボットの名前をコールすると、ステージ中央付近から人型の機体がせり上がる。
機体名は『
サイズは平均的な成人男性の身長よりも少し大きいくらい。
限られた予算の中、低燃費・高機動をコンセプトに設計されたそれは、余計なものを限りなく削り、もはや外装が無いのではないかと思えるほどの華奢な躯体。
緩衝材としてあちこちに木材を使用し、鶴を思わせる美しい着物を纏い、左右の腰には二振りの刀。バランサーとしても重要な長髪を後ろで揺って、額に輝く日ノ丸ハチマキ。その端が悠然と風になびく。
両眼窩に埋め込まれたトパーズ色の高精細レンズが俺の装着したゴーグルに遅延なく視覚情報を伝え、一体型のヘッドセットから聴覚情報も臨場感たっぷりに。
日本人の美的感覚を凝縮したような機体に巻き起こるは賞賛の声。
しかし、相対する機体がせり上がり始めると会場全体が静まり返った。
機体の名は彼の国の言葉で破滅を意味する『ラズロシーテ』。
大会規定の人型二足歩行というルールは守っているが、その見た目はまるで戦車。
各種希少金属を配合して独自開発された黒色の外殻はかつては戦闘機に使用されていたもの。
分厚い頭部の奥から赤い視線が不気味に光る。
右手に携えるは巨大なスレッジハンマー。それそのものでさえ凶悪なのに、槌の反対側にジェットエンジンのようなものが数機搭載され、さらに破壊力を増す工夫がされている。
この大会では安全面を考慮し、弾薬の使用は許可されていない。
だがあまりにも暴力的なその外観に観客の多くは危機感を感じざるを得なかったのだ。
相手選手は軍人。深緑の軍服に身を包み文字通り戦争を彷彿とさせる。
対する俺はだいだい色の地味な作業着。祖父の代から変わらないデザイン。
どちらが場違いなのかわからないが、全く規格の異なる二つがなぜか1vs1で戦おうとしている。多くの人間にはそう映ったであろう。
兵器に立ち向かう“彼女”の姿は美しい――
だが、これはだれがどう見ても勇敢ではなく無謀。
――それでも俺は勝たなければならない。どんな手を使っても。
立体映像による演出とともに開始のゴングが鳴った。
両者とも直ぐには動かない。
敵側の理由は恐らくエネルギー温存。
あれだけの重量の躯体であれば移動だけで相当のエネルギーを食うはずだ。
対して俺が動かない理由は“診断”を開始したから。
いつもそうしているように機械の音を聞く。
ディレクティビティサウンドシステムにより注視した個所の音が増幅して検出される。
国の威信をかけて大会に出すだけあって、メンテナンスはしっかりされており、不調なパーツは感知できない。
かといって分析は全くの無駄ではなかった。
俺は小さいころから様々な部品の感触を五感で感じてきた。
だから、音だけでも内部構造もある程度分かる。
例えば背中のラジエーターから熱気を吐き出すファンの音。これは日本製。
首が動くときの電動ドリルのような高いモーター駆動音。これは米国製。
そうやってパズルを解くように一つずつピースを埋めていく。
音を発しないものは位置と収納サイズから類推。
診断結果――
内部主要構造の80%以上が他国製品の転用。
目に見える外殻だけを自国の技術で覆ったまさにハリボテ。虚構の砦だ。
彼らは当然各国に無断で使用しているので特許侵害――つまり違法である。
しかし、軍事機密も絡んだこのロボットファイトに置いては内部構造については公開の義務はないという特性令があり、彼らはこの法の隙間を悪用しているのだ。
あの必要以上に極厚の装甲は絶対に内部構造を知られてはいけないという意思すら感じる。
しかしハリボテであってもそれは間違いなく強敵。
防御力、攻撃力、リーチ。いずれも比べ物にならない。
対してこちらのアドバンテージはスピードと燃費性能。
勝算があるとすれば、動き回って翻弄しやつのエネルギー切れを待つ。それが最も堅実だ。
そうやってお互いに静かなにらみ合いが数十秒続いた後、変化が訪れた。
キュイイーンと回転数を上げ始める駆動音。
――来る!
足底からのブースター噴射で巨体を僅かに浮かし、さらに廃部の8連ブースターで滑るように前進。
はじめはゆっくりだった動きが指数関数的に速度を上げて――、
「くぅッ!」
紙一重で躱した。
直線的な動きではあったが予想よりも加速度が大きかったため危うく避けるタイミングを見失うところだった。
だが、一度タイミングを覚えれば躱すのは難しい事ではなかった。
俺はキーボード式のコントローラーを繰って攻撃を避け続けた。
移動は左のジャイロ式のパッドで。右手でジャンプ等のアクションキーを入力。
視点操作はオートターゲットモードを採用しているため不要だ。
喰らえば必死。
だが、攻撃が直線的過ぎるためその迫力に憶さなければどうという事は無い。
ドシュウ! ドシュウ! と息を切らしたように熱量を吐き出す敵機。
移動するだけでこの様子であれば――
が、ここで敵機の動きが止まった。
そしてマイクスピーカー越しに自動翻訳された対戦相手の声が聞こえた。
「ったく、ちょこちょこちょこネズミみたいに動きやがってよ。ジャップにはもったいねえがロリア共和国の技術力の粋を見せてやるよ。行くぜ、ラズ」
愛機の名を呼び、ハンマーを後方に構えた。
悪魔の咆哮のような唸りを上げ、点火するハンマー。
その迸るようなジェット推進力を無理やり押さえつけていた強靭な右手が弧を描いて前に突き出される。
「いけぇッ! ペルーン・ハンマー!」
まさかの投擲。
ブーメランのように回転して迫る鉄の塊。
空を割くゴウゴウという不気味なほど低い音が死を予期させる。
実弾ではないためルール上反則にはあたらないが、安全性の面から言えばこれは間違いなく退場クラスもの。
だが、試合は続行される。大会運営委員会にさえ彼の国の汚染が既に広まっているからだ。
そんなことを頭の片隅に閃かせながら、今目の前に迫る脅威に対処する。
飛来物のスピードは本体よりも明らかに早い、がまだ避けられる範疇。
ただ、向こうも大口をたたいただけあってハンマーの多角的で細かい噴射により、ブーメランとは似ても似つかない不規則な動きをしてくる。
しかし、オートターゲットモードがハンマーを自動追尾し、常に視野の真ん中に捉え続けるため見失う事はない。
――ギリギリまで引き付ければ避けられる!
が、俺はここで致命的なミスをしていた。
「バカめ……。ハンマーを避けたぐらいでいい気になりやがって。気を取られ過ぎなんだよ!」
オートターゲットモードの弱点。
それは一つの標的しか追従できない事。
ハンマーに夢中になるあまり、ラズ本体に死角を奪われていた。
「さあ、おねんねの時間だ!」
避けたはずのハンマーを背後でキャッチされ、裁きの鉄槌は無慈悲に地面へと振り下ろされた。
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