日出国の二刀使い(ヒイヅルクニ・ノ・サラブレッド)

和五夢

第1話


「ほら、これでもう大丈夫ですよ」


 ターミナルから再起動をかけると人型の躯体がクリーンなモーター音とともに立ち上がった。


「ありがとうございます! 本当にすごいですね。音だけで不具合のある場所がわかっちゃうなんて」


「ははは。幼いころから機械いじりが好きで祖父や父について回ってたら自然に……ただ、最近では優秀な診断ツールが数多くあるのですっかりカビの生えたスキルになってしまいましたけどね」

 

 俺は冗談めかして笑い返すが、依頼主の彼女の顔はどこか浮かない。


「どうかされました?」


「……いえ、日ノ丸工業さんのロボットじゃないのに修理をお願いしてしまって本当に申し訳なくて……」


「ああ……いいんですよ。俺は機械を修理するのが好きですし、機械に罪はありませんから」


 申し訳なさそうに頭を下げる彼女はうちのお得意さん。

 今では一家に一台のお手伝いロボットは国の内外関わらず様々な企業がシェア争いをしている領域。


 そして彼女のロボットは“ロリア共和国製”。


 ロリア共和国とは日本から見て海をまたいだ大陸に位置する3つの共産主義国家が30年前に併合して誕生した国。

 安価な商品で日本においてもシェアを広げているが、サービスが悪い事でも有名だ。


 今回のように、保証期間であるにも関わらずあれこれと理由をつけて修理に応じないといった事は日常茶飯事。そのたびにうちのような中小企業に今回のような依頼が入るのだ。



「あの……それと気になってたのですが、あなたはもしかして日ノ丸ヒナタさんではないですか?」


「はい、そうですが……どうしてそれを?」


「ああ! やっぱり! 今年のアイアン・ストラグルの大会頑張って下さいね!」


 ――なるほど。インターネット番組か何かで俺の顔と名前を知ったのだろう。


 アイアン・ストラグルとはesportsから派生した1vs1のロボットファイト。

 対戦方式としては視覚と聴覚を同期させたロボットを選手が遠隔操作して戦うタイプ。

 その日本代表が俺というわけだ。



 “sports”とは言え、ただの競技と侮ることなかれ。



 長期冷戦に伴う世界的な軍縮の波の中、4年に一回世界規模で開かれるこの大会は国の技術力だけでなく兵器開発能力を示す数少ない機会となり、勝敗が国のパワーバランスに及ぼす影響は大きい。


「今年こそは絶対に優勝して見せますのでぜひ応援してくださいね!」


 快活に見栄を切ってはみたものの、内心はそこまでの余裕はない。


 かつて日本は抜きん出た技術力で他国を圧倒していた。


 しかし、30年前に誕生したロリア共和国が共産主義国お得意の産業スパイ工作で日本の技術を違法に盗み取り、これもお得意のダンピング方式によりあり得ない程廉価な商品で市場を荒らし、いくつもの日本企業が倒産に追い込まれた。


 現在、日ノ丸工業は中小企業として何とか生き残ってはいるが、祖父の代で築いた大企業との太いパイプがあってこそ。産業スパイの被害にあった父は規模縮小により職員を大量に解雇することになってしまった事を毎日のように悔いている。



 そしてその悪い流れはアイアン・ストラグルにも伝播した。



 パクリとは言え技術力的に追いつかれた上に莫大な資金力をつぎ込まれた機体にここ4大会は連戦連敗。


 日本の軍事力誇示を非難する野党はもちろん、与党も税金の投入に及び腰で毎年予算は下げられる一方。



 日本の技術者にとってはグーで殴ってやりたいのに手が届かない、そういった何とももどかしい存在。


 そして俺はそんなもどかしさに嫌気がさして、この手でやつらに一矢報いる機会を得た。


 日本が誇るあるプロゲーマーに半ば強引に指南を申し入れ、この四年間きっちりと研鑽を積み、ついに選手として選ばれるに至ったのだ。



 敵がいかに強大で困難だとしても、このままでいいはずがない。



 ――俺が必ず取り戻して見せる。



 誇りある技術大国日本のかつての栄華を。

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