もう一人のわたし

 ドッペルゲンガーをご存知だろうか。

 もう一人の自分を自身や他人が目撃する現象で、ゲーテや芥川龍之介のような著名人も自分のドッペルゲンガーに遭ったとされている。

 ゲーテはドイツ人、ドッペルゲンガーはドイツ語を語源とし、このもう一人の自分に遭うと死期が近いなどともされ、芥川はもう一人の自分と遭遇したあとに自殺したとの伝説がある。

 そしてわたしは、〝わたしのドッペルゲンガー〟を他人に目撃されたことがあるのだ。

 なので、これは厳密にはわたしの体験談ではない。


 それはやはりまだ仙台に住んでいた頃。時期ははっきり記憶していないが、2000年代半ばか後半、福島の故郷に一時帰省した夏頃の出来事だったと思う。

 福島にいた、中学の頃までのわたしの同級生が、〝わたしをある店で目撃した〟という話を聞かされたのである。そのときわたしは同級生から声を掛けられたのに、何の反応も示さずに歩き去ったというのだ。

 すぐに単なる見間違えだと思った。わたしはこのときまだ帰郷したばかりで、その店になど行っていなかったのだから。


 しかし、妙なことにも気付いた。


 どうも〝もう一人のわたし〟が目撃されたのは、ちょうどわたしが福島に帰った当日のようなのだ。勘違いにしても、タイミングがよすぎやしないだろうか。

 しかもこの昔の同級生は、それによってまだ誰もわたしの帰郷を知らないような段階で、それを知れたという感じの話だった。


 〝もう一人のわたし〟が、声を掛けられても無反応な状態で故郷のどこかにいると思うと、気味が悪かった。まして、ドッペルゲンガーの不吉な伝承も知っていた。

 だが幸か不幸か、それ以来〝もう一人のわたし〟の目撃談はなく、目前に現れることもなかった。

 わたしは、何事もなく仙台に戻れた。


 ただ、次にその同級生についての話を耳にしたのは、その同級生の親が自殺したという知らせのときだった。

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