第3話


 間一髪だった。


 ブーストジャンプを使用し回避した。


 これは大量のエネルギーを使用し機体への負担も大きいためそう何度も使用できるものではない。


 さらに運が良かったのは死角にやつが迫っている事を音でギリギリで察知できたことだ。


 同じ幸運が何度も続くとは限らない。



 ――ここは勝負に出るしかない!



 キーボードに置いていた右手をもう一つのジャイロパッドに乗せ、左右を一斉に内へと引く。


 抜刀モード――

 

 このアクションで両脇指しの日本刀が引き抜かれ、機体の眼光は攻撃性を示す赤へと変化する。


「はぁッ、そいつはてっきりお飾りかと思ったぜ! チャンバラごっこでも見せてくれるのかぁ?」


 ――言ってろ。


 キーンと驚くほど静かに回転数を上げる躯体。

 体を沈める僅かな初動を残像にして、風のように駆け出した。


 燃費効率を犠牲にした機動力底上げによる特攻。



 ――間合いに入る!



「なにッ⁉」


 懐に入り、ラズが振り上げ始めた右腕の脇下をくぐりつつ袈裟狩りに二本の刃を走らせる。



 ターゲットは右肘関節部。



 この二振りの刀の名は『菊十文字』。


 日本が誇る名工に依頼して作成してもらった、刃先から柄本までミクロレベルで歪みなく磨き上げられた名刀。いくら設計図や機材をそろえたところで彼の国には決して真似のできない代物。



「この刀で虚構を断つ!」



 二連撃は寸分の狂いもなく同じ場所に入った。


 だが――、



「残念だったなぁ、サムライさんよぉ」



 ――手応えをまるで感じなかった。金属の塊に刃を当てたような。



 それもそのはずラズの関節部は形状記憶合金でできており、電流を流すと柔軟性を持ち、電流を切ると元の硬質な状態に戻る仕様。


 ヒナタはそれを承知の上で、比較的柔らかい状態での切断を試みた。


 走った刃は火花を散らし、僅かな亀裂を作ったがごくごく小さなものでそれ以上に名刀が刃こぼれしてしまったのだ。



「もっろ! そんななまくらじゃあ、俺のラズにはダメージは通らないぜ? さあ、とっとと捕まって――って、おいおいまだ逃げるのかよ。ほんとみっともねえな」


 ――どんなにみっともなくとも俺は最後まで戦い続けなればならないんだ!


 まだ、勝機はある。


 近接した状態でよけ続ければハンマーの投擲攻撃はできないし、消耗戦に持っていくことができる。



「オラオラオラ! どうしたどうした! チャンバラごっこはもう終わりかぁ? あ、刀じゃなくて文鎮だったか? ははぁッ!」


 俺は唇を噛んで気を鎮める。

 日本が誇る技術を馬鹿にされたのだ。頭に来ないわけがない。


 ――俺がふがいないばかりに。でも、ここで安い挑発に乗るわけには……。



 っと、急にラズの動きが止まった。


 これまで以上に大量の煙を噴き上げる巨体。



 ――熱暴走を防ぐための緊急排熱か? これはまたとないチャンス!





 のはずだったが、俺は嫌な予感がぬぐい切れず一旦バックステップで距離を置いた。



 ――何かがおかしい……。



 それまで饒舌だった軍服の対戦者は静かな笑みを浮かべていた。

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